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俺の姉かもしれない人探し

 俺と同じ顔をした赤ちゃんが高速ハイハイで迫ってくる。


「統基! 来るなー!」


 俺は一心不乱に走り出す。でも、統基は猛スピードで俺の足にしがみついた。


 ハッと目が覚める。汗をビッショリとかいている。


 スマホを見たら、朝4時だ。2時間しか眠れてねえー……。


 食えるようにはなってきているのに、最近頭が頻繁にボーッとする。寝不足が影響してるんかな。体は普通に動けるんだけど。


 寝たら寝たで悪夢にうなされて目が覚めてしまう。ダメだな、これ。眠れねえのも地獄眠っても地獄。


 明らかに夢に現れている。天音さんの腹の中の赤ちゃんが気になってるんだ。


 俺は天音さんの家も大学も知らない。連絡手段を絶たれるとどうしようもない。


 最終手段は店長だけど……店長に全てを話すことはできない。


 こんなこと、店長どころか誰にも言えない。


 天音さん、どうするつもりなんだろう。バイトを辞めて産むんだろうけど、父親が誰か分からないまま育てる気なのか?


 子供が大きくなった時に父親がいないなんて、その子はどう思うだろう。


 花恋ママの妊娠を知って、蓮の父親は逃げている。イヤな言い方をすれば、蓮は父親に捨てられたんだ。俺は蓮にそんな事実を知って欲しくないと思ってる。


 なのに、俺は蓮の父親と同じことをしてしまったのかもしれない……。


 蓮には幸い、親父がいる。でも、天音さんの腹の子供には誰かいるんだろうか。


 スマホでなんとなく夢と調べてみる。お、夢占い?


 夢で占いなんてできるのか。赤ちゃんの夢って何か意味あんのかな。


 へえ、赤ちゃんが出てくる夢って吉夢なんだ。俺はうなされてっけどな。でも、赤ちゃんの夢自体はいいものなんだと知って少し心が軽くなる。


 お! 自分が赤ちゃんになる夢発見! すげえ、まさにじゃん。


 心身ともに健康がむしばまれているサイン。ひとりでは生きていけない赤ちゃんのように自身のケアが必要な状態を表しています。まずは病院に行きましょう。

 精神が不安定になっています。身近な人、信頼できる人に相談しましょう。そして病院に行きましょう。


 病院には行かねえよ。誰の心身が共にむしばまれてるってんだ。


 精神が不安定に……なってんのかなあ? 自分じゃ普通のつもりだけど。


 人に相談って、誰にだよ。充里か。


 俺さあ、毎晩赤ちゃんの夢見てうなされてんだよね。赤ちゃんって言っても、俺と同じ顔してて統基って名前なんだけどね?


 マジで精神が病んでると思われるわ!


 こんなこと誰にも言えねえ。でもひとりで抱えるのも限界なのかもしれない。せめて天音さんと連絡が取れれば……。


 朝とも言えない朝4時だってのに、下から音がした気がする。泥棒か?!


 部屋を飛び出し階段を下りる。やっぱり誰かいる!


 緊張しながらも泥棒だったらストレス発散に思いっきり蹴ってやろうとたくらむ。


 あ、キッチンか。包丁持たれてたらそっこー逃げよう。


 キッチンに入ると、黒いスーツに白い新妻風のエプロンを着けた亮河がいた。


「亮河兄ちゃんかよ。泥棒かと思ったわ」

「おはよう、統基。えらい早起きだな。びっくりした」

「亮河兄ちゃんこそ、早朝から何やってんの?」

「作り置き。今晩は全店舗をあげてのイベントやるから夜来れないんだよ。孝寿が来てくれるんだけど料理は作っといてって言うからさ」


 こんな朝早くから蓮のメシ作ってくれてたのか。


「ありがとう」

「こんな時間に起きてくるなんて、ちゃんと寝てるのか? 顔色悪いぞ」

「あー、なんか、眠りが浅くてさ」

「ちゃんと寝ないとダメだぞー。朝は太陽の光の下起き、夜はしっかり眠る。健康の基本だよ」

「亮河兄ちゃんこそ夜仕事なのにこんな時間から起きてて体もつのかよ」

「俺は仕事帰りだよ。これから家に帰って寝る」

「さっきのセリフよく言えたな。特大ブーメランじゃん」


 夜にお仕事、昼夜逆転の水商売だもんな。


「水商売……なんかいたな。何だっけ、親父が娘だって言い張ってるって水商売の女。何とかさんの娘」

「エミリさんの娘?」

「それだ! その娘、父親が誰か分からないまま二十歳くらいになってるって言ってたよな!」

「そうだけど」


 いた! 父親がいない大人! もしも親父の娘だったら俺の姉ってことになるのか。


「その人、なんて名前だっけ?」

「ミーナだよ。本名は僕も知らない」

「どこに行けば会える?」

「エミリさんの店に出てるらしいから店に行けば会えるんじゃないか?」

「エミリさんの店って何て名前?」

「プティローザ」

「ありがと!」


 キッチンを飛び出し、顔を洗って着替えて家を出る。


 空が赤い。夕焼けみたいだ。朝もこんな太陽って赤いんだ。


 亮河が今仕事帰りってことは、もしかしたらまだ店にいる可能性もあるかもしれない。探し出そう。行くぞ! 天神森!


 意気揚々と向かいながら、早朝から高校生が歓楽街を練り歩くのは目立つかもしれない、とちょっと冷静になる。


 補導されたら面倒だ。途中のコンビニで帽子とサングラスを買う。まるで変装だな。


 いざ天神森に足を踏み入れ、店の多さに愕然とする。デカい大箱もあれば細長いビルに何店舗も看板が掲げられていたりもする。


 しまった……情報が少なすぎる。この中からひとつの店を探し出すなんて途方もない労力がかかる。


 スマホでプティローザを検索してみるも、近隣地図しか掲載されていない。このビッグウインドって店がどこにあるのかが分かんねえんだよ! 初めて天神森に踏み入る人間にも分かるようにしとけよ!


 もういい。こうなったらしらみつぶしに全部の店をチェックしてやる。


 水商売の店ってのはどうしてこうも横文字の店名ばっかなんだ。プティローザのつづりなんて分かんねえよ。ヤバい、見つけられっかな。


 歩き回ることなんと丸12時間。もう夕方5時が迫っている。


 俺、せっかくの日曜日に何やってんだ……。足超痛い。帰りたい。今ならグッスリ眠れそう。


 だがしかし、俺は志半ばで諦めて尻尾巻いて逃げるようなマネはしない。絶対見つけてやる!


 地下にまで店がありやがる。クッソ、階段が地味にキツイ。なんでこの店地上に看板出してねえんだよ。やる気あんのか。


 ドアに看板が掛けられている。友達ん家のドアにかかってるWELCOMEって書かれた板みたいだな、オイ。


 看板を見ると、濃いピンクで小さく「Petit Rosa」その下に大きく「ビーワン」と書かれている。Pだ! Pから始まってる! ペティだけど、後半ローザって読めそうじゃね?!


「すんません! 誰かいねえっすか!」


 ドアを開けようとしたら鍵がかかってるから、ドンドンと叩く。反応はない。いねえか……。


「どうかしましたか?」


 後ろから声をかけられてびっくりした。振り返ると両手にエコバッグを提げた黒いスーツの小柄な顔の濃い男が階段を下りてくる。


「あ! これ、プティローザっすか?!」

「そうだけど」

「よっしゃ!」


 やった! やっと見つけた!


「ミーナって人に会いたいんす!」

「ミーナちゃんなら本店だよ。こっちはビーワン」

「え? 本店?」


 ええぇー、見つけたと思ったのに……。


「どこにあるんすか? 本店って」

「ここ上がって右にまっすぐ行った白い壁の店の二階だよ」

「右の白い壁の二階ね。ありがとう!」


 階段を駆け上がる。


 右に走る。……オイ、白い壁の店多いんだけど。どれだよ?!


 二階建てなのかビルなのか聞いておけば良かった。半ばヤケクソで白い建物の店名を見ていく。


 見つけたと思ってのこれだから余計にイライラしてくる。クッソ、また違うか。


 一際大きな白い壁のキャバクラがある。これ二階あるな。看板が見当たらないから階段を駆け上がる。あー、きっちー。


 ホウキを手に掃き掃除をしている黒いスーツの男がいる。さっきの濃い顔の男と似たような服だな。よく見るとスーツじゃなかった。制服?


 さっきの店と同じ制服?! 男に駆け寄るとギョッとしたように俺を見る。


「ここ、プティローザっすか?!」

「そうだけど……」


 怪訝そうに俺をジロジロと見る。ヤバい、怪しまれてるかも。あ、そうだ!


「俺、入谷統基っていいます。入谷銀二の息子です」

「入谷? え! シルバーの?!」 

「そうっす! シルバージュニアっす!」


 まさか自分でシルバージュニアを名乗る日が来るとは思いもしなかったが、ここ天神森なら親父の名前を出した方がスムーズだ。


「ミーナって人に会いたいんす。呼んでもらえませんか?」

「ミーナちゃん? ちょっと待っててくれる?」


 低姿勢に愛想良く笑って男が店内に入って行く。親父パワー、利用させてもらってます!


 しばらくすると、男が出てきて店内に向かって手招きをしている。


 ドアから派手な赤い超ミニ丈のドレスを着た、金髪ボブの女の人が出てきた。鮮やかな赤にも金にも負けない、めちゃくちゃキレイな顔をしている。


 びっくりするくらい細くて長い手足に、小さい顔。何頭身あるんだ。日本最大の歓楽街にはこんな人形みたいな人間が生息しとるんか。


 美人なんだけど、顔どうこう以前にものすごい圧を放っている。この俺が圧倒されて声も出ない。


「人を呼び出しといて無言でジロジロ見るだけとか何様」


 すげえぶっきらぼうなしゃべり方。ヤバい、気分を害していらっしゃる!


 圧倒的なプレッシャーの前で帽子とサングラスが失礼な気がして慌てて取る。


「なーんだ、ガキじゃん」

「あの、俺、入谷統基っていいます。入谷銀二の息子です」

「入谷ー? 私は入谷とは無関係よ」

「あの、親父の娘かもしれないんですよね?」

「ホスト共みたいに金になるならともかく、ガキに用はない。帰れ帰れー」

「は?!」


 シッシッと野良犬を払うかのように俺に向かって手を向けると、クルリと後ろを向いてしまう。


「ちょっ……ちょっと! 俺話したいんだよ!」


 めんどくさそうに顔だけこちらに向ける。何コイツすげー態度悪い!


「私と話したきゃ金持って客で来い。くっだらないことで呼び出してんじゃないわよ」


 俺に対して親指と人差し指で丸を作って金をアピールし、店員の男に悪態をついて店に戻っていく。


 呆然と見送っていると、男が俺に頭を下げる。


「ごめんね。ミーナちゃん、さっきちょっと揉めてたから機嫌悪いんだよ。日を改めた方がいいかも。機嫌のいい時ならもしかしたら話くらいは聞いてくれるかもしれないから」

「機嫌が良くてももしかしたら・かもしれない程度なの?!」

「基本、人の話なんて聞く気ない子だから」

「そんなヤツは水商売やめちまえ!」

「あ! そんなこと大声で――」


 店内から俺の頭目がけて何か飛んでくる。得意の瞬発力を発揮してとっさに避けると、すげえ音を立ててガラスコップが粉々に割れた。


「あっぶねえ!」

「悪口にだけは地獄耳なんだよねえ」

「店内からノールックで投げたの?! すごすぎるだろ!」


 ホウキとちりとりで慣れた様子で店員さんが片付ける。お辞儀をして店に入って行き、ひとり取り残された。


 俺……夜明けから歩き回ってやっとたどり着いたってのに、あの女何なんだよ!


 あんなヤツが親父の娘でたまるか! 絶対姉であってほしくねえわ!

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