俺らと同じ
入谷は、私としゃべっても平気なのね。と来たもんだ。
さすが、神がかった美人は言うことが違う。図々しくこの私に気安く話しかけんなと。
その程度でこの俺を止められると思うな! 甘い! 甘すぎる!
俺は美人に脅されたくらいでヒヨッたりなどしない。男のプライドにかけて、近付きがたいほどの美人だからこそあえて寄って行ってやる!
どれだけ見た目が常人離れしてたって、中身は普通の女の子だということを俺は知ってる! 俺はまた、あの超リアクションのいい照れた比嘉が見たい!
だがしかし、俺わりと女の子に抵抗なく適当なセリフ吐けるはずなのに、相手が比嘉となるとどうにもこうにもうまいこと口が回らない。さっきみたいに頭真っ白になって女子相手に何も言えなくなるなんて初めてだ。
あー、ダッセー。グラウンドの真ん中で自分のふがいなさに苛立って髪をわしゃわしゃにしてしまう。
さて体育だ。やっと授業が始まったと思ったら、いきなり体育だ。
「入谷、6.2!」
「あー、きっつ~」
「入谷、ちっせーくせに速いな。運動神経抜群な猿タイプか」
「いーや、俺は瞬発力しか取り柄がなーい。100メートルになったらガクンとタイム落ちるし、長距離走なんか完走が目標だからね」
「なーんでえ、50メートル専用仕様か」
「残念仕様風に言うな」
身長が同じくらいだから一緒に走らされた渡辺来夢が絡んでくる。コイツは言葉の端々で人をこき下ろさねば気が済まんのか。もう一度言うが、身長が同じくらいだから来夢と一緒に走ったのだが。
「なあ、入谷。俺ってヤンキーだろ」
「ヤンキーではねーな。ただのチャラい男子高校生にしか見えん」
「ちっ、聞いた相手が悪かったか。ヤンキーに聞いてもライバルヤンキーになるんだから認める訳ねえよな」
「謎の言葉を創り出すな。来夢よ、俺はヤンキーではない。俺の出身中学にヤンキーが多かっただけ」
「ヤンキーだらけの中学とかいいなあ。それならナチュラルにヤンキーになるんだろうなあ。入谷みたいに」
「人の話は聞け、来夢。俺はヤンキーではない」
「君がヤンキーじゃなかったら何なの。それこそただのチャラい男子高校生じゃん」
「俺はヤンキーじゃないから……ただのチャラい男子高校生だよ。ってどんな自己紹介だよ!」
「どーもー! ただのチャラい男子高校生でーす! ってやってやって」
「どーもー! ただのチャラい男子高校生、入谷統基でーす!」
「あはは! クソチャレえ!」
「あはは! 来夢がさせたんだろーが!」
「お前ら一種目終わっただけで遊ぶな! さっさと次の種目へ行け!」
「おー、やっべえ」
いきなり体育教師に叱られてしまったが、高校に入って最初の体育はスポーツテストである。
男にしては体力があるとは言えない俺は、50メートルでも十分疲れた。
シャトルランもスタミナ面でキツい。ボール投げるとどこ飛んでくか分かんねえし、握力も低空飛行だし柔軟性も並。ぶっちゃけ体育は得意ではない。
「充里は相変わらずすげーなあ。また結果の円グラフみたいなヤツMAX記録するな、これ」
「立ち幅跳びもう1回やりてえー。278だったの、悔しすぎー。踏み切りミスってさあ。もう1回やったら280センチ超える自信あんのにー」
「勝負は1度切りなのだよ、充里くん。来年がんばれ!」
ミスって278てもうバケモンだけどな。俺普通にいい感じに跳んで230なんだよ。ジャンプ系は得意で230でも平均超えてるから満足してたのに、なめんな。
1時間目から体育とかいう鬼時間割のせいで、早々に体が疲れ切っている。今日あったかいし、着るのがめんどくさくてワイシャツを手に持ってTシャツのままで着替えを終え、教室に向かう。
「お前ら、自由だな! 制服着崩してるヤツは多いけど着てねえのはお前らくらいだろ!」
同じクラスの鎌薙紘人、関迅、氷川佳努倖がいちゃもん付けてくる。
鎌薙はチビでデブだがノリが良くて女友達も多い。
関も小柄だが50メートル走では充里に次いで速かった。
氷川は背が高くて痩せているイケメン女装男子だ。女装が好きなだけで、恋愛対象は女らしい。
「女子の制服着てる男は氷川くらいだな。俺は服着てるだろ。着てねえのは充里だけだよ」
充里も暑いからと上半身裸で校舎内を歩いている。
「俺は制服を着てないって話をしてんだよ!」
「あー、なるほど。氷川も制服は着てるもんな」
「お前ら、やっぱり非常識だから比嘉さんとしゃべれるんだな」
「マジそれ。なんで君ら比嘉さんとしゃべれんの?」
「口があるから」
「機能面の話じゃねーんだよ!」
充里は比嘉相手だろうと関係ないただの自由人である。充里にんなこと聞いてもこんな答えが返って来るだけだ。
「なあ、入谷! なんでだよ! なんで平気であの女神に話しかけられるんだ!」
「自分に催眠術とかかけてんの?!」
「あたしも比嘉さんとしゃべってみたいんだよ! 話しかけるコツを教えて!」
必死すぎだろ。俺の生徒の周りを男にうろつかれるのは迷惑でしかないが、その血走った真剣な眼差しに免じて基本のキだけは教えてやろう。
「あいつは女神なんかじゃねーよ。ちゃんと目の前に存在している、俺らと同じただのバカな高校生なんだよ」
「……へ?」
もっと言うなら、信じられねーことにあの顔で誰よりもバカだよ。
教室に入ると、もう比嘉は席に座って几帳面に机の角に合わせて筆箱を設置している。うん、やる気だけはちゃんとあるんだよな。
「悪ぃな、俺お前らの相手してるヒマねーんだわ。比嘉! 小学漢字の習得度テスト見付けたからプリントしてきた! やってみろ!」
「え?! おい! 入谷!」
鉄は熱いうちに打てと言う。本来比嘉は勉強好きではないんだろうが、今はなぜかやる気になってる。
このやる気が枯れ果てる前に、勉強の成果を体感させねーと!
俺は比嘉の専属ティーチャーである。その責務を果たすためにだけ、比嘉の席へと走った。




