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俺が知った彼らの新事実

「ばーだー」


 俺の足元へと高速ハイハイしてくる統基を抱きあげる。


「おお! 統基もズッシリしてきたなあ」


 腕にしっかりと感じる重み、それでいて柔らかい肉感。あー、かわいい!


 統基をギュッと抱きしめた。


 ハッと目を開く。あー、また赤ちゃんの夢か……。


 俺は南紗に会うまで身近に赤ちゃんなんていなかった。俺の記憶の中の蓮はすでに2歳か3歳かくらいで、小さかったけど走ってたししゃべってた。


 南紗に会ってから、夢の中の俺は赤ちゃんから逃げ惑うことなどしなくなった。


 リアルだったな……。この腕でしっかりと統基を抱いた感触がまだ残ってる。


 ……統基を抱いた感触って何だよ。気持ち悪。


 学校に行き、階段を上ると恐る恐る角から教室の様子を伺う。嵯峨根さんはいねえみたいだな。


 ホッとするの半分、モヤモヤするのと罪悪感が更にその半分ずつ。


 叶、なんで嵯峨根さんと俺の間に一度は壁になったのに、自分から退いたんだろ。


 嬉しかったのに。俺を嵯峨根さんに取られないようにって、取られたくないって思ってくれてんのかなって。


 嵯峨根さんの矛先が叶に向かいつつあるのも気になる。叶……めんどくさくなってんのかな。


 あの時、もう別れるから嵯峨根さんと付き合えばいいって言われた気がした。


「はよー、曽羽」 

「おはよう」


 すでに着席している曽羽の虹色綿菓子みたいにフワフワな声と笑顔に癒される。今日は穏やかな朝だなあ。


 なんとなくいい日になりそうな空気を感じて、叶はまだかな、と後ろの方を振り向いた。


 ……杉田、何やってんだろ。


 叶の前の席の充里の隣の杉田が真っ赤な顔をしている。と、顔をしかめて口元を押さえた。慌てて席を立つ。


「どうした? 吐きそうなんか? 大丈夫か?」

「うえっ、気持ち悪ぃ……」


 杉田がハアハアと肩で息をしている。


「ついてってやるから、トイレ行こう」

「いや……うげえ……いい」

「は? 良くねえだろ」


 ハアハアハアハアと更に呼吸が荒くなっていくのに、体の大きい杉田の腕を持ち上げても杉田はビクともしない。


 いや、てか教室で吐く気か。迷惑すぎるからやめろ。


 杉田は異常にギラついた目でジーッと一点を見ている。曽羽か?


「おはよー。どしたの?」

「なんか知んねえけど、杉田が曽羽見ながら具合悪そうにしてんだよ」


 杉田の後ろの席の関迅が爽やかな笑顔でやって来る。杉田の様子を見ると、途端に険しい顔になった。


「エロ杉! 力使ってんだろ! やめろ、バカ!」

「力?」


 杉田は微動だにせずただ曽羽を見ていただけだが。


 迅が杉田の目の前に立ちはだかった。冷や汗をビッショリとかいた杉田が机の上に崩れ落ちる。


「実はエロ杉、ついに化学実験に成功して超能力を得たんだ」

「は? 何言っちゃってんの、迅」

「分かるよ、信じられねえだろ。でもエロ杉はやりやがった。超能力が発生する可能性のある調合をくり返し、力を得た」

「マジか!」


 迅は夢がないほど現実主義で中二病とは程遠い。到底迅が言いそうにないことを真剣に言うからこそ信憑性が高い。


「曽羽は何も気付いていない様子。ジーッと曽羽を見ていた杉田。漫画みたいな曽羽のわがままボディ。お前、絶対透視してただろ!」

「ハア、ハア……」

「それでハアハア言ってるとか気持ち悪いんだよ!」

「どうせロクに見えてねえよ。エロ杉、超能力を得たのは得たけど力が弱すぎて非常に集中力を要するらしい。トランプでイカサマすらできねえんだから」


 うっぷ、とこみ上げてくるものと戦いながら杉田が迅の発言を邪魔するように手を上げる。


「視えた……」

「え?! 何が視えた?!」

「赤と青のチェックのブラ紐……」

「それなら俺もさっき見た。普通にブラウスから透けてた」

「より鮮明に視えたんだ!」


 超能力がこんなに要らない力だったとは驚きだ。杉田はまだハアハアと辛そうだが自分の席に戻る。




 睡眠不足を挽回すべく眠っていたらあっという間に放課後だ。さて、バイトに行くか。


「行ってきまーす」


 自分の彼女が超能力者に透視されていたとも知らず、充里が呑気に曽羽へと手を振る。


「バイトがんばってね」

「ありがと!」


 叶にそう言われるとやる気になる!


 張り切って創作居酒屋ひろしの引き戸を開けようとして、バイト急募のポスターが貼ってあるのに気付いた。


「あれ? 誰か辞めるんかな」

「何コレ?」

「ちっせー店だからさ、ひとり辞めたらひとり採用するシステムなんだよ。だから、誰か辞めたんかなーと思って」


 充里が眉をひそめて首をかしげる。


「とっくに辞めてんじゃん。統基といい感じだったお姉さん」

「え? 天音さんの代わりを今更?」

「だって俺、統基といい感じだったお姉さんの代わりが入るまでのつなぎなんだよ」

「そういやそんなこと言ってたな。てか、いちいちいい感じだったお姉さん言うなっての」


 普通に俺と一緒に平日のみシフト入ってるから、普通のバイト感覚になってた。


「おはようございまーす!」

「おはよう。今日も二人とも元気だね」

「はい!」


 結構遅かったから、充里と競い合うかのように急いで事務所へと階段を駆け上がりエプロンを着ける。


 最近はなんか知らんが平日でも客足が伸びる。今日は充里とジュースバトルをするヒマもない。


 夜9時を過ぎて、あともう一息! と気合いを入れていたら若いOLさん風の5人の客が入って来た。


「いらっしゃいませー!」


 たまたま充里と並んでいたタイミングでそろって声を張り上げる。


「キャー! ほんとにイケメンコンビだ!」

「二人ともカッコいいー」


 ふっ、そうか、俺たち店でもイケメンコンビと呼ばれる宿命なのか。


「いらっしゃい。あ、お姉さんたちはよく来てくれるよね。今日は友達連れて来てくれたの?」


 おしぼりとお通しを持って行く。空いてた座敷へと案内した充里が言うから改めて見ると、すっかり常連のジュースおごってくれるお姉さん二人だ。


「この子たちがかわいいバイトさんがいるって言うから気になっちゃって」

「うちの会社で他にも来てた子がいたの」

「分かるかな? 髪長くて背の低い子と背が高めでボブの子なんだけど」


 新顔の三人がキャッキャしているが、いくらこの店がちっこくてもそんな平凡なヒントで分かる訳あるまい。


「ああ、もしかして宇崎(うざき)さんと福多(ふくた)さん?」

「そうそう!」


 なんで分かるんだよ。分かんない俺が低能みたいじゃねーかよ。


 9時45分になり、充里と共にまかないを食う。


「あ、そうだ。入谷くん、充里くん、土曜日空いてるかな? 日野くんの送別会をやりたくてね」


 店長が人の好さそうな笑顔で話しかけてくる。


「はい。俺は空いてるんで参加します」

「俺もー」


 充里がデカい手を上げると店長が笑った。


「日野さん、辞めるんすか」


 日野さんとはほとんどしゃべったこともないから、辞めると聞いても特にショックはない。丼をかき込む。今日も店長の作るメシが美味い! おいしいものをおいしく食べられるって素晴らしい!


「うん。橋本さんと結婚して実家でご両親と同居するんだって。残念だけど、距離的に通勤できなくなるらしくてね」

「結婚?! 天音さんと?!」


 びっくりして口から米粒がバンバン飛ぶ。


「汚ったねーな、統基」

「あはは。驚くのも無理ないよね」


 優しい店長は顔にも無数の米が飛んだというのに笑顔である。


 結婚……。


 結婚するってことは、天音さんの腹の中にいる子供の父親は日野さんだったってこと?!


 なんだ……マジで俺じゃなかったのかよ。てっきり、あの天音さんのことだから俺の子供なのに嘘をついてるとばかり思い込んでいた。


「良かったああ……マジで良かった! 結婚おめでとう! 日野さん!」

「ありがとう」

「えっ?!」


 振り返ると、日野さんと笑いをかみ殺した工藤さんがいた。


「あ! おはようございます!」

「おはようございます」


 いつも不愛想な日野さんが穏やかに微笑んでいる。


 ……幸せそうだなあ……良かった。日野さんが父親で本当に良かった。


 ひろしを出て、真っ暗な夜道を充里と歩く。


「あー、マジめでたい。結婚だぜ、結婚」

「統基ずっと結婚の話ばっかなー」

「いい話じゃん。ひろしで出会った二人が夫婦になるんだって!」

「俺どっちもよく知らねえからそこまでテンション上がんねー」


 充里に引かれるほどウキウキな俺はもう飛び跳ねるように歩いている。


 心の中の暗雲がキレイに晴れたようにすがすがしい気分だ。あー、叶に会いたい!


 家に帰り自分の部屋へまず入った俺は、しまい込んでいたスノードームをベッドのヘッドボードの上に一度逆さまにしてから置いた。


 ベッドのライトも付けてみたら、舞う雪の白さが際立って、やっぱりキレイだ。


 天音さん、結婚おめでとう。良かったな。幸せになれよ。


 しかしアレだな。

 あんな小さい店の少人数のバイトの中で二人も男おったんかい。


 さすが天音さんだよ。大人ってコワイ。

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