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私を二年生にするプロジェクト、始動

 三月に入ると、いきなり学年末テストが始まる。このテストに、私の二年生がかかっている!


 初日、現代文と英語の語学科目ばかりのテストを終えた私は青ざめていた。


「どうした? あんなに勉強したのに、無理だったのか?」

「……試験範囲が……」

「試験範囲? 普通に1年生の範囲だけだったぞ?」

「三学期だけじゃなかった……」

「は?!」


 入谷は毎日私に熱心に三学期の範囲の内容を教えてくれた。てっきり、学年末テストは三学期に習ったことからだけ出題されるんだと思い込んでいた。


「いや待て、俺も忘れちゃってるとこあってやべーってなったけど、一学期二学期とあれだけ時間かけて繰り返して勉強してきたんだからある程度頭に残ってるだろ? 欠点回避は40点でいいんだぞ?」


 40点……現代文は予想つかないけれど、英語は無理かもしれない。


「お前、その顔……マジか!」

「単語も英熟語も英作文も書けなかった。記号問題と単語の並べ替えだけ書けた」

「いきなり欠点確定かよ! ヤバいぞ、仮進級を目指すな、進級を目指せとか言ってたけど、仮進級すら怪しくなるじゃん!」


 留年……入谷と一緒に、二年生になれないかもしれない……?


「泣きそうな顔してる場合かよ。勉強しよう! まだ諦めるな! 幸い今日は金曜日だ。俺明日ドタキャンするから一緒に勉強しよう!」

「明日の土曜日、何か予定あったの?」

「いや、言い間違えた。テスト期間中に予定なんて入れてないよ? テストのストレス発散とか考えてないよ?」


 今日は寒の戻りだとか言ってとても寒いのに、入谷が大量の汗をかいている。どうしたのかしら。


「かと言って俺も苦手な数学と化学が理解できてないんだよな。ちょっと待ってろ。恵里奈!」


 入谷が帰ろうとしてる小田さんへと駆け寄って話し込む。大きくうなずくと阪口くん、津田くんと次々声を掛けている。


「入谷くん、何してるの?」

「あ、愛良。私もよく分からないの。なんだか人を集めているみたいね?」


 愛良と充里がやってくる。二人と話していると、入谷が嬉しそうに戻って来た。


「比嘉を二年生にするプロジェクトのメンバーだ! 数学、吉永! 世界史、津田! 化学、阪口! 生物、優夏! 日本史、なぎさ! 古文、曽羽! 今日と明日、頼むぞ、お前ら!」

「はい!」


 みんなが声をそろえる。え? 何、私を二年生にするプロジェクトって……。


「比嘉さんと一緒に勉強できるなんて、緊張しちゃうけど、よろしくお願いします!」

「お願いします!」

「二人とも、このプロジェクトを立ち上げた俺に感謝しろ! 成果を残せなかったらどうなるか分かってんだろーな!」


 阪口くんと津田くんが声を上ずらせてお辞儀をしている。え、一緒に勉強?!


「もぉー、入谷ったらやっぱりあむのことが好きなんだぁ。しょうがないなぁ、協力してあげるよぉ」

「ウザあざとい! 吉永のことなんかぜんっぜん好きじゃねえけど、比嘉を頼んだ!」


 好きって何? 吉永さんがかわいく入谷の顔をのぞき込みながら自分の唇をつついて首をかしげる。


「入谷くん、やっぱり私のことが好きなんですねっ? だから私を選んだんですよねっ?」

「二人目! なぎさが二学期のテストで日本史トップだったって恵里奈から聞いたから選んだだけ! 比嘉に点数を取らせてくれ!」


 近藤さんが入谷を見つめプルプルと震えている。また勘違いしてるみたいね。


「入谷くん、みんなで勉強するの?」

「そうだよ、曽羽。今までもお前の功績は素晴らしい。すべてをニワトリのように忘れ切った比嘉にこれまで学んだことを思い出させてくれ!」


 愛良は教え方は意味不明だけど、ノートがとても分かりやすい。頼りになるわ。


 入谷がメンバーを見回すと、木村さんがおずおずと手を挙げた。


「ごめん入谷、私バイトあるからあまり時間取れないかも……」

「ええー、テスト期間中もバイト入れてんのかよ。優夏のバイト先ってどこ?」

「喫茶店……あ! うちの店超ヒマなの! 私のバイト先で勉強会してくれたら、売り上げ上がって店長も喜ぶし私も休憩時間にみっちり教えられるわ!」

「よし! 決まり! 優夏のバイト先で比嘉を二年生にするプロジェクト決行だ! みんなで比嘉を二年生にするぞ!」

「おー!」


 ……え……みんな、私のために集まってくれたの? ウソみたい……。


「比嘉さん、僕らと一緒に二年生になろうね!」

「僕らもがんばって教えるから、勉強がんばってね!」

「あむはこう見えてスパルタだからついて来られるかなぁ?」

「入谷くんの好きな人のために、私がんばります!」

「うちの店、倒産の危機なの! 稼ぎをもたらしてくれてありがとう! 比嘉さん!」


 ほとんど話したこともないのに、私のために……ああ、感動で言葉が出ない。


「がんばろうねえ、叶」


 愛良が綿菓子みたいな声でおっとりと笑う。そうだ、黙ってちゃいけない。言わなきゃいけないことがある。


「みんな、ありがとう。私、がんばって勉強する! みんなと一緒に二年生になりたい!」

「言ったぞ! 絶対二年生になれよ!」

「うん!」


 やる。協力してもらっておいて欠点だなんて、みんなをガッカリさせてしまう。せっかく手を貸してくれるんだもの、見事に欠点を回避して喜んでほしい。


 木村さんのバイト先まではだいぶ歩いた。プロジェクトティーチャー6人に私の専属ティーチャー入谷、愛良がいるからついて来た充里、そして私、総勢9人という大所帯でゾロゾロと進む。


 聖天坂だわ。久しぶりに来たなあ。


「ここなの。入って入って!」


 木村さんがドアを大きく開けるとカランカラーンとベルの音がする。クラシックな雰囲気でいいお店。


「いらっしゃいませ。ああ、優夏ちゃん」


 カウンターの向こうから振り向いた人が木村さんを見付けて笑う。30代くらいかしら。黒髪の爽やかな男性だ。


「店長! 友達がテスト勉強に来てくれました!」

「友達連れて来てくれたんだ? ありがとう」


 大人の男性ながら、笑うと少年みたい。優しそうな人だわ。このお店ももうバイトは募集してないのかなあ。


「おい。何ジーッと見てんだよ」

「優しそうな店長さんだなって思って」

「んーだよ、バカ。優しいくらい、俺が一番優しいだろ」


 入谷がムスッとしてしまった。


 テーブルが2つとカウンターしかない小さなお店ながら、テーブルはすごく大きい。


 入谷が座ると、その両隣を吉永さんと近藤さんが固める。仕方なく入谷の正面に座ると、サッと隣に津田くんが座り、反対隣には愛良が座ったのでその横に充里が来る。阪口くんは近藤さんの隣に座った。


「腹減ったから何か食おうかな。メシになりそうなもんある?」


 メイド服のような制服に着替えてきた木村さんに入谷が尋ねる。


「オススメはナポリタンとオムライスとハンバーグ。どれもおいしいの」

「じゃあ、俺オムライス」


 みんな口々に注文していく。


「店長! 8つも注文入りましたよ! 材料足ります?」

「フードだ! フードメニューなんて久しぶりすぎて作れるかなあ」

「店長なら作れますよ! 腕を振るっちゃってください!」

「ありがとう! やってみるよ!」


 なんか不安になる会話が聞こえて来て、沈黙が流れる。


「さ……さてと、勉強だ! 比嘉は覚えも悪けりゃ記憶に留めておくこともできねえから、みんな今日は覚えるべきことを比嘉に繰り返し教えてやってくれ。比嘉はそれを家でしっかり覚えて来て、明日はクイズ形式で確認、あさっては俺が問題出すから、みんなは各自自宅等で勉強してくれ」

「入谷はどうするの?」

「お前が覚えられるくらい繰り返されたら絶対覚えるから大丈夫。みんなもひとりで勉強するより効率的に覚えられると思うから安心してくれ」

「なるほど、比嘉に教えるのを俺たちも聞いて覚える訳ね」

「そう。小人数制の塾と同じ形式だ。有能塾講師直伝の指導法だから信用できると思う」


 入谷がスマホを見ながら各教科の教え方をティーチャーたちに伝える。有能塾講師さんと今まさにやり取りしながら言ってるっぽい。どこでそんな人と知り合うのかしら。


 各教科、一通り指導を受けて、次の科目に移る。終わったら前にやった科目をサラッとおさらいして、また次の科目に移るを繰り返す。新しい科目をやって前のことをすっかり忘れそうになる前に復習して定着させる作戦だそうだ。


 これを時間の許す限り2周3周と重ねていく。午後5時まで、なんとビッチリ5時間以上も勉強していた。


 でも、定着……してる気がしないんだけど。新たな科目をやるとスポーンと忘れちゃうんだけど。


「なるほどねー。脳に定着してる実感ある! これはいい!」

「私いつも完璧にしようと一科目ばっかりやっちゃうんだけど、一通りやっただけで次の科目に移っちゃってもいいんだぁ」

「ちゃんと2周目で頭に入って来る感じします!」

「長時間勉強してても飽きないしね」


 みんな、定着してるんだ……どうしよう、焦る。私だけ実感が湧いていない。


「みんな、ありがとうなー。明日もよろしくー」

「うん! また明日ー」


 喫茶店の前で解散する。みんな笑顔で帰って行くけど、私は不安しかない。


「そんな顔すんなよ。お前なら大丈夫。できるよ」


 入谷の声がして、頭にポンと手が置かれたのを感じる。


「比嘉は必死で話聞いてたから気付いてないかもしんないけど、1周目はキョトンとしてたのが2周目には軽くうなずくようになって、3周目にはウンウン首振ってたよ。大丈夫、お前の脳にはちゃんと刻まれてる」

「あ……そうなの?」

「優秀な塾講師からの言葉。生徒が理解してるかどうか、しっかり顔見て判断しながら授業を進めろって」

「入谷……私の顔をちゃんと見るために、ヤキモチ焼いたフリして隣に座らなかったんだ?」


 そうでなければ、きっと私は入谷と並んで座っていたと思う。


「いや、あん時は全然何も考えてなかった。むしろあの二人に脇固められてしまった、って思ってた。まー、あの二人超ウゼーけど、教え方は分かりやすいからティーチャーに選んで正解だったよ」


 入谷が笑うから、私もつられてしまう。長時間勉強した疲れすら、私がんばったなあって心地良く感じる。


「その塾講師さんにもお礼が言いたいな」

「それはいい! あんなイケメン店長すらジーッと見てたお前に絶対会わせねえ!」

「え?」

「余計なことは考えず、今はみんなと一緒に二年生になることだけを考えろ。礼を言うのは二年生になってからでも悠久の時の先でもいい」

「え?」


 それじゃあ、お礼言えなくない?


「ちゃんと家で復習しろよ。分かんないことあったらメッセージ送って来い。みんなの協力を無駄にするなよ」

「うん! 絶対に無駄にしない!」

「おー、比嘉が言い切るなんて珍しいじゃん。その意気があればできるよ。大丈夫」

「うん!」


 入谷に大丈夫って言われると、大丈夫な気がする。


 家まで帰りながら入谷に問題を出してもらって、家に帰ってからも私は必死にノートや教科書を見返して何度も書いた。


 みんなが貴重なお時間を割いてくれたんだ。私の努力不足で無駄になんて、絶対にしたくない。

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