私は彼女アピールが嬉しい
私は悩んでいた。
統基はたぶん、学校でも叶って呼んでくるだろう。そして、私も統基って呼ぶと思ってるだろう。
もしも入谷って呼んでしまったら、どうして苗字呼びをやめたのかを躊躇なく統基はみんなに言ってしまうだろう。
……恥ずかしすぎる……。
統基を一年生の女の子に取られちゃうんじゃないかって、不安でいっぱいになってしまってどうにか統基を繋ぎとめたくて必死だった。
今なら分かる。そんなことしなくても、きっと統基は心変わりなんかしないって。
「叶、おはよう」
門を入るとすぐに綿菓子みたいなフワフワな声がする。愛良が綿菓子みたいに笑っている。
「おはよう。今日は充里と一緒じゃないのね」
「うん。昨夜は充里家に帰ったから」
「お泊りした日に一緒に来てるの?」
「ううん、充里が家まで迎えに来てくれる時もあるよお」
「充里の家って遠い? 統基と充里は家が近いのよね?」
「統基?」
「あ」
すんなり統基って出ちゃった。愛良が丸い目をパチクリさせている。やっぱり、今更呼び方変わると不審がられるわね。
「曽羽ちゃん! 比嘉! おはよ!」
元気な声に振り返ると、充里がなぜか自転車で来ている。
「この学校自転車通学禁止なのに」
「だって遅刻しそうだったんだもん。校舎の脇に隠してくる!」
器用に人の間をすり抜けながら充里が校舎で見えなくなる。すぐに戻ってきた。
「統基も乗せてやろうと思って家寄ったんだけどいなかったんだよね」
「統基は登校が早いものね」
「統基?」
「あ」
また出ちゃった。
「あ、あの、特に深い意味はないのよ。付き合ってるのに苗字呼びはおかしいって統基が言うから」
「来夢には呼び方なんか気にしてないって言ってたのに?」
「え? そんなこと言ってたの?」
余計に不審がられちゃうじゃない。どうしよう、私にはとてもごまかしきれないわ。
二年生になり教室が二階なおかげでだいぶ楽になった。階段を上りきると、統基が角の壁に体をくっつけて不自然に腰を曲げている。
「おはよー、何してんの?」
充里が声をかけると、統基はビクッとして振り向いた。
「なんだ、充里か。あ! おはよー、叶!」
「叶?」
「うん! 俺の彼女の比嘉叶!」
「ああ、比嘉叶ね。こんなとこで何のぞいてんの?」
統基があっさりと返答してしまう。充里が何に納得したのかまるで分からないけれど、話が流れてくれて良かったわ。
「そうだ! みんなで嵯峨根さんの前に行ってみよう! そうしよう! いつもは俺がひとりで行くからくっつかれるんだ!」
統基が充里の後ろに隠れるようにして角を曲がり四人で教室へと向かう。
「入谷先輩! 比嘉先輩! 箱作先輩! 曽羽先輩! おはようございます!」
嵯峨根さんは私たちに駆け寄ると、サッと統基の胸にチョコンと頭をくっつけて統基を見上げる。統基の作戦は完全に失敗ね。
うっ……やっぱりかわいい。キーホルダー付けてマスコットにしたい。
いつもひたすらに困った顔をしていた統基が、気まずそうながら決意の表情で拳を握りしめたのが見えた。何か言うつもりなのかしら。
「あ……あのさあ、嵯峨根さん。悪気がないのは分かってるんだけど、俺はこの距離おかしいと思うんだよね。俺、この距離に入られて大丈夫なのって彼女だけなの」
「え……」
統基が嵯峨根さんの肩を押しながら大きく一歩下がり、距離を取る。
初めて毅然とした態度で嵯峨根さんに向き合う統基がカッコいい。嬉しい。統基がちゃんと私の存在を嵯峨根さんにアピールしてくれた。
悲しそうに嵯峨根さんが統基を見つめる。
「あの、嵯峨根さんは何も悪くないから。俺がちょっと神経質なだけだから、変に気にしないでね」
「ごめんなさい……今まで、不愉快な思いをしながら我慢してくれてたんですね」
「不愉快なんてとんでもない! お願いだからネガティブに考えないで?!」
統基が慌てた様子でせっかく広げた距離を詰め、ガシッと嵯峨根さんの両肩をつかむ。
ちょっと……統基?
嵯峨根さんがパアッと花開くような笑顔を見せる。
「入谷先輩の優しいところ、大好きです! 今日も一日がんばってください!」
ビシッと敬礼をすると嵯峨根さんが走り去って行く。呆然と突っ立っている統基の肩に充里がポンと手を置いた。
「あの子すっげーポジティブな」
「……だな」
嵯峨根さんのポジティブが勝ったけど、統基が初めて嵯峨根さんよりも私を優先してくれた。統基を信じて良かった。統基が心変わりなんてしてしまわないで本当に良かった。
嬉しくて、目が合った統基に笑いかけると、統基も目を細めた。
「明日は身体測定があるから、体操服を忘れないように。以上。日直-」
高梨先生が言いながらもう教卓を離れる。
「きりーつ。れーい。先生、さようなら、皆さん、さようなら」
「はい、さようならー」
高梨先生が言いながらもう教室を出て行く。早すぎるほどに早い。
「叶! ひろしの前までついて来てよ!」
「うん」
統基がバビュンと机の合間を縫って走って来た。充里と愛良と佐伯くんと教室を出る。
「俺と佐伯の身長差広がってない? まだ背ぇ伸びてるかも」
「俺もうほとんど止まってるんだよー。入谷、中2で初めて同じクラスになった時なんかこーんなちっこかったのにー」
「もっとだろ。中2の統基はこれくらいだよ」
「そこまでじゃねーよ。俺ゃ幼稚園児並みか」
そっか、統基と充里と佐伯くんは中学が一緒だったのよね。
「入谷くんって、そんなに小さかったの?」
「かなりちっこかったし、こんなに肌黒くなかったしここまで天パひどくなかったよ」
「天パなの?!」
びっくりして大きな声が出てしまった。天然でこんなクルクルになる人なんているんだ?
「叶、パーマだと思ってたの?」
「私も思ってたよお」
「結構誤解してるヤツ他にもいるかもなー」
「入谷、それ天パなのか?!」
振り返ると、オレンジの髪で坊主頭の緑川くんと長めの黒髪を頭のてっぺんでくくっている和中くんが驚いている。
「おー、いいじゃん、二人ともウゼー頭がスッキリしたじゃん」
「うるせえ! こんなんただの罰ゲームじゃねーかよ!」
「奴隷のくせにご主人様にそんな口利いていいと思ってんの?」
「くそっ! スリーオンスリーならぜってー負けねえのに!」
「バーカ。俺はバスケ勝負だっつったのにちゃんと聞いてねえお前たちが悪い」
統基が楽しそうに笑う。そっか、バスケ勝負がどうなったのか聞いてなかったわ。
「勝ったんだ?」
「俺が負ける訳ねーだろ」
「ほとんど自滅だけどな」
「スリーオンスリーはハーフコートなんだよ! フルコート走るのがあんなキツイとは!」
「試合時間も4倍になるし。体力もたねえよ」
「クソジジイが。若者にケンカ売ってんじゃねーよ」
言い捨てると統基がサッサと歩きだす。
「負けたから二人とも髪形変わってるの?」
「そ。緑川はご主人様の津田にたてつこうとしたから罰として同じ頭にしろって津田に命令させたの」
「津田は嫌がってたけどな」
「いーや、ゆーて楽しそうだったぞ。嫌がってるフリだよ、フリ」
入谷が指差す先を見ると、恐縮した様子ながらニヤニヤを隠せていない津田くんが緑川くんにカバンを渡している。
「一カ月ご主人様のカバンを家までお届けしろって佐伯に言わせたの。津田ぼっちだから友達ができたみたいで嬉しいだろうと思って」
「俺は100%イヤだったよ!」
「ノリノリだったくせにー」
「そりゃー、あんなヤンキーが俺に土下座するんだもん、ちょっと調子乗っちゃうじゃん」
「土下座は誰がさせたのお?」
「統基」
やっぱり……統基って優しいけれど意地悪なところがある。
「じゃーなー。バイバーイ」
「バイバーイ」
三人と別れ、統基と二人で統基のバイト先である創作居酒屋ひろしを目指す。近付くにつれ、繋がれた統基の手のひらが汗ばんでくる。
「何か緊張でもしてるの?」
「あ、ごめん、手汗気持ち悪いよね」
「ううん、気にしてないけど」
統基がタオル地のハンカチを出して私の手を拭ってくれる。やっぱり、統基は優しい。
ひろしの前で、私の正面に立った統基が私の手をギュッと握る。真剣な目でジッと私を見る。
「俺、お前のために誠実なちゃんとした大人になりたいんだ」
「ええ……前もそんなこと言ってたけど、どういう大人?」
「俺も何をしたらいいのかは分かんない。でも、今目の前にあるやらなきゃいけないことは分かってる」
「やらなきゃいけないこと?」
「俺、絶対やってくるから。俺のこと信じてくれる?」
「何をやるのか全然分からないけど、統基のことは信じてる」
統基が目を細めて笑うと、力いっぱい抱きしめてくる。
「よし! やれる! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい。がんばってね」
意気揚々とひろしの引き戸を開ける統基を見送る。
……何をやるって言うのかしら? あんなに緊張するなんて、バイトで何か試験でもあるのかな?




