朝から俺を悩ませるヤツら
2年1組の教室に近い階段ではなく、あえて反対側から二階に行き、4組の角から様子を見る。今日もいるなあ……。
どうすっかな。比嘉にヤキモチ焼かれるのは悪い気はしないが、こじらせて嵯峨根さんとモメられると大変困る。比嘉は曽羽とは違って、ヤキモチ焼きっぽい。爆弾が増えてしまった。
俺の席が一番前だから、嵯峨根さんは前のドアの前に立っている。後ろのドアからコソッと侵入を試みるか。
なるべく人に隠れるように少しずつ近付く。
「細田先輩! おはようございます!」
「君はどうして一年生なのに私の名前を知ってるんだ!」
「入谷先輩のクラスメートだからです!」
「何?! 入谷のスパイか! さては入谷、世紀の覇者バロンパナンに脳内を侵されているのでは? いた! 入谷!」
「げっ」
まさか嵯峨根さんではなく金髪ツインテールの細田に捕まるとは思ってもみんかったわ! 包帯だらけの細い手首をつかんで細田から逃れる。
「脳内を侵されてんのはお前だよ! 高二にもなって中二病やってんじゃねえ!」
「ひじの裏を見せてみろ! バロンパナンは皮膚の下にチップを埋め込むのだ! よし、大丈夫だな。今日も平和が保たれた!」
ハッハッハッと細田が満足げに教室に入って行く。
「入谷先輩! おはようございます!」
「お……おはよう、嵯峨根さん……」
「おや、元気がありませんね。チョコレートがあるけど、甘い物は苦手ですもんね。あ! 私爽やかガム持ってます! どうぞ!」
やっぱり俺のことは調査済みなんだ。これは丁重にお断りせねば。
「嵯峨根さんの気持ちは嬉しいんだけどさ」
「あ! 比嘉先輩! おはようございます!」
うわ! 比嘉が来てしまった。比嘉の前であまりに丁重に断るとまた嵯峨根さんが好きなのかと誤解されかねない。
「おはよう、比嘉」
「おはよう」
比嘉は俺ではなく、俺に向けて差し出されている嵯峨根さんの爽やかガムを凝視している。こんなことならさっさと受け取っときゃ良かった。
「あの、嵯峨根さん、やっぱりこういうのはさ、先輩として後輩に恵んでもらってるみたいでカッコつかないから受け取れな――」
「私辛いガム苦手なんです! なので全部もらってもらえるとありがたいです!」
「苦手なら買うなよ! あ、俺も苦――」
「入谷先輩が好きなガムだから買いました!」
そうだ、調査済みなんだった。下手なこと言うとすぐにウソだってバレちゃうんだ。うー、むっず……。
どうしよう。嵯峨根さんがここまで言ってんだから、じゃあ今回だけもらうけど次から持って来ないでって釘刺して終わりにするか。
方向性を定め顔を上げると、嵯峨根さんは幼い印象の顔を悲しげに淀ませていた。
「受け取ってもらえませんか……?」
泣く?! こんな小さくてかわいい子に泣かれたりしたら俺無理だわ。慌てて受け取る。
「あ、ありがとう! 俺このガムがガムの中では一番好きなんだ! わあ、嬉しいなあ!」
「良かったです! 今日も一日がんばってください!」
「うん! 嵯峨根さんもがんばってね!」
「ありがとうございます! 入谷先輩のおかげでがんばれます!」
「そりゃー良かった!」
笑顔で敬礼し、元気に走り去る嵯峨根さんを笑って手を振って見送る。うーわ、振り返れねえ……。
嵯峨根さんが角を曲がり見えなくなっても不自然なほどそのままの態勢でいると、佐伯が現れた。
「佐伯、おはよう! 爽やかガムやるよ!」
「サンキュー。これうまいよねー」
振り返って比嘉の手を握る。
「受け取りはしたけど、食べてはないから!」
不満げな比嘉の手を引き強引に教室に入れる。比嘉の席に座らせて、俺も自分の席に行く。
マズいぞ、これ。毎日こんなミッションを課せられるなんて冗談じゃない。いつどっちの爆弾が爆発してもおかしくない。
あー、一年の頃に戻りたい。日本の最底辺の高校の最底辺でも平和だった。
「うおお! すっげー美人!」
「マジかよ! 緑川くんの席超いいじゃん! 俺と替われよ!」
「替わるか、バーカ! ねえねえ俺、緑川理ってゆーの。お名前教えてよー、美人さんー」
騒々しい大声に後ろの方を見ると、比嘉に迫る二人の見知らぬ男がいる。誰だ、あいつら。
比嘉に何かしたらすぐさま飛び込んでやろうと立ち上がる。
一人はミディアムショートのオレンジがかった髪でチャラくさい男だ。俺よりは身長ありそうだが普通ってところか。もう一人はミディアムロングのスパイラルパーマがウネウネしてる黒髪のチャラくさい男。何なんだ、このチャラチャラミディアムコンビは。
顔はまあイケメンだが、黒髪の男はヒゲを生やしていて老けて見える。オレンジの男はすっげータレ目。両者美形とは言い難い。
「比嘉です」
「ああ! 比嘉叶か!」
「ここまで美人だったんだ?!」
「年下に興味ねえわとか言ってねーで見に行っとけば良かったー」
「俺と付き合ってよ! 俺、和中尚吾! 大人のお付き合い教えてあげるからー」
あははは! と男たちが笑っている。比嘉は完全に引いてる様子だ。
年下? あいつら上級生?
「うわ、学校来たんだ。留年組」
隣の席の佐伯がつぶやく。
「留年? 二年から三年に上がる時の留年はないだろ?」
「テスト受けてればないけど、出席日数足りてなきゃあるよ」
「あるんだ」
偉そうに比嘉に話しかけてると思ったら年上だったのか。
男たちが楽しそうに教室を見回している。
「このクラスすげえ! かわいい女子しかいねえ!」
「いや、あいつ微妙じゃん。あのメガネ」
「びみょー。芋くさー」
なぎさを指差して大声で二人が爆笑する。元からうつむきがちななぎさが更に下を向いてしまう。
「あ! デブいた!」
「マジデブ! ゴリラじゃん!」
今度はギャルの女ゴリラ友姫を指差す。気の強い友姫はキッと睨んでいるがもう二人は友姫を見ていない。
「やめなさいよ! 遠藤さんと友姫に謝って!」
なぎさの前の席の釘城が立ち上がりキリッと言い放つ。ピンク髪の美少女は学級委員長気質な所があり正義感が強い。
だがしかし、遠藤だったら俺の後ろの席である。近藤だ。
「かわいいー。美少女に叱られるとゾクゾクすっぞ」
「ド・エ・ム! ド・エ・ム!」
ダメだな、コイツら。年下だと思って舐めくさっとる。
釘城の勇気は素晴らしいが真っ向から抗議してもああいう輩に効きはしないだろう。もう素朴に先生呼んでくるか?
ますます調子に乗って黒髪の男が比嘉の隣の机に立ち上がって踊りだす。昨日まで学校来てなかった割にノリノリじゃねえか。
そこへ登校して来た恵里奈を見て、男の動きが止まった。
「めっちゃかわいいギャル見つけた! 俺と付き合おう! はい、決定ー!」
「え?!」
教室入ったら異世界だったくらい昨日までとは違う異様な雰囲気の中、机の上から目の前に飛び下りて来た背の高いガタイのいい知らない男。恵里奈がどれほど怖い思いをしているか。
硬直している恵里奈を勝手に抱きしめ、たまんねー! と叫んでいる。うん、これはもう許せん!
得意の瞬発力を発揮しようとしたら、登生が男につかみかかった。恵里奈から引っぺがすと床に叩きつけ、馬乗りになって顔を殴りつける。
「登生! やめろ!」
大知が顔色を変えて登生を止めようとするも、手が出せないでいる。
「尚吾ダッセー。お前俺の机拭けよなー。土足で乗りやがって」
オレンジ髪の男があざ笑う。友達が殴られてるのに机なんかどうでもいいだろ!
「登生!」
俺と来夢も大知と共に登生を止めようと参戦する。が、俺たち三人はそろって小柄である。
登生の目を見ると明らかにおかしい。コイツ完全にブチ切れとるな。
どうしよう。俺も力はない。体のデカい仲野と充里や杉田、氷川辺りは軒並みまだ登校してないみたいだ。
「吉田くん!」
「来るな! 危ねえ!」
釘城と恵里奈も駆けつけてくれるが、男の俺らで止められないのに悪いけど邪魔になるだけだ。
「ひょーう! すっげー巨乳!」
今度は充里と曽羽が入って来ると、オレンジ髪の男が曽羽に手を伸ばす。
「充里!」
次の瞬間には、充里が男の横っ腹を蹴り上げた。もー、充里まで!
うつぶせに倒れた男の背中を踏みつけて、充里がこちらを見る。
「登生! 何してんだよ!」
「止めてくれ! 充里!」
充里が登生を後ろから脇の下に手を入れて持ち上げる。ジャッキみたいに簡単に体が持ち上がるも、登生はまだ殴りつけるように腕をぶん回している。
「吉田!」
恵里奈の声にハッとした登生が振り向いた。やっと正気に戻ったか。
「あ、やべー、やりすぎた。うわ、手ぇ痛ってえ。俺、恵里奈が好きだから我慢できなくてつい」
「え?! そうだったの?!」
「超あっさり告るんじゃん!」
彼氏と別れるのを待つだの別れても急いで告んないだの訳分からんこと言ってたくせに!
「おーい、大丈夫ー? てか、これ誰? なんでうちのクラスに知らねえヤツがいんの?」
「留年してこのクラスになったらしい」
「留年? バカじゃん」
いや、出席日数の問題らしいんだが、まあいいか。起き上がって床に座り込んだオレンジ髪の男の頭を充里が踏みつける。
「曽羽ちゃんに手ぇ出そうとしたらこうなるから覚えとけな?」
「んだよ、ガキのくせに! お前俺らが何歳だと思ってんだ!」
「17歳だろ? 留年してっから」
「18だ! 俺たち1年の時にも留年してんだよ!」
「卒業してる年じゃん。いーか、おっさん。若者には勝てねえんだよ。分かったか!」
男がハッとして愕然と充里を見る。が、すぐに好戦的に睨んだ。
「そんなことねえ! まだやれる! お前がこのクラスのボスだな?!」
「このクラスにボスなんかいねーよ」
「お前が一番デカいじゃねえか」
「一番デカいのはあいつだよ」
充里がちょうど行村と共に教室に入って来た仲野を指差す。
「デカ! ただのゴリラじゃん! リアルなやつじゃん! 絶対強いじゃん!」
「え? 誰?」
誰も仲野の疑問に答えてあげない中、杉田が入って来た。この辺のデカいヤツらもっと早くに来てほしかった。
「どうかしたの? え! なんか知らねえヤツ血まみれで倒れてんだけど。何このダンディなヒゲ面」
「留年してこのクラスになったんだって。一年の時にも留年してるから18歳の新高校二年生だって。クソダッセーだろ」
杉田の疑問には丁寧に答えてあげる親切な俺である。
「18歳? いいじゃん、18歳。エロそうー」
杉田がデカい体を折り曲げて充里の上靴の下の顔をのぞき込む。
「おー、かわいいじゃん。俺これくらい思い切ったタレ目の顔好きなんだよ」
「え……俺男だぞ」
「分かってるよ。18歳なら男でも女でもどっちでもいい。18歳がもうエロそう」
「何なんだよ、このクラス! こえーよ!」
男が舐めるように見回す杉田にすっかり縮み上がっている。ロックオンされた者にしか分からない恐怖があるんだろうな。
チャイムが鳴る。とりあえず教室に平和が戻ってきた。比嘉に笑いかけると、比嘉の顔は引きつっている。
「あっぶなー、ギリセーフ!」
女子の制服を着た背の高いイケメンな氷川が飛び込んでくる。
「え? 男? 女?」
「見ての通り男だよ?」
「ぜんっぜん見ての通りじゃねえじゃん! マジ何なの、このクラス!」
「ごく普通の公立高校の2年1組だよ。俺らと一緒に三年生になりたきゃ大人しくしてることだな。同学年の留年は一回しかできねえはずだ。次は退学だろ」
俺がやさしーい笑顔で言ってあげると、男の顔には絶望が浮かぶ。
「去年のクラスで進級してりゃ良かった……まだ遊びたかったから留年したのに……」
「俺らと仲良く遊ぼーなー」
充里が踏みつける足をグリグリと頭に押し付けると男の体がビクッとした。
「何してんだ、お前らー。チャイムが鳴ったら席に着けー」
「はーい」
高梨が入って来たからみんなサッと着席する。
「お! 来たか、緑川! お前も早く席に着けー」
「高梨! 今俺が踏まれてたの見ただろ! あいつを指導しろよ!」
「見てねえ。コラ和中、朝から寝てんじゃない。昨年度から実施している学力アップの取り組みが何の成果もなくまた全国偏差値ランキング最下位になってしまったため、これからは毎日朝の小テストを行う」
えぇー、と生徒たちからブーイングが起こる。
「いや、テストどころじゃねえって! 尚吾殴られたんだよ! あいつに!」
「和中起きろー。緑川も席に着けって何度言わせるんだ。テスト配っちゃうぞー」
ただでさえ担任になって仕事が増えたと文句タラタラの高梨だ。余計な問題には触れたくないのであろう。
なんと素晴らしいチームワーク。我々は何事もなかったかのようにテストに取り組み始めた。




