私に足りないもの
「ママ、パパ……お友達ができないの。どうしたらお友達ってできるの?」
「心配しなくても、叶ちゃんはかわいいからお友達がたくさんできるよ」
「ううん、できないの。みんな叶と目も合わせてくれないの」
「あら、泣いてるの? 叶ちゃんは泣いててもかわいいねえ」
ママぁ……話が通じないよう。
「叶、そんなに一生懸命友達を作ろうとしなくても大丈夫だよ」
「だって、できないんだもん」
「叶はいい子だから、自信を持って堂々としていればいい」
「自信?」
「そうだよ。魅力のある人間の周りには自然と人が集まるものだ。叶には魅力は十分ある。叶に足りないのは、自分を信じる気持ちだよ。叶なら何でもできるって、叶が自分を信じることが大切だよ」
叶なら、何でもできる……。
「分かった。できるって、信じてみる。ありがとう、パパ」
何がきっかけか分からないけれど、目が覚めた。ずいぶんと昔のことを夢に見たものだわ。
あの時のパパの言葉を信じて、私ならできると自分に言い聞かせてきた。その甲斐あって、やっと私にも友達ができた。
愛良と充里。やっと得た友達を、私は絶対に離したりしない。二人と一緒に、私も2年生になるんだ!
小学校に入学する時に買ってもらった学習机の上を見る。昨日1日取りかかったけど、途中から全く分からなくなってやめてしまった課題の復習プリント。
諦めるな! 諦めるには早すぎる!
入谷の声が頭によみがえる。昨日は半分近くもがんばったからいいか、と思ったけど、まだ半分だ。よし! やってみよう!
夕方6時を回った頃、私は最後のプリントに取りかかる。
……やっぱり、分からない……。途中で諦めても諦めなくても、結果は同じだったんだ。
涙が出そうになってきてプリントが読みづらい。でも、最後まで、分からなくても最後まで、とにかくやりきろう。
あ! これ、分かる!
最後の国語のプリント、最後の問題は漢字の書き取りだ。
――背の高さを( )
途中で諦めてたら、自分の名前の漢字なのに空白にするところだった。最後までがんばれば、分かる問題があったんだ。諦めなくて良かった。そして、私の名前が比嘉叶で良かった。
翌朝、教室に入ると入谷の席の周りで5~6人ものクラスメートが集まっている。入谷は机の上に座って笑っている。机に座るなんて、やっぱりヤンキーなんじゃないかしら。
……入谷には、魅力があるのかな。だから、あんなに人が集まっているのかな。たしかに、パパが言ってたように入谷は堂々としている。
先週も、先輩とも物怖じすることなく話していた。すごいなあ、入谷は……。
入谷って、友達だと思っていいのかしら。図々しいかな。愛良や充里のように友達になろうって言われていないし、私も言ってない。
先週のことを思い出すと、あの女の子も思い出す。入谷と仲良さそうな、ツインテールの背が高めの女の子。あの子は確実に入谷の友達なんだろうな。違うクラスなのに、一緒に帰ろうって誘いに来たくらいだし、入谷はあの後あの子と二人で帰って行ったんだろう。
……なんか、こんなモヤモヤした気持ちになるくらいなら入谷と先輩の話が終わるまで待っていれば良かった。無関係の私たちがいたんじゃ、気を使っちゃうんじゃないかと思って途中で先に帰ったけど。
先輩たちが言ってたように、あの入谷が中学の時はかわいかったのかしら。クルクルのパーマじゃなくて、肌が黒くない入谷なんてもはや別人よね。肌が白かったら、ミニチュア・ピンシャーみたいに大きな目が余計に際立ってたんだろうな。想像すると、たしかにかわいいっぽい。
なんとなく入谷を見ていたら、目が合った。
「あ! 比嘉! おはよう!」
「えっ、あ……おはよう」
入谷が私に向かって手を挙げる。にぎやかにおしゃべりしてたのに、周りにいたクラスメートがこちらを見てみんな黙ってしまった。
いつもそう。私がしゃべると、みんなが黙ってしまう……。
「ドリル持って来た! これやるから、繰り上がりと繰り下がりをマスターするんだ!」
人の輪から抜けて、入谷がこちらに走って来る。笑顔でドリルを手渡された。
「ありがとう……入谷は、私としゃべっても平気なのね」
嬉しい。入谷は、私とも他の子と同じように分け隔てなく接してくれる。
「おはよー」
「おはよう」
充里と愛良がふたりそろって教室に入って来る。本当に迎えに行ってあげたのね。充里は本当に優しい子だな。
「はよー。お前ら同伴登校だな!」
「同伴言うな、統基」
「おはよう、叶」
愛良が綿菓子みたいなフワフワの声と笑顔で私を見ている。
「おはよう、愛良。充里」
「おはよ!」
入谷だけじゃない。今の私は、3人も朝のあいさつができる。なんて楽しい学校生活なのかしら。これぞ胸ワクワクの憧れていたスクールライフ。
「比嘉、1時間目体育なのに髪このままなの?」
入谷が私の自然に下ろした長い髪を触りながら尋ねる。
びっくりした。同級生に髪に触れられるのなんて初めてだ。
「ゴ……ゴム持ってるから」
気が動転して、焦りながら髪をひとつにくくった。
「ぐちゃぐちゃじゃねーかよ」
笑いながらシュルッとゴムを外した入谷が手ぐしで整え、髪をまとめてくれた。
「俺、髪くくんのなんか初めてなのに比嘉よりマシ」
「あ、私も初めてくくられた」
「え」
「え?」
ついさっきまでただ楽しかったスクールライフが、少し変な空気になってしまった気がする。
だって、クラスメートと教室にいるだけなのに胸がドキドキしている。




