俺たちの旅の終わりと決意
目を開けると、叶の寝顔が視界に入る。人生で最高の目覚め。
思わずギュッと抱きしめる。この幸福の時間が永遠に続けばいいのに。
ほどなくして叶がモゾモゾと動く。あーあ、起きちゃったか。
「おはよう」
「おはよう……」
「17歳の誕生日おめでとう」
「誕生日……? ありがとう」
なかなかの間を開けて叶がニッコリ笑う。頭働いてねえなー。かわいい。
叶のおでこに俺のでこをつけてみると、ひんやりしていて気持ちいい。
「熱は大丈夫そうだけど、体調どう?」
叶が立ち上がって不思議そうに手足を振る。
「なんだかすごくスッキリしてる。蓄積された疲れが全部解消されたみたいな」
「だろーな。俺が一緒に寝たからだよ。俺安眠効果抜群なの」
「統基って適当なことばっかり言うよね」
「今回はマジだっつの」
今回はって言っちゃう辺り自分でもアレだけど。
「よし! 準備が整い次第、水族館に出発だ!」
「おー!」
俺に続いて、楽しそうに叶が拳を振り上げる。まだまだ小学生なところもかわいい!
水族館は入館料が高い。でも、来たかった水族館に叶と来れてすっげー嬉しい。
叶は魚については無知らしい。解説を読むだけの漢字の知識と読解力がないから俺が説明する。
叶のお目当てのラッコが現れた。叶が水槽のガラスにへばりつく。
「なあ、マジでラッコ泳ぐの? やっぱプカプカ浮いてるだけなんだけど」
「かわいい~。でも泳ぎそうにないわね。あれ?」
ラッコを満喫し、通路を進むとペンギンがいる。
やたらと深い水槽で、ペンギンたちは水に潜ると飛ぶように泳ぐ。
「おお! 陸ではピヨピヨ歩いてて超かわいいのに、水中ではカッコいい!」
「ラッコじゃなくてペンギンだ! ね、すごいでしょ?」
「思いっきり間違えてんじゃねーか」
ペンギンに夢中になっていたら昼になった。館内レストランでメシにする。ここも高けえよ。旅行って地味に食費が軍資金をえぐってくる。
「俺ホオジロザメランチ。叶は?」
「えーと……シロイルカランチお願いします」
やって来たランチの肉を突いてみるが、普通のチキンソテーに見える。
「これのどこがホオジロザメなの?」
「ランチの名前に使われてるだけで、ホオジロザメの肉じゃないよ」
「えー、珍しい肉食べられると思ったのにー」
高いけど美味い。でも量が多い。いつもだったらもういいやって残しちゃうけど、ガーリックの香り漂う美味いチキンにされた鶏のことも考えて食うか。
「ごっそーさん」
「本当に食べるの早いね」
「うん、これくらいなら飲める」
「チキンを?!」
食い終わってやることないから叶が食べてるのを眺める。
なんでだろう、食べてるだけでもうかわいい。
俺にジーッと見られて超食べにくそうなのがたまらなくいい。
「ごちそうさまでした」
叶が小学校の給食みたいに丁寧に両手を合わせる。こういうとこいいな。
レストランを出るとふれあいコーナーがある。子供が喜びそうなもんなのに、誰もいない。
「貝との触れ合いかよ。何がおもしろいんだ」
「あはは、固い」
叶は楽しそうに水に手を突っ込んでいる。おもしろがれる人間もいるんだ。
「痛っ」
「大丈夫か?!」
叶の指を二枚貝が挟んだらしい。
「良かった、赤くもなってねえな。お前、貝にまで攻撃されんのかよ」
「わー、すごい。貝も生きてるって実感」
指挟まれて喜ぶんかい。
「叶には危ないから次行こ、次」
更に奥にはお土産コーナーがあった。こんな目立たない場所で売り上げ大丈夫か。
広くもない店内ながら品数は豊富で見てて楽しい。
「パパとママに、シークワーサージュース買っていこうかしら」
「なんで水族館土産がジュースなんだよ。お、このシロナガスクジラのペンケース蓮のお土産にしよ」
叶が熱心にお菓子コーナーを見ている隙に、天音さんへのお土産にクラゲの小さなミラーを買う。なんとなく、クラゲ好きそう。
叶に合流すると、ドレッシングを見ている。
「へー、オイスタードレッシングか。美味いんかね。買っとこ」
兄貴たちにはまとめてこれにしよ。4つも買ったら荷物になる。うちに来た時に使ってもらおう。
土産屋を出て先へ進むとクラゲやクリオネと癒し系が並ぶ。
「これが生き物だってのが違和感あるんだよなー」
「ねえ、見て。クリオネって巻き貝の仲間なんだって」
「貝のくせに裸なの? コイツ身を守る気ねえの?」
「あはは! たしかにそうね。極寒の海に住んでるから敵が少ないのかなあ?」
夕方4時を過ぎ、そろそろ帰らないと門限の6時に間に合わなくなる。まだまだ一緒にいたいけど、叶の両親も誕生日を祝うべく待っている。お届けせねば。
ここ麻生海河原駅は始発駅のため車内はガラガラである。
「叶、高校卒業したらひとり暮らししろよ。俺毎日泊りに行くから」
「それ、ひとり暮らしって言うの? 統基はひとり暮らししないの?」
「んー、俺ん家親がいないことが多いから、弟が心配なんだよね。しっかりしてるいい子なんだけど、まだ子供だから」
俺が高校卒業する頃、蓮はまだ中学生だ。かわいい蓮がヤンキーが多い桜三中に行くなんて心配しかない。
「弟さん、昨夜はどうしてたの?」
「兄貴に来てもらった」
「お兄さんもいるのね」
「まーね」
「いいなあ。私は長女だから諦めてたけど、お兄ちゃん欲しかったわ」
「長男でも兄貴いたよ」
「え?」
「何でもない」
羨ましそうに俺を見るから、ポロッと口から出てしまった。あっぶねー。
でも、いつまでも隠してるのもな……この流れに乗って兄貴が4人いるんだってカミングアウトするか?
いや、危険だ。クソ親父があちこちではらましたせいで全員母親は違うと知られたら俺の人間性まで疑われる。
「俺は過保護でも両親に愛されてる叶が羨ましいよ」
笑いながら微妙に話を変えた。
「私は自由な統基が羨ましいわ。門限もないし、好きに旅行できるし」
「箱入り娘の贅沢なお悩みだな」
「自由なのも贅沢だよ。きっと、ないものねだりなのね」
「そうかもな。俺にとっては、もう絶対に手に入らないものだから」
俺を産んだ母親はもういない。花恋ママともすっかり打ち解けたけど、普通の親子とは違う。母でもない姉でもない、大切な家族。
「寂しい?」
「全然。俺なーんも覚えてないし、母親ならいるから」
「そう」
安心したように叶が笑う。心配はいらない。俺には寂しいと感じるほどの思い出がない。
電車が下山手駅に着いてしまう。旅も終わりか……。
「また明日」
「うん。明日が待ち遠しい」
ギュウッと抱きしめる。
旅行したらすげえ満足感かと思ったのに、一緒にいた時間の分離れたくない。
「あの……離してくれないと帰れないんだけど」
「だよね。分かってんだけど離れられないの」
「6時過ぎちゃうよ」
「だよね」
しょうがない。叶の両親が待ってる。よし、離れる。もう離れる。あと10秒で離れる。
「叶ちゃんまだかなあ」
「もう6時だ。そこら辺を見てくるよ」
ガチャッとドアが開く音と共に声が聞こえる。
パッと慌てて離れて手を振ると、うなずいた叶が手を振り門へと入って行く。
「ただいま!」
「叶! おかえり!」
「叶ちゃん! 無事で良かった」
「これ、パパとママにお土産」
「叶ちゃんが私たちのためにお土産……」
「もう、泣かないで」
「ありがとう、叶。思い切って旅立たせて良かったよ。叶が一回り大きくなって帰って来た」
「こんな重たい荷物持って、疲れたでしょう」
ドアが閉まる音がして、ホッと胸をなでおろす。
話に聞いてたよりすげえ過保護じゃねえか。そして叶ママ、「でしょう」のイントネーションが独特。
俺も蓮の顔が見たくなってきた。急いで帰ろう!
門を入ると、もう騒がしい声が聞こえる。
俺は亮河に来てくれって頼んだけど、これ亮河だけじゃねえな。
ドアを開けて玄関に入ると、ハッキリと怒声が聞こえる。
「くっそ! 孝寿下手すぎだろ!」
「慶斗も全然倒せてねえくせに! 蓮と悠真を同じチームにするから負けんだろ!」
「バカじゃねーの。俺じゃなくてこのゲームに文句言え!」
「バカにバカ呼ばわりされるとか殺したくなるわ」
「リアルで勝負つけるか」
「やったろーじゃん」
「やめろ、二人とも。あ! 統基! おかえり!」
平和な比嘉家と違ってこっちは殺伐としとるわ。兄貴たち全員来てくれたんだ。
みんなで仲良くゲームをしていたらしい。ストレスのはけ口となったのであろう、コップらしきガラス片が散らばっている。何してくれとんじゃ、このクソ兄貴ども。
「統基! 帰ってくるの待ってたんだ!」
慶斗を殺そうとしていた孝寿が一転して笑顔で駆け寄ってくる。
「孝寿兄ちゃんも来てたんだ?」
「俺は泊りじゃなくてさっき来たとこ。みんなに報告があってさ!」
「へー、何?」
いい報告みたいだな。孝寿がすっげー嬉しそうに笑っている。
「奥さんのお腹に二人目の子供ができたの! まだ分かったばっかだから安定期入るまではパパには言うなって口止めされてるんだけど、お前らには早く言いたくてさ」
「おお! おめでとう! 二人目欲しがってたもんな」
「もー、今から楽しみで楽しみで」
みんなにおめでとうって言われて、超嬉しそう。孝寿は本当に奥さんと子供大好きだよな。見てるこっちも楽しみになってくる。
「てことは、俺の子供と同級生になるな」
「俺の子供って何だケイ。お前まさかまた……」
笑顔の慶斗と対照的にいつも温厚で優しい亮河が見たことないくらい怖い顔になる。
「俺バツ3決定した! 慰謝料と養育費の取り決めが済んだら離婚して再婚する」
「は?!」
「いいかげんにしろ! お前は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むんだ!」
「今回は本物。俺真実の愛にたどり着いちゃったから。これが最後の結婚だよ」
「ケイ、稼ぎがあるだけに慰謝料バカ高いのに。慰謝料と養育費で城が建つよ」
「支払先が増えるから更に稼がねば! 慰謝料養育費は俺のやる気の源さ!」
「やる気出す前に一度でいいから反省しろ!」
うわあ、ひでーなこのクズ。
「孝寿兄ちゃんの子供、あのクズの子供と同級生だって」
「マジで殺りてえ……」
「これあげる。みんなにと思って買ったんだけど、孝寿兄ちゃんのお祝いに」
「統基! サンキュー!」
オイスタードレッシングを握りしめて、孝寿が抱きついてくる。うんうん、せっかくのめでたいニュースに水を差されてかわいそうに。
「孝寿お兄ちゃん! 赤ちゃんいつ生まれるの? 僕抱っこしたい!」
「気が早いなー、蓮。上の子連れて来ようか?」
「人見知り終わったの? 正月くらいから来る度嘆いてたじゃん」
「終わった! めげずに構い続けて大正解だったよ。ママより先にパパって言ったんだぜ!」
「しゃべるの?!」
「見てよ、これ」
孝寿がスマホを取り出す。
画面の向こうからかわいい声で「パパパパパパパ」と言いながら赤ちゃんが高速ハイハイで近付いて来て、画面いっぱいに天使みたいな笑顔が映る。
「かわいい!」
蓮と二人してのけぞるくらい破壊力凄まじいかわいさ。何この生き物。超かわいい!
「もう一回見せて!」
「いいよー。かわいいだろ~、俺の子供」
「この子連れて来て! 僕この子抱っこしたい!」
蓮が必死に孝寿の腕にしがみついている。孝寿が満足そうに蓮の頭をなでる。
「分かった! 短時間なら俺ひとりでも面倒見れると思うから連れて来るよ」
「約束だよ!」
「おう!」
蓮と孝寿が微笑ましく指切りをする。蓮が孝寿のスマホを奪い取りまた赤ちゃんの動画を見始めた。
「嫁さんと一緒に連れて来ればいいじゃん」
「統基が比嘉さん連れて来たら俺も考えるよ」
「絶対に連れて来ねえ。特に孝寿になんか絶対叶を会わせたくねえ」
「叶?」
孝寿が美しい顔を珍しくキョトンとさせる。
あ、そうか、孝寿は比嘉としか知らないんだった。
「比嘉叶か!」
「そ。俺のかわいいかわいい彼女」
「お前、いよいよ二股か」
イヤなところを容赦なく突いてくるな……。
「二股じゃねーから。もう絶対に天音さんとは終わらせる」
お互い様だなんだグレーゾーンはおしまいだ。俺の勝手で天音さんには悪いけど、叶が年相応に成長した今天音さんに役割はない。
固まりきっている決意を更に強固にする。孝寿はそんな俺を鼻で笑った。
「俺はお前からは終わらせられないって断言するけどね」
「絶対に終わらせる。俺もう何言われたって天音さんに何もできない」
「この甘ちゃんが鬼になれるかなー」
「鬼にでも何にでもなってやる。俺は絶対に叶を裏切らない」
明日だ。明日、バイト前に決着をつける。働き辛くなっても関係ない。最悪バイトを辞めることになっても構わない。俺の最優先はずっと叶だ。




