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何が書けるんだろうシリーズ

短編 正門

作者: 間開

読み切り、ちょっと読むのに時間がかかるかも知れません。

どなたでも、ご自由に。

 曇り空の下で、私はただ待っていた。


 日曜日ということもあり、登校してくる生徒は居ない。居るのは先程挨拶した警備員の方だけのようだった。

 

 校門前にずっと立っていても大丈夫ですか、と問いかける。お年を召された警備員さんは、「敷地内に入らなければ、特に問題はありませんよ」と事務的に返事をしてくれた。この質問自体で不審者扱いされてもおかしくないのに、特に追い返す気はないようだった。

 

 空を見る。今日は午後から雪になるかもしれない、とお天気お姉さんも言っていた。

 彼が本当に来るかも分からないけれど、あの日の約束を信じて待つしかない。

 

 

 卒業式が終わり、教室へと戻ってくる。友人たちが寄せ書きや連絡先の交換を行う中、彼と離れ離れになってしまうという事実を私は噛み締めていた。私は地元に残り、彼は都会へ行ってしまう。連絡を取り合えばいつでも会えるだろ、と言ってくれたけど、彼の新しい生活を邪魔するつもりはなかった。

 教室内に居た生徒たちはカラオケや友達の家に集まろうなんて言い合って、卒業をお互いに祝うために移動し始めたけど、私と彼は教室に残ったままだった。先生に帰りなさいと宣告されるまでは、彼と一緒の時間を過ごしたかった。

 

「なんか、言っておきたい事とかあるか?」

 カーテンから桜の香りが漂ってくる。昼間の温かい風に乗せるように、彼は尋ねる。

「今日まで色んな事を話せたし、言いたいことは全部言っちゃったと思う」

「そうだよな、随分と言いたい放題してくれたしな」

 彼は怒らない。嫌な事も、腹立たしい事も全て受け止めてくれた。感謝してもしきれないぐらい、言い終わった後のありがとうでは足りないくらいなのに。それをうまく伝える事はできない。

 

「なんか無いの、ほら。ビッグになってやろうぜ、とか」

 表情が暗いから、無理矢理にでも明るくしようとしてくれる。そんな所も含めて、彼に告白してよかったなと思える。

 

「じゃあ、わがままを一つだけ」

「何? まさか第二ボタンとかベタな事は言わないよな?」

 深呼吸し、目を見て話す。

 

「五年後、もしまだ私のことが好きだったら、会ってくれる?」

「……まぁ、うん。忘れて無ければ。というか何処で待ち合わせするんだ。時間とか」

「私の誕生日とか?」

「それなら覚えやすいな。五年も残ってそうなもの……学校の正門とかでいいか」

「分かりやすいし、それで良いと思う」

「よし、それで決まりで。今日はもう帰るか?」

 これ以上一緒に居たら、きっと寂しくなって泣いてしまう。

 

「うん。卒業式思い出して泣いちゃいそうだから、今日は別々に帰ろうよ」

「……分かった。じゃあ、また五年後に」

「おう、元気でな」

「うん、そっちもね」




 今考えればなんと身勝手なお願いで、恥ずかしくて、呪いめいたものを伝えてしまったんだろうと後悔する。

 彼の人柄や優しさから、五年も彼女が居ないなんてことは考えられないし、もし仮に居なかったとしても……来てくれるだなんて虫が良すぎる。

 逆の立場だったらと考えると、ここに来れる自信はない。

 

 冷たい雨が降り始めた。手持ち無沙汰でゆらゆらと揺らしていた傘を開くと、左腕の時計が目に入る。私の誕生日が終わるまで、あと十時間。

 一方的に伝えて、先に帰りましたなんて。そんなのは許されるはずもない。

 

 短針が進むにつれて、私の心は後ろ向きに進んでいく。来なかったらどうしよう、来たとしても、結婚したよなんて言われたら。


 18時を過ぎたあたりで正門の開くガラガラという音がした。警備の交代時間なのか、若い人が先程の警備員さんと話をしている。そして私を見つけると、申し訳なさそうにこう告げた。

「大変恐縮ですが、出来れば学校に用事の無い方の滞在はご遠慮頂きたいのですが」



 日が落ちて街灯のまばらな灯りが規則正しく並んでいる。それを辿るように、駅へと歩を進める。冷たい雨が雪に変わり始め、襟元のマフラーを片手で軽く締め直す。

 

 あと6時間待っていたかった。すれ違いになってしまう事を恐れているのではなく、自分への罰として立たされておきたかった。

 あの時になんで言ってしまったのかとずっとずっと後悔していたはずなのに、来るんじゃないかって期待して。

 

 後ろから来た、町へと向かう車が通り過ぎていく。段々と小さくなりゆくテイルライトを見送る。

 

 歩道の雪をしゃくしゃくと踏みながら、一歩ずつ学校から遠ざかっていく。メールで連絡も出来るはずなのに、彼から声を掛けてくれるのを待つ、身勝手な私。なんてヤなやつなんだ。




 反対車線を通る車がクラクションを鳴らし、溶けた雪をかき分ける音が停まった。

「すみませーん」

 顔を上げると、見たかった顔がそこにあった。五年間、忘れる事なんて出来なかった顔が。



 

「外、寒かったでしょ。いやー道に迷っちゃってさ」

「……カーナビ付いてるじゃん」

「俺さ、付けたはいいけど使い慣れてなくって。こういうの得意?」

「得意かはわからないけど、どこか行きたい所があるの……?」

「ファミレスかどこかで話そうぜ」

「……じゃあ、一番近い所を探すね」

 口調も、嘘がヘタな所も変わってない。わざわざスーツで来ているし、後部座席に積んでいるビニールに包まれたチャイルドシートも、なんとなくこの後を予測できてしまう。

 

 

「俺は飯頼まないけど、飲み物だけにしとく?」

「うん」

「おい、これ見ろよ。10cmぐらいはみ出してるぞこのパフェ」

「うん」

「……まぁ、そういう空気じゃないよな。どこから話すかな」

 お互いの五年は全く違っていて、私はまだ音楽教師になれていなかったし、彼はCMでも流れる企業に勤め始めて一年目。

 照れくさいのか、髪をかきあげている。見たくないけれど、薬指に跡がついてないか見てしまう。

 

「でさ、今日は……どれくらい待ってた?」

「そんなに」

「うわー、ほんとゴメン。もうちょっと早く着くつもりだったんだけどさ」

「謝らないでいいよ、私が勝手に言い出したんだし」

「いや、それは違う。俺もその面白そうな約束に乗っかったんだし。埋めないタイムマシン的な?」

「タイムカプセル?」

「そうそう、それが言いたかった。相変わらずツッコミまでの時間が短い。むしろ腕を上げたんじゃないのか」


 もう、本題に入ってしまっていいんじゃないかな。ごめんもう結婚してるんだって、夢から目覚めさせて下さい。


 

「んー、飲食店でこれは大丈夫かな」

 ビジネスバッグを開けて、中から綺麗にラッピングされた…白いものを取り出しテーブルに置いた。


「ほい、これ。卒業式の時に渡しそびれてさ。帰り道で渡そうと思ってたんだけど、忘れてた」

 三月。そういえば、バレンタインのお返しは何がいいとか言ってたっけ。

「貰ったチョコの値段が分からないし、お袋は三倍返しがどうとかってうるさくって。んで、賞味期限を迎えちゃったから」

「……マシュマロ?」

「とりあえずこのぐらいの量なら三倍だし、五年分の利子まで付けて返してやろうかなって。3×5×3!」

「バカじゃないの?」数学が苦手な事も思い出した。これは算数のレベルだけど。

「ストレートの切れ味も増したな、五年という歳月はここまで人を残酷に……」

「まぁ、貰っておく。ありがとう」

「あー、その。味見とかしなくて大丈夫か?」

「飲食店だし」

「そ、うだな。うん。それは正しい。正義感の強い子に育ってくれてワシは泣きそうじゃあ」

 どう反応を返したものかと悩んでいると、テーブルに置いてあった彼のスマホが鳴る。

 小さく悪いと謝りながら、こちらに背を向けて通話を開始する。

「ああ、買った。積んでるよ。今週末……いや、来年で。それじゃ、後で架けなおすわ」


 来年。今日ももう終わりに近づいていて、来年まであと一週間と少し。気の早いお店がクリスマスセールを始めるのは、いつもこの頃だった。

 

「んで、うっかりしてた」

「え?」

「それ、そのまんま持って帰れってのもさ。コンビニ袋しかないんだけど、使う?」

「途中で何か袋買って帰るし、一応貰うね」

「渡さなきゃってのだけ考えてたら、外袋を家に置いてきた」

「昔っから不器用なのも変わってないね」

「その点は何も言い返せない。そして一度渡しちゃったんだけど一回戻して貰えない?」

「コンビニ袋でいいってば」

「そうか、じゃあ」



 結局、学生時代の楽しい話をして、解散した。お互いに恋人だとか結婚だとか、そういう話題には触れなかった。もちろん、五年経っても好きなのかなんて聞けない。


 マンションに帰って、電気を点けて。今日一日を振り返りながら、ガラステーブルへとホワイトデーのお返しを置く。


 ラッピングされたマシュマロがコトン、と音を立てた。

地の文が多すぎてしまったので何度か別のお題に切り替えようか悩んだ末に、やはり載っける事にしました。台詞を喋らせた後に日の目も浴びずフォルダの中に入れておくのが可哀想になってしまう。

誰の目にも触れることが無い可能性はありますが。

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