俺たち、新高校二年生
新学期ってのは、軽く気持ちが引き締まる。この日本で一番頭が悪い高校で、二年生になったということは下級生が入って来る。もう俺たちは底辺中の底辺ではないのだ。
1年1組の教室の真下、二階の端の2年1組の教室に入り、窓際の一番前の席に座る。すぐに隣に男子生徒が座った。
「5組なくなったのショックだわー。結構友達できてたのに、みんなバラバラになっちゃったし」
「いいじゃん、その代わり中2以来の俺たちイケメンコンビと同じクラスなんだから」
「えぇー、やだよ、お前らと同じクラスだと女子みんな持ってかれるんだもん」
「俺は持ってったことねえよ。充里だよ」
同中出身の佐伯である。
俺よりも小柄で黒髪にメガネをかけ、かわいらしい顔をした一見真面目そうな男ながら口を開けば女子の話題が大半を占める。
「充里はキャッチアンドリリースだからまだいいんだよ。入谷はキャッチすらしないから入谷に片思いしたままの女子が発生するんだよ。充里よりたち悪ぃよ」
「ご心配なく。俺が比嘉一筋だということはこの学校に知れ渡っとる。もう俺に片思いしてる女子なんかいねーよ」
「そっか! それもそうだ!」
パッと明るい笑顔になる佐伯が単純すぎてかわいい。バカだな、コイツ。
「おはよー。佐伯と同じクラスになんの久しぶりだなあ」
「おはよう」
充里と曽羽が登校してきたようだ。まっすぐ俺たちの席へと二人してやって来る。
「5組なくなってんじゃん。笑ったー」
「人の不幸を笑うなよ、充里!」
「また大量に学校辞めたんだろうなー。まあ、1クラス減っただけだからまだ踏ん張ったじゃん。さすがは二年生」
あははは、と笑っていたら、後ろのドアから比嘉が入って来るのが見えた。
「比嘉! おはよう!」
「おはよう」
ニコッと嬉しそうに笑って、真ん中辺りの列の一番後ろにカバンを置きやって来る。
「おお! 比嘉さんだ!」
「佐伯、ごあいさつは?」
「お、おっぱよーごじゃいやす!」
「お前わざとやってるだろ」
「やるか! カッコ良くあいさつしよーとしてこうなってんだよ!」
比嘉が首をかしげている。うん、こんなヤツ忘れてていいからあえて言わない。
「比嘉さん!」
ドタドタと騒音が聞こえる。ゴリラフェイスにゴリラボディの気配を感じ、サッと立ち上がる。
「朝っぱらから比嘉に近付くんじゃねえよ!」
「入谷! また同じクラスで俺は嬉しい!」
「キモ! 仲野まで同じじゃなくていいんだよ!」
「俺も1組だよー。よろしくね、比嘉さん、曽羽さん」
「俺らわい!」
イケメン度が更に増したニコニコしている行村を睨みつける。なんだってコイツらまで同じクラスなんだ。
チャイムが鳴ると、担任教師とかわいらしいスーツ姿の小柄な女性が教室に入って来た。生徒たちがザワめく。
みんな着席すると、後ろの席の恵里奈がええー、と不満の声を漏らした。俺も言いたい。せーの、ええー。
「2年1組のみなさん、おはようございます。担任の高梨でーす」
始業式からTシャツ短パンビーチサンダルで高梨が教卓に立つ。その隣で、かわいい人が黒板に「綿林碧生」と書いた。
「俺は担任を持つのは初めてなので、副担任がつくことになったー。新任の綿林先生だー。はい、先生からひと言ー」
高校生と言われても違和感のない童顔に、濃いブラウンのロングヘアを揺らしてかわいい人がお辞儀をする。
「綿林碧生です。この学校ではみなさんの方が先輩になります。いろいろ教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いいたします」
笑顔がまたキュート。おおー、と男子特有の低いうなり声のような歓声が沸く。
「あおたん、よろしくー」
充里がニコニコと手を振ると、戸惑った様子で手を振り返す綿林先生。ノリも良い。いいよー、かわいいよ、あおたんー。
あおたんはいいんだよ、あおたんは。
「なんでまた高梨が担任なんだよ。てか、クラスのメンバーまるで変ってねえじゃん。そのまんま持ち上がった中に元5組が混じってるだけじゃん」
俺が苦情を言ってるのに、高梨が眉をひそめる。
「俺だって担任なんかやりたくねーんだよ。どんだけ仕事増えると思ってんだ。仲野のせいだよ。毎日毎日近隣住民のみなさんに迷惑をかけ警察にご厄介になってた仲野が1組に来てから素行が改まったからって、仲野の環境をなるべく変えないようにって配慮でこうなったんだよ」
あんのクソゴリラめ……。
朝一番の引き締まった気持ちを返してほしい。これじゃ一年の時と変わり映えしないじゃん。せっかく二年生になったのに、つまらん。
始業式を終えた俺と比嘉は、帰る前にとトイレに寄った。先に出てきてトイレの前の廊下で壁にもたれてスマホを取り出す。
タタッと廊下の向こうから走って来る足音に気付いているが、気にせずスマホに目を落とす。
「いた! 入谷先輩!」
「え?」
顔を上げ笑顔で走って来る女子生徒に目を向けるも、まるで見覚えがない。小柄な比嘉よりもだいぶ小さい。かなり背が低く、握りつぶせそうなくらい顔も小さい。
小さい体でストンと無防備な懐に入り込み、俺の胸に顔をつけて見上げてくる。
突然間近に現れた顔を驚いて凝視する。うわ、かわい……。
ウサギみたいに黒目の大きな丸い目が印象的だ。丸顔で色が白くて、守ってあげたいと思わせる幼さを感じる。ランドセル背負ったら高校の制服着てても小学生に見えると思う。
「え? 誰?」
「一年生の嵯峨根美心です! 中1の頃から、入谷先輩がずっと好きでした!」
「好き? 俺を?」
まだ俺のことを好きな女子がいたのか。そっか、一年生だから俺に彼女がいるって知らねえんだ。
何この小ささ。こんな小さい子からの告白もこんな元気いっぱいな告白もこんな弾けるような笑顔での告白も初めてだ。
比嘉さえいなけりゃ、こんな告白されたんじゃ勢いに押されて思わず付き合ってたかもしれない。
「ごめん、悪いけど俺――」
「知ってます! 彼女がいるんですよね! 名前は比嘉叶。身長154センチ、体重はトップシークレット。両目視力1.0以上のA。去年の歯科検診では処置済みが2本で所見なし。選択科目は美術。50メートル走11.2秒。誕生日は4月21日。今年の誕生日は日曜日ですね。おめでとうございます!」
まくし立てられて俺ともあろう者がとっさにリアクションできなかった。比嘉、そこまで足遅いの?!
「なんで俺でも知らねえようなことを入学したばっかで知ってんだよ!」
「入谷先輩が好きだからです。入谷先輩の彼女のことまで知りたかったんです」
「調べたの? どうやって?」
「それはナイショです!」
照れたようにはにかみながら人差し指を口元に当てて上目遣いの仕草はあざといんだけど、余裕で許せるくらいかわいい。キュート。プリティ。
「……俺のために?」
「はい!」
うわ、感動。俺が好きだから、俺のために、俺のことだけじゃなく彼女のことまで入学してからの短期間でこんなに調べ上げるなんて、なんて情報力――ちょっと待て。
一気に小さな名探偵への警戒心が湧く。
比嘉のことを調べる前に、俺のことも当然調べただろう。それで比嘉が彼女だって分かったんだろうから。
金曜日に入学式があった。生徒会も何もやっていない俺にはただの休みだった。
今日は月曜日。土日だけで比嘉にたどり着き比嘉をここまで調べ上げたということは、俺についてはもうこの子、知らないことはないんじゃないのか。
土曜日に天音さんと会っている。しかも、普段ならあっさり別れるのにホテルの前でキスしたり抱きつかれたりした。この子、もしかしたらあの時見てたんじゃ……。
全身から血の気が引いていく。この子の絶え間ない笑顔は脅迫なのかもしれない。
この子は天使のような笑顔でその実、悪魔のようにドデカイ爆弾を俺にチラチラさせてるのか?
「な……何? 要望は……なんで、俺に彼女がいるって分かってて好きだって言ったの?」
わずかに声が震える。何を要求されるんだろう。俺が好きなら、バラされたくなければ比嘉と別れて自分と付き合え?
イヤだ。比嘉と別れたくない。でも、バラされたくもない。どうしよう。
こんなことになるなんて……天音さんに何て言われようとも、終わらせておくべきだった。
「知ってほしかっただけです。中学の時からずっと好きだったけど、言えないまま入谷先輩が卒業してしまって、この1年、会いたくて会いたくてしょうがなかったから……」
「え?! それだけ?!」
拍子抜けして間抜けな声が出てしまう。
「言いたかったんです。入谷先輩が好きですって……キャー」
唐突に照れて抱きついてくる。疑心があれどもかわいい女の子に抱きつかれて悪い気はしない。
何この子、超ちっせえ。グリグリと俺の胸に顔を押し付けるから、茶髪でユルフワな髪からのいい匂いが鼻をかすめる。
小さな後輩の肩にかからない程度の長さの髪が揺れるのを呆然と見下ろしていたら、足音がした。
「入谷、お待た……」
ドサッと音がする。
ハッとして顔を向けると、色のない、驚いてすらいない、無表情の比嘉がこちらを見ていた。




