⓪-3 聖暦二〇二〇年
「え?」
母親も少女も何が起こったのかわからず、父親の胸に刺さった光の槍を見る。
「感動話ご苦労。いやぁ、泣けたよ。いいもんだな、家族愛っていうのは」
親子三人の後方から向かってきたベルダスはゆっくりとこちらへ向かってくる。どうやら光の槍はこの男が撃ったものだろう。
母親はとっさに娘を身体で隠す。父親は胸に刺さった光の槍が消えるとそのまま地面へと倒れる。母親は膝を附いて父親の肩を支えるように掴むが、目を瞑ったまま意識がない。
「あなたは……ベルダス」
母親がそう言うとベルダスは驚いた表情をした。
「おうおう、そういうお前はアストか。この戦争の引き金になった女よ」
睨みあう二人の背後に大きな爆発が起こる。別の場所では未だ激しい戦争が続いたままでいる。被弾が近くにまで届いていたのだが、それでも二人はその爆発に見向きもしないで睨みあう。
「だったら何?」
「国の規律を破ってまで駆け落ちしたんだ。それにいがみ合う二国の男女だ。それは、それは大罪になる。まぁ、それもお互いが平民ならばよかったんだが……王族の息子と忌み嫌われる種族であるリブラの女であれば無理もない」
アストは倒れた父親の方をちらりと一瞥してから向きなおす。ベルダスはそれを見て右手をアストへ向けた。その手はぼんやりと光始め、攻撃態勢に入っている。
アストも下から見上げるようにベルダスを睨みつける。ベルダスは自国である王族の息子を手にかけ、更にはアストのことまで殺そうとしている。
向けられた殺意はまるで子供がおもちゃを壊すような無邪気さにも見える。この男は、ただ純粋に人を殺すことを楽しんでいる。躊躇などあるはずもない。
アストはそれにとてつもなく憤りを感じる。そして、そのことに恐怖を感じていることが悔しい。こんな男に自分の愛する夫が殺されたのだと。
「うあぁあぁぁぁぁ」
アストは右手大きく振るうと、そのまま手のひらを地面に叩きつけた。すると巨大な炎が立ち上り、向き合う二人はお互いが見えなくなった。ベルダスはその攻撃に反応すると一歩退く。
目の前には地面に打ち付けられた炎が砂埃を舞いあげ、周囲が見えなくなっている。
「ちっ、俺を狙った攻撃ではなく、目くらましだったか」
ゆっくりと舞った砂埃が晴れていき炎だけが残る。そこにはアストの姿はなく倒れた父親の姿だけだった。
「ちっ、そういえば、王族の息子は生きたまま連れて帰らないといけないんだったか……まぁ、いい。戦争に巻き込まれたって報告するか」
ベルダスはそう言うと、倒れた父親の方は無視して周囲を見渡した。どこを見ても戦場で戦士が戦い砂埃や炎が立ち上がっている。綺麗な景色などどこにもない。だがその中に戦わずして走り去る大人と子供の後ろ姿を発見する。ベルダスはその姿を見逃さなかった。
「そう簡単に逃がすかよ……子供? 逃げ遅れかと思っていたが、まさか……」
もう少し続きます。