私は終業式の後で
欠点3つで仮進級となってしまったけれど、みんなよりも補講や課題が多いというだけで普通に高校生活は送れるらしい。
講堂での終業式へと、おしゃべり三人組と愛良と共に廊下を歩いていく。
「恵里奈の彼氏の誕生日、卒業式の日だったんだよね」
「うん! 卒業おめでとうと誕生日おめでとうでお泊りしたの。もー、すっごく愛が深まったって感じ」
「愛!」
「体目当てだとかなんとか散々悩んでたくせにー」
あはははっ、と三人が笑っている。
愛……いいなあ。素敵。
終業式が終わると、みんなは教室に戻る中、講堂に残るようにと数名の名前を読み上げられる。私の名前も入っていた。
「なんだろ? 仮進級絡みかな?」
「あ、そっか。何かと思ったわ」
「じゃあ、俺たち先に上がってるから。教室で待ってるよ」
「うん」
入谷と愛良と充里が講堂を出て行く。なんか、取り残された気分……。
「集合ー」
スーツを着た知らない先生が手を上げている。残っている生徒は10人くらいかしら。知ってる人は誰もいない。なのに、比嘉さんだ、比嘉さんだ、という声が聞こえる。
普段はスーツの先生なんて見かけないのに、仮担任の高梨先生もスーツで厳しい顔をしている。
スーツ姿の先生10人ほどに取り囲まれる。緊迫した雰囲気に気圧されてしまう。
「なぜ欠点を取ってしまったのか、二年生になるにあたりよく考え、反省し、もっと勉強してください。二年生とは言え、あくまでも仮だと自覚を持って、もっと勉強してください。単位を取らなければ卒業できないということを肝に銘じ、もっと勉強してください」
もう語尾がもっと勉強してくださいになってるわ。何人か笑ってしまって注意を受けている。
「二年生をどう過ごすか、卒業に向けて何をするのかをまとめて決意書をこの春休みの間に書いて、新学期に提出してください。それと、各教科から課題が出るので必ず春休みの間に取り組み、完了させるように。提出は始業式です」
私は現代文、英語表現、コミュニケーション英語の三科目の先生から課題の書かれたプリントを渡される。
「ひっがさーん! 現代文の欠点は僕と比嘉さんだけなんだ?! 現代文って難しいよねー、なんでみんな点取れるんだろー」
入谷より少し背が高い、青みがかった髪色の男子生徒が笑顔で話しかけてくる。この子、英表とコミュ英にもいた気がする。
「二階堂は落ち着いて文章を読めってあれほど言ったのに、ろくに読んでないだろ? 解答が日本語になってないから部分点もやりようがない」
答えに困っていたら、現代文の養生先生が男子生徒の頭にポンと手を載せる。今は渋い顔をしているけれど、養生先生は若くてカッコいいと女子一番人気の先生だ。背も高くて大人の色気ってこれかしら、と感じさせる妖艶な雰囲気がある。
「テストの間ずっと座ってるだけで落ち着かないんだもんー」
「ったく、しょーがないヤツだな。夏休みにはみっちり補講があるから、覚悟しとけよ」
「比嘉さんも?!」
「現文は二階堂と比嘉の二人だな」
「やったあ! 比嘉さんとこんな所でお近付きになれるなんて!」
「補講をデートだと思うなよ! 二階堂!」
嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねている二階堂くんを笑っちゃいながら養生先生がたしなめる。
元気いっぱいの二階堂くんと養生先生は対照的ながら仲が良さそう。
二階堂くんって、少しだけ入谷に似てるかもしれない。ミニチュア・ピンシャーみたいな入谷と違って顔はイタチっぽい。でも、明るい雰囲気と楽しそうに話しかけてくれるところは似てる。
仮進級になってこんなことを考えてる場合じゃないんだろうけど、二階堂くんとも友達になれるかしら。なんだかかわいらしい子だわ。
「比嘉、不快なことがあったら遠慮なく先生に言えよ。俺が守ってやるから」
「ありがとうございます」
一瞬、入谷かと思ったわ。入谷が言いそうなことを養生先生がおっしゃる。
「春休みは補講ないのー? 先生ー」
「残念ながらないんだよ。俺も比嘉との補講を楽しみに課題作りがんばるよ」
「あー、楽しい二年生になりそう! 仮進級バンザイ!」
養生先生の流し目を受け止めながら、何度も両手を上げている二階堂くんを見る。なんかよく分からないけれど、二人とも楽しそうで微笑ましい。
続いて、担任からのお話だそうだ。高梨先生の元へと行く。
「比嘉、その顔で頭悪いんだな。俺びっくりしたよ。仮進級のリスト見て比嘉叶って同じ名前の別人かと思った。俺、会議には出席してなかったからさあ」
「驚かせてしまってすみません」
「てかさ、俺担任なんかしたことないから何言えばいいのか分かんないんだけど。誰も教えてくれねえんだよ。俺、仮担任だっつーの」
延々と高梨先生の愚痴を聞いて、解散になった。
1組で仮進級なのは私だけだから、ひとりで出口へと向かうと駆け足の音がする。
「比嘉さん! 課題すっげー多いね! 俺は英表とコミュ英と生物も欠点だから課題だらけなのー」
二階堂くんが泣きマネをしながら言うから、思わず笑ってしまった。
「お! 笑った! 超かわいい! 比嘉さんって美人だけど笑うとめっちゃかわいい! 俺好きー」
「え?!」
「夏休みが楽しみだね! 彼氏のいない、俺と比嘉さんだけの補講!」
ニッコリと二階堂くんが笑う。
「こら、二階堂。プリント全部置いて行くな」
養生先生が丸めたプリントで二階堂くんの頭を音もなく叩く。
「お! 先生ありがとー!」
「じゃあな、比嘉。新学期にまた、その綺麗な顔を俺に見せてくれよ」
養生先生が二階堂くんを無視して片目をつぶって微笑んだ。なんだろう、突然乙女ゲームでも始まったかのような違和感。
「二年生では同じクラスになれたらいいなあ。ねー、比嘉さん!」
「え? ええ」
そうか、新学期にはクラス替えがあるんだ。入谷と同じクラスになれるかなあ……。入谷がいない高校生活なんて、不安しかない。
二階堂くんがいっぱいしゃべっているけど、全然耳に入ってこない。入谷……今ここに入谷がいないだけでもひとりぼっちで取り残されてしまったみたいで寂しいのに。
「比嘉! カバン持って来たからこのまま帰ろ!」
「おー、やっと来たか!」
「叶、お疲れ様」
講堂を出ると、入谷と充里と愛良が待ってくれていたみたい。入谷の顔を見て、不思議なほど安心感が湧く。その入谷は二階堂くんを見ている。たぶん、入谷も二階堂くんを知らない。
「君が比嘉さんの彼氏かー」
「何だよ。お前誰だ」
「比嘉さん、バイバーイ! また新学期に会おうねー」
二階堂くんが手を振るのにつられて手を振ると、二階堂くんは笑顔で走っていく。
「何なの、あいつ」
「現文と英表とコミュ英で一緒になった二階堂くん」
「全部あいつと一緒なの?!」
うん、私もびっくり。更には私よりも欠点が多い。もう一科目は何だったかしら。
「お前、今あいつのこと考えてた?」
「え? ええ、まあ」
「あいつムカつく。俺あいつ大っ嫌い」
「まともに会話すらしてないのに。普通にいい子そうだったわよ」
鋭く二階堂くんの背中を睨んでいた入谷が、たったひと言でおびえたような顔になってしまった。
「なんであいつの肩持つの」
「だって、入谷は二階堂くんと話したことがないでしょ?」
「ないよ。お前もうあいつとしゃべんな」
「それは無理だよ。現文の補講なんて私と二階堂くんだけなんだもの」
「もー……欠点なんか取るから……」
「統基ー、比嘉ー。帰んねえのー?」
充里と愛良はもう門へと向かっていた。振り返って私たちを呼ぶ。
「帰る!」
入谷が私の手を取って歩き出す。入谷の手はじっとりと汗ばんでいる。
まただ。どうして入谷は二階堂くんがいい子なだけで不安そうなんだろう。
「入谷」
「何?」
聞こうにも、入谷は不機嫌そうに蒸し返すなオーラを隠さない。
言い出せずにいる私を入谷が横目で見下ろす。
「ねえ、比嘉。俺のこと好き?」
「えっ……う……うん」
顔に熱が集中していくのを感じる。熱い。
頭に入谷の手のひらを感じて見上げると、満足そうに笑っている。気分の浮き沈みが激しいなあ、もう。
嬉しそうな入谷の笑顔に、私もつられた。
校門を出て、充里が振り返る。
「次に来る時は二年生だなー」
「四人とも同じクラスになれるといいねえ」
「正直、四人ともはキツイかなあ。ゆーて5組まであるから、下手したらバラバラもあり得るな」
バラバラ……せっかく友達ができたのに、そうなったらまた一からなのかしら。またひとりぼっちのスタートなのかしら。
「そんな顔すんなよ。大丈夫、違うクラスになったって、俺最大限会いに行くから。寂しい思いはさせねえよ」
「昼休みとか遊べるしな。もしクラスバラバラになったら昼メシに食堂行こうぜ」
「叶、選択授業は一緒だよお」
あ……クラスが別れてしまったって、私はもうひとりぼっちなんかじゃないんだ。入谷が大丈夫って言うんだから、きっと大丈夫だわ。
不安に駆られた胸が、あったかく落ち着いていった。




