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私の憧れの先輩

 三歳から剣道道場に通い、小学校までは剣道が私のすべてだった。


 体が大きかったのもあって年上にも負けない。試合では無敗だった。唯一同世代で勝てなかったのは同じ道場に通う同級生、曽羽悟だけ。


 良きライバルとしてお互いに切磋琢磨し、女流剣豪の名を欲しいままにした。


 転機は小学校三年生の時に来た。


 グングン伸びてた身長が止まり始めた。小学五年生になる頃には周りの子たちは私よりもひと回りも二回りも大きくて、初めて試合で負けた。


「俺が敵を討ってやる!」


 そう宣言した悟は見事勝利を収めた。初めての敗北に泣きじゃくる私に


「俺はあいつより強い。俺に勝てば美心の負けはチャラだ」


 って笑った。それからライバルは、私の目標になった。


 中学校進学を前にする頃には、私は全く勝てなくなった。相手の竹刀は届くのに、私の竹刀は届かない。


 手足の短さが致命的だった。


 もう私は勝てない。負けても悔しいと思えなくなった私は剣道をやめ、中学校で吹奏楽部に入部した。


 悟はちょこちょこ家に来ては熱心にまた一緒に剣道をやろうって言ってくれてたけど、昔のように勝てない剣道は私を落ちぶれさせるだけだ。


 中学校の体育大会は、全学年を縦割りにした4チーム対抗だった。


「美心、入谷先輩と同じチームじゃん! いいなあ~」


 そう友達に言われた時、私は入谷先輩を知らなかった。


「知らないの? めちゃくちゃモテるのに誰とも付き合わないから、どんなかわいい女の子にも落ちない硬派な魅惑の男って有名な二年生だよ」


 そんなにモテるなんて、どんなイケメンなんだろ。きっと背が高くて男らしい少女漫画のヒーローみたいな正義感あふれる人なんだろう。


「絶対優勝! 絶対勝つ! 全員、気合い入れろ!」


 三年生の団長を差し置いて、私と変わらないくらいの身長で痩せた声の高い青いゼッケンの子がチームをまとめ上げ、発破をかけていた。


 かわいいのに語気の荒々しい子だった。


 そのかわいい子はチームのメンバーの出番にはひとりひとりに声をかけた。


「絶対に勝てよ!」

「私は体が小さいから無理です」


 即座に否定した私を大きな目で睨みつけた。


「言い訳すんな! 小さくても勝てる! 俺を見てろ!」


 俺?! 男の子だったの?!


 二年生の男の子で私と同じくらいの身長だなんて、かなり小さい。なのに、その子は大きな相手にも臆さず大胆不敵な笑顔すら浮かべて勝った。


「入谷! ズルいぞ!」

「うっせえ! 勝ちゃあいいんだよ!」


 あの人が入谷先輩だったんだ!


 思っていたモテる人像とは全然違う。勝つためだけに平気な顔して反則技を繰り出す。


「な! 小さくても勝てる!」

「でも、あれは反則では? 他のチームからズルいって大ブーイングですよ」

「ズルくてもいいんだよ。どんな手を使ってでも俺は勝ちを取りに行く! 手段は選ばん!」


 負けん気に満ちた爽やかな笑顔が胸に刺さった。


 本気で勝ちたいと思う心はこんなにもまっすぐなんだ。


 体が小さいから勝てないなんて言い訳だったんだ。私には勝ちたいという思いが足りなかった。


 これまでのやり方で勝てなくなったなら、手段を選ばず勝てる方法を探せば良いんだ。


 私は久しぶりに道場の門を叩き、吹奏楽部も辞めたくないと、当時すでに中学剣道トップに立っていた悟に勝つためにだけ剣道を続けることを決意した。


 入谷先輩は言い訳ばかりして過去の栄光が足かせになっていた私を変えてくれた。新しくやりたいこととなったサックスもずっと続けてきた剣道もやろうと私を欲張りにさせた。


 いまだに悟に一度も勝てない。だけど心が折れないのは、あの時の入谷先輩の言葉がまだ心に刺さっていたからだ。


 家の前まで来たのに、涙が抑えられなくなって塀の根元にうずくまる。


「何自分から妹ポジションに行ってんだよ。絶対にイヤだったんじゃないの」

「悟……見てたの?」

「うん。のぞき見してた」

「趣味悪」


 悟が私の隣で大きな体をコンパクトに折り畳む。


「入谷先輩、やっぱり悪い人じゃなかったな」

「私が好きになった人だからね。でも……あの人には絶対に敵わないんだと思う」

「比嘉先輩?」

「あんな美人だし、入谷先輩を大して好きでもないから私のことを言わなかったんだと思ってたけど、違う」


 悟から入谷先輩が告白して付き合い始めたと聞いていた。私の方がよほど入谷先輩を好きなのに、いいかげんな気持ちで付き合うだなんて、と腹立たしかった。


「比嘉先輩は本当に入谷先輩が好きなんだよ。それを入谷先輩もよく分かってるから、私に怒鳴ったんだよ」

「美心……」


 そう理解した時、勝手に涙が出てきてしまった。体の小さい私が泣いたりしたら入谷先輩が悪者になってしまうから、絶対に泣かないって決めてたのに。


 比嘉先輩が入谷先輩を好きなのに私のことを言わなかったのは、私のためでしかあり得ない。


 また涙があふれてきて、ひざを抱える。


「すごい人だよね。私だったら即言っちゃう。あの子本当は全然かわいくないよって」

「美心はかわいいよ」


 思わず涙と鼻水まみれの顔を上げた。


「一生懸命に入谷先輩を好きな美心はかわいい」


 いつもふざけ合っている悟とは別人みたいに、すぐそばにある悟の目が真剣で驚いた。


「俺じゃダメか」

「え?」

「入谷先輩の話してるうちに、いつの間にか美心のこと好きになってた」


 思いがけない言葉に、心臓がドクンってした。


「……今言うのはズルいでしょ」

「ズルくてもいい。どんな手を使ってでも俺は美心を取りに行く。手段は選ばない」

「それ入谷先輩の丸パクリ」

「美心が入谷先輩を好きになったセリフだから」


 もう三年も前に話したことを覚えてるんだ……。


「入谷先輩が言うからいいの。入谷先輩は本気で勝ちを取りに行くからね」

「俺も本気で美心を取りに行く。俺と付き合ってほしい」


 悟が立ち上がって私へと手を伸ばした。


 入谷先輩のマネしてカッコつけて、悟らしくない。剣道は容赦なく強いくせにお姉ちゃんを追って進学するような気の弱い所があって、底抜けに優しいのが悟なのに。


「ダメ」


 悟の手は取らずに、背の高い悟の腰に抱きついた。


「言ってることとやってることが一致してないよ?! どっち?! 美心?!」


 入谷先輩だったらためらうことなく抱き返すだろうに、焦ってる悟に思わず笑ってしまう。


 実らなくても、入谷先輩を大好きだったこの三年はきっと無駄じゃなかった。やっと、自分の心に折り合いをつけられた気がする。

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