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俺とキレイなお兄さん

 比嘉遥との話し合いの場に指定されたのは、ちょっと大きな公園だった。ベンチが並ぶひとつに座って快晴の青空を仰ぎ見て思う。


 帰ろかな。


 俺と話したいなんて、完全に憂さ晴らしだろ。

 比嘉父に瑠理香さんとの結婚を反対されたもんだから、俺に八つ当たりしてスッキリして沖縄に帰ろうとしてるんだろ。


 やだよ、俺ー。


 しゃーねえじゃん、受け入れられねえもんは無理なんだよ。人が許容できる範囲はみな均一ではないのじゃ。比嘉父が受け入れられないのは俺のせいじゃない。俺に当たるな。


「入谷! 入谷!」


 青空に手のひらが揺れる。

 完全に顔を空に向けてたから、比嘉と遥さんが来ていることに気付かなかった。


 慌てて立ち上がって軽く会釈をする。


「あ、ども、こんにちっす」


 何なんだ、こんにちっすって。


 こないだは入りが変質者だったから比嘉を守るんだとしか思ってなかったけど、改めて比嘉の親戚と話すと思うとなんか緊張する。俺の印象最悪だろうし。俺のトーク力ごときで挽回できっかな。


 案の定、遥さんは無表情で右手を上げるだけだ。話したかったんじゃないのか。


「じゃあ、私その辺ブラブラしてるから」

「悪いね、叶」

「じゃあね、入谷」

「え?!」


 比嘉が笑顔で去って行ってしまう。


 ……え……比嘉がいない状態で俺と二人で話したいってこと?


 話す気ある? 俺のこと蹴り返したいだけなんじゃねえの? 動きやすそうなジーンズ履いてるし。


 今日はこないだと違ってラフな黒いセーターにジーンズ、今日の空みたいなスカイブルーのスニーカーを履いている。黒のロングコートは変わらず、今日もめっちゃイケメンなカッコしとんな。


 攻撃されても逃げられるように警戒しとこ。自分は秒で蹴ったくせに、俺痛いのイヤだ。


 あ、そうだ、まずはちゃんと身分を明かして謝っとかねえと。


「入谷統基と言います! こないだは、いきなり蹴ってすんませんっした!」


 誠意を込めて、大きな声でハキハキと言いながら90度に頭を下げる。緊張して体が固くなってるのか、なぜか反動で足が大きく前に出た。


 顔を上げると、遥さんのキレイな顔が目前にある。


「あー、やっぱ比嘉に似てんな。めっちゃ美人さん」

「は?!」


 緊張のせいで、心の声が心のフィルターを通らず口からそのまま出てしまった。


 遥さんが一歩退いて赤くなる。


 すぐに赤くなるところも比嘉と似てるんだ。いいじゃん、かわいい。


「逃げることないじゃないっすかー。俺と話したかったんでしょ?」

「そっ……そうだが」

「蹴ったことはもう謝ったじゃん。許してよ」

「そんな話がしたかった訳じゃない」

「じゃあ、何の話?」


 俺が距離を詰めると遥さんが下がる。おもしろくなってきちゃって遥さんを追い回す。


「瑠理香の話だ」

「瑠理香さん?」


 遥さんがベンチに座る。その隣に俺も腰を下ろした。


「あ、そう言えば今日は瑠理香さんは?」

「ホテルで待ってもらっている」

「聞かれたくない話って訳ね」

「まあ……」


 遥さんも人見知りなところがあるのか、なかなか話し出さない。しゃあねーな、もう。


「瑠理香さん、ちゃんと堂々と名乗ったってね。比嘉から聞いたよ」

「それなんだ。今まで僕がいくら瑠理香は名前負けなんてしていないって言っても、全然響かなかったのに、君の言葉は瑠理香に届いた。どうしてなんだ。僕じゃダメなのか?」

「え?」


 え、何コレ。話ってか、相談?


「僕じゃダメって何が?」

「もう何年も、僕の励ましは瑠理香の力になれなかった。なのに、君が励ましたらあんなに自信を持つだなんて」

「俺別に励ましたつもりもないけど。名前に負けるって何なの、バカなのって思ってたし」

「え?」

「あ、しまった。何でもねえっす」


 俺こそダメだな。全然心のフィルターが機能してくれない。


「僕は本当に心から瑠理香には瑠理香って名前が合っていると思っている。僕は瑠理香の名前も含めて瑠理香の全てが好きなんだ。なのに、どうして僕の思いは瑠理香に届かないんだろう? どうして初対面の君の言葉は瑠理香に届いたんだろう?」

「堅っ苦しいー。ルリカ瑠理香うっせーな、オイ。比嘉家はみんな真面目かよ。あ、いや、じゃなくって、てか、簡単なことっすよ。遥さんの思いが瑠理香さんに伝わってるからです。解決!」


 あー、思いのほか話がスムーズに終わって良かった。さて、帰るか。


「勝手に終わらせないでくれ、どういうことだ」

「だからー、俺がただ居合わせただけのただのイケメンな小僧だから、瑠理香さんに届いただけだよ」

「何がだからなんだ、小僧」


 小僧だの狂犬だの、俺の名前覚える気ないんじゃないのか、この人。


 やれやれ、美形揃いの比嘉家の皆さんは人を疑うってことを知らねえのかね。


「だから、瑠理香さんにしてみれば美しい遥さんの励ましは自分を好きだから本当は名前負けしてると思ってるけど嘘ついて励ましてくれてるんでしょって思えちゃうんだよ。でも、俺はこんなだし瑠理香さんと初対面だから、わざわざ嘘をつく理由がない。ってことは俺の言ったことは本音なんだ、と受け取られたんだよ。実際は俺名前負けしてんなって思ってたけどな」


 遥さんがその顔を苦悶にゆがませる。


「僕の本心だと分かってもらうにはどうしたらいいんだ……」

「いいじゃん。本当は私のこと好きじゃないんでしょって思われるより、本当は名前負けしてるって思ってるんでしょって方がマシだろ。大事なことは伝わってるんだからいいじゃん」

「良くない! 僕は瑠理香にその名前すら大好きなんだと知って欲しいんだ。瑠理香に僕の思いを全て伝えたい」

「完璧主義者かよ、めんどくせー」


 再び青い空を仰ぎ見てしまう。

 俺に完璧主義者を納得させられるようなトーク力ねえよー。マジ帰りたい。


「あのな、見目麗しい比嘉家の皆さんには分かんねえかもしんないけど、外見のコンプレックスってそうそう消せないもんなんだよ。美形と自分を見比べて、俺なんか、私なんか、って思っちゃった傷はふかーいの」

「そうなのか……」

「それを瑠理香さんにそんな傷くらい超えて来いって言えるの?」

「瑠理香に強要することなどできない」

「だろ。解決!」

「何も解決してないじゃないか」

「しようがねえんだよ……」


 どう解決しろってんだよ。根本は瑠理香さんが自分の顔に自信が持てないのが問題なんだよ。瑠理香さんにそんなにその顔に引け目感じるんなら整形手術受けて来いって言えばいいのか?


 もう俺にできることはない。帰ろう。


 遥さんを見ると、キレイなお兄さんは悲しげに地面を見つめている。もー……真面目なんだから……。


 よし、話を変えよう。


「遥さんってさ、遥って名前だからまだ男でも違和感ねえけど、春子だったらどうしてたの?」

「また突拍子もないことを言うな、小僧」

「違う角度から話してたら解決の糸口が見えるかもしれないだろ」


 そうか、と遥さんが少し活気を取り戻す。


「たぶん、春斗か何か通称を使ったんじゃないかな」

「通称?」

「戸籍の名前を変えるのは容易でないから、通称を普段の生活で使って実績を作るんだよ」

「へえー、そんなこともできるんだ。遥さんが男っぽいカッコしてんのってさあ、やっぱり男に見せたいから?」


 まっすぐに目を見て質問した俺を驚きに満ちた目で遥さんが見返す。


「君、デリカシーってものがないんだね」

「なんで。俺別に失礼なこと聞いてないだろ。俺は寒いのイヤだから一番暖かいコート着て来たんだけどさ、遥さんはなんでそのコートなのかなーってだけだよ」

「君にとっては、寒さをしのぐためにコートを選ぶのも男に見せるためにコートを選ぶのも同じなの?」

「は? 同じだろ。コート選んでんだから」


 そんな驚かれると、俺の方が変なこと言ったのかと心配になるわ。俺には完璧主義者の気持ちは分からない。


「ああ、まあ、男に見られたいって言うのはあるよね。瑠理香もその方がいいだろうし」

「そう?」

「だって僕、外でも手を繋いだりしたいからね」

「いるいる、女同士で手つないでたり腕組んでたりしてる子。そっか、女子ってそんなもんだろと思ってたけど、中には遥さんたちみたいに付き合ってるカップルもいるのかもな」

「そんなもんだろと思ってたの?」

「うん、仲良くてよろしいのおって思ってた。なんかカワイイじゃん、女の子たちがくっついてキャッキャしてんのって」

「カワイイって思ってた女の子たちが実は付き合ってたら引かない?」

「別に引かない。見ててカワイイのは変わんないじゃん」


 遥さんがもう驚かずに、俺を真剣な目で見る。美形に真顔で見つめられると、何か悪いことでもしたかのようにたじろいじゃうんだけど。


「何?」

「君は、叶には釣り合わない狂犬だけど、叶に似てる所があるね」

「俺が?! どこ?!」


 フッ、と遥さんが笑う。


「僕は叶に実は男だと話したことはない。なのに、いつの間にか叶は遥ねえねと呼びながら僕を男だと認識していた。叶は素直にありのままに受け入れる。君、僕が男だと分かった時、大して驚きもせずなるほどねー、で済ませた上にややこしいだの何だのと文句まで言っただろう。君も、僕を男か女かじゃなく、ただの比嘉遥として受け入れそうに思える」

「うん、受け入れてるよ。ただのキレイなお兄さんだと思ってた」


 やっぱり完璧主義者の言うことはよく分からん。比嘉遥は比嘉遥じゃん。笑うと比嘉の笑顔とそっくりだ。


「お宅の彼女さんも笑うとかわいいよね。俺、笑うと目がなくなる子って好きなんだよ」

「分かってるじゃないか! 瑠理香は元からあんまり目ないんだけど、笑った時の目が最高なんだ!」

「俺の彼女もぜんっぜん負けてねえから! お宅の姪っ子、めちゃくちゃかわいいんだけど」

「叶は昔っからかわいかった。周りの子供たちとは輝きが違った」

「それズルい! 俺も幼少期の比嘉見たい! 今度こっち来る時に写真かなんか持って来てよ!」

「いいだろう、土産に持って来るよ」

「約束だかんな!」

「分かったよ」


 なんだ、話してみたら俺たち意外と気が合うんじゃん。時間を忘れて話し込んでいたら、比嘉が遠慮がちにこちらの様子をうかがっているのが見えた。


「叶! ありがとう!」


 遥さんも気付いて声を掛けると、比嘉が笑顔で駆け寄って来る。やっぱりかわいい!


「今から一旦ホテルに戻って、瑠理香ともう一度叶の家に行くよ」

「え……」

「もう一度、お兄ちゃんと話したいと思ってさ」

「え、でも……」


 比嘉は、比嘉父が遥さんがいない所で男と普通に結婚して欲しいと願っていたのを聞いている。再度の挑戦で遥さんが更に傷付いてしまうかもしれない。止めたくもなるよな。


「やらん後悔よりやった後悔! 行って来い! 遥!」

「おう! 行って来るよ! 狂犬!」


 俺、名前名乗ってるよな? やっぱりお前、俺の名前覚える気ねえな?


 俺が差し出した右腕に遥さんがガシッと腕を組んでくる。


「君のような狂犬が叶の彼氏だなんて認められないけど、番犬にくらいなら認めてもいい。ためらいなく僕を蹴った機動力だけは認めてやる」

「お前に認めてなんぞもらわんでも俺はすでに彼氏だから」

「じゃあ、また」


 比嘉遥が笑って歩き出す。


 また、すぐに来いよ。遥々沖縄から金と時間かけて。待ってるぞ、比嘉の幼少期の写真。


 夕焼けの中、背中を見送っているとなんかセンチメンタルな気分になってくる。と、不意に振り返った。


「叶! 明日は見送りはいいよ」

「え? ここに来る時は見送りに来なかったら飛行機にひかれて死ぬって言ってたのに」

「そんなこと言ったかな? 忘れたなー」


 あはははは、とわざとらしく笑い声を上げながら比嘉遥は公園を出て行く。


 あいつ……明日のクリスマスイブ、何が何でも邪魔するつもりだったな。

 絶対、すぐまた来いよ。その時は、思いっきり文句言ってやる!

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