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私に迫る脅威

 ああ、疲れた。やっと学校についた。校門をくぐると、入谷が駆け寄って来る。


「おはよう!」

「おはよう。待ってたの?」

「待ってた!」


 入谷は私の手首をつかむと校舎裏へと引っ張って行く。何かあるのかしら?


 狭い隙間に私を押し込むと、私の顔を両手で挟んで唇に分厚いのに柔らかい入谷の唇を押し当ててくる。


「比嘉、大好き」


 続けて力強く抱きしめられて、登校早々から目が回りそう。ますますエサが大きくなって対応できなくなる。


「ちょ……学校ではやめようよ」

「なんでー。いいじゃん、充里たちなんか教室でバンバンチューしてんじゃん」

「そうなんだけど……」

「俺らも教室でやってもう教室でチューすんの当たり前にしちゃう? 俺いつでもどこでもしたい!」

「ならないから! 学校ではやめて!」


 人前でなんて、恥ずかしくてとてもできない。なのに、入谷はやりかねないから強めに釘を刺す。


 ショボンとした顔をされてちょっと揺らぐけど、いつでもどこでもだなんて絶対に無理。


「俺、実はずっと前から比嘉とチューしたかったんだよ。でも、比嘉はイヤがるかもしれないって思ってたの。していいんだって分かったから、昨夜から比嘉に会うのが楽しみでしょうがなくってさ」


 入谷……嬉しい。


 私のことがそこまで好きじゃないからしないのかと思ってた時もあったけど、ずっと好きでいてくれてたんだ。


「ねえ、学校でもしていい?」

「ひ……人がいない所でなら」

「よっしゃあ!」


 入谷が笑って拳を上げてピョンッと跳ぶ。ジャンプ力がすごい。

 私の手を取って歩き出す。


「あ、やべー、もうチャイム鳴るぞ!」


 校舎の時計を見た入谷が腕を引っ張る。階段では私の背中を下から押してくれて、ちょっとスピードが上がる。


 入谷の幼馴染さんは、さっさと上らないと付き合いだしたら入谷が背中を蹴るって言ってたけど、全然違う。実際は優しくサポートしてくれる。


 幼馴染だからって何でも知ってる訳じゃないのかな? 入谷は甘い物が苦手だってことも知らなかったみたいだし。


「セーフ!」


 とチャイムと同時に教室に入ると、充里と愛良が席で唇を合わせている。私はびっくりしてカバンを落としてしまったけど、もうみんな見慣れちゃったのか誰も気にしてない。


「もー、お前らは! だから、ここはアメリカンスクールかっての! せめて人のいない所でだけにしろ! うらやましい!」

「チューくらいいいじゃん。これ以上はしないからさ」

「当たり前だ! バカ!」


 充里は本当に自由だなあ。愛良と引き離されて、ふてくされながら食べかけのドーナツを手に取り口に運ぶ。

 ドーナツ食べてる途中でしてたの?


 帰りのホームルームで、高梨先生から一枚のプリントが配られた。原級留置・仮進級について?


 なんだか難しく書かれていて、どういうことか分からない。


「げ、マジか」


 隣の席の入谷がプリントを見てつぶやく。


「お前、これ意味分かった?」


 ホームルームが終わると、入谷が真面目な顔をして尋ねてくる。


「漢字が読めないから分からなかったわ」

「要は留年と仮進級の話。学年末テストの後に先生が進級させるかさせないかの会議をするんだって。お前はすでに欠点抱えてるから、次のテスト超がんばらないと留年は免れても仮進級になって二年生で苦労するぞって話」

「仮進級?」


 え……欠点を5つ取らなければ問題ないんじゃなかったの? せっかくこれまでがんばってきたのに……。


「でも、次のテストさえクリアすれば二年生から三年生になる時に留年はない。留年の危機は次のテストさえクリアすればなくなるんだ。がんばれよ!」

「うん! がんばる! で、仮進級って何?」


 入谷がプリントの仮進級の説明がされているのであろう箇所を指差す。


「欠点を抱えたまま、必要な単位を取れていない状態で進級すること。この単位を取らないと卒業できないから、二年生で補講だの追試だの苦労することになる」

「でも、二年生にはなれるんだ」

「希望は捨てるな。仮進級を目指すんじゃなく、あくまでも進級を目指せよ」

「分かったわ」


 たしかに、仮進級でもいいやと思ってしまったら勉強へのモチベーションが下がってしまいそう。もうすでに欠点あるのに無理じゃない? と思う自分の甘さを克服しなくては。


「俺バイトなんだけどさ、ひろしの前まで来てくれる?」

「うん」


 愛良と充里と校門を出てすぐに別れ、十字路をまっすぐに歩く。


 赤信号が変わるのを待っていると、いきなり入谷が私の口に口を付けてくる。

 え! 外で?!


 びっくりしたのと同時に顔に熱が集まっていくのを感じる。入谷は嬉しそうに笑ってる。


「だーって、近くに誰もいないからさ」

「ち……近くにはいなくても、遠くに視力のいい人がいるかもしれないし……」

「わざわざ遠くにいるのに目を凝らしてキスしてるヤツら探してる人間なんかいると思う?」

「思わないけど」


 留年や仮進級という間近の脅威に気分が沈んでいたのに、入谷のせいで不安な気持ちが吹っ飛ぶ。


 入谷のバイト先である創作居酒屋ひろしの前まで来た。入谷が周りをキョロキョロと見回す。やる気だな。


 気付いてないフリをしながらも、緊張してちょっと体がこわばってしまう。


「カチコチじゃん。力抜いて」


 入谷が笑って私の肩に両手を置く。白いコートが厚いから感じないはずなのに、入谷の手の温かさが伝わる気がする。


「寒いのに来てくれてありがとう」

「う……ううん……」


 熱い顔にヒンヤリした入谷の唇が気持ちいい。唇を離すとギュッと抱きしめてきた入谷がパッと腕を外した。


「お、おはよう! 珍しいじゃん、こんな遅いの」

「おはよう。バスが遅れてたのよ。店長には遅刻するかもって連絡入れたんだけど、間に合ったみたいね」


 入谷と一緒にバイトしている優しそうなお姉さんだ。私と目が合うと、にこやかに会釈をしてくれた。私も会釈を返す。


「あの、天音さんって、視力いい方?」

「あんまり良くないの。メガネも考えたんだけど、生活には支障ないからいいかと思ってほったらかしなのよ。ダメよねー、きっと」

「あ、そうなんだ。ちゃんと、眼科行けよー」


 2月だと言うのに、入谷が汗をダラダラと流している。


 さすがの入谷もバイト仲間にさっきのを見られると恥ずかしいのね。充里ほどじゃなくても入谷もたいがい自由だと思うけど、こういう所は常識的だわ。


 お姉さんが店に入って行くと、はー、と大きく息を吐いた。


「やっぱ、外ではダメだな。人に見られる恐れがある場所は危険だ。キスは屋内で!」

「うん、そうね。それがいいと思うわ」

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 入谷が店へと走っていく。私も、入谷とバイトしたいなあ。ここが居酒屋じゃなかったら、お客さんとして食べに来るんだけど。働く入谷も見てみたい。

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