⓪-2 聖暦二〇二〇年
「お前、まさか戦うつもりか?」
「は? 殺すつもりだ」
男は震えた顔でそう言ったが、ベルダスは自信満々の表情をしている。この場には実際にリヴェルと戦った者はいないのだが、戦闘を見た者や数々の噂を耳にしている。
子どもから大人までリヴェルの存在、強さを知らない者などこの世にはほとんど存在しないくらいだ。その噂がたちまち広がり世界中がリヴェルという名を神格化してしまった。
しかし、中には実際の強さを見ておらず、噂を信じない人物もいる。自分は負けないと。
その一人がベルダスだった。
「お、お前はあの男の怖さを知らないんだ……あいつは強いなんてもんじゃない、最強なんだ……いや、そんな言葉も陳腐すぎる。あいつは無敵だ」
男は震えながら頭を抱える。まるで何かを見てきたような口ぶりだ。
その言葉にベルダスはより一層興味がわいた。逃げることなど万に一つも考えていない。
「はは、だったらその英雄様とやらに勝てれば俺が世界一の英雄になれるわけだな」
全く恐れる素振りを見せないベルダスに指揮官は焦りさえ見せる。
「待てベルダス……」
「もういいだろ。お前に費やす無駄な時間はこれでお終いだ。俺はあの避難馬車を襲う。あそこに標的がいるかもしれねえ。それに、そうすりゃ、リヴェルは怒って、現れるかもしれないしな」
ベルダスは、遠くに離れた避難専用の馬車に向かって行った。
本来なら戦争が起こる前に避難する馬車だが、取り残された市民のために出発が遅れているようだった。
ベルダスは戦う意志のない市民が乗った避難馬車を狙う。
「すみません、どうか、妻と娘だけでも乗せてください」
フードをかぶった親子三人が避難馬車の前で悶えていた。男は馬車に妻と子を乗せようと必死に懇願している。
「もう人数オーバーなんだよ。無理だ、次の馬車を待ちな」
避難馬車はすでに定員以上に人が乗っており、隙間がない状態だった。子供でさえ乗れないほど人が乗っている。国民の一人一人が必死に避難しようとしているため、誰もがなりふり構ってはいられない。
「無理だって言ってるだろ」
馬車に乗っていた貴族の男は親子の手を払うように腕を振ると、父親の頭に命中する。そのまま尻餅をついて倒れ込むと避難馬車はそのまま走って行ってしまった。
「あ、ちょっと」
父親は先ほどの腕が当たり、額から血が流れながらも遠のいていく馬車に手を伸ばす。
「パパ……」
五歳にも満たない女の子は父親が受けた切り傷を心配して駆け寄ってくる。
「早くここから逃げよう。これじゃあ、いつ攻撃を受けてもおかしくない」
額の傷など気にせず父親は言った。
避難馬車がいなくなった今、この場所は戦場のど真ん中となった。何もない場所に魔法の流れ弾が当たっても不思議ではない。
「えぇ早く逃げましょう」
母親がそう言って前を向いた瞬間。父親の胸には光の槍が刺さっていた。
もう少し続きますので適当に読んでください