⓪-1 聖暦二〇二〇年
始まりの始まり
「子供と女はこの馬車に乗って避難しろ!」
大きな声が響くこのアルス国は窮地に立たされていた。
聖歴二〇二○年。
世界は第三次魔法大戦の真っ只中だった
響くのは大地を揺るがす音だけではなく、戦士たちの叫ぶ声も鼓膜を貫くように鳴り響いている。人が奏でる不協和音のような足音と岩山が崩れる破壊音。それだけでもこの戦場は荒れ狂っているというのに、飛び交うのは血と涙。助けを求める悲鳴と狂乱の殺意を持った叫声が入り混じる戦場。まさに地獄絵図となっていた。
普段は美しい森から大きな町へと繋がるこの場所が、踏み荒らされ、業火のごとく紅く燃え上がっている。
アルス国の戦士たちはいくつもの町を犠牲にしながら悪戦苦闘し、被害を最小限に留めていた。敵は二国からなる連合軍でアルス国は小国ながらもかろうじて、持ちこたえていた。
「ここを耐えしのげ! 三英雄が来るまでこの場を持たせるんだ!」
戦士たちの枯れた声が戦場で響き渡る。爆発音と魔法による閃光がところどころで火花を散らしている。
ゴッと音を立てて、大地が大きく揺れる。町は大きな炎に包まれ、建物は半壊し人々は必死に逃げている。
アルス国の指揮官であるこの男が大声を上げた瞬間、足元がまばゆい光に包まれると大きな爆発を巻き起こした。指揮官はそのまま後方に吹き飛ばされる。
「じゃあ、ここにいれば英雄リヴェル様に会えるってわけか」
爆発によって起きた砂埃の中から現れたのは右目に傷を持った男。アルス国の指揮官を光り輝く魔法で薙ぎ払い、戦場の戦士たち全員の目を釘付けにしていた。
「貴様、何者だ」
派手な登場にアルス国の戦士たちはその男を囲んで言う。
「俺の名はベルダス。国の準一等魔法戦士だ」
自信に満ち溢れた表情で不敵に笑う。ベルダスの攻撃を受けた指揮官の負傷を見て、数人の戦士が言葉を失うと同時に、怒りを募らせる。
「貴様、よくも指揮官を」
指揮官と共に吹き飛ばした街の一部を見かねて怒り狂うアルス国の戦士たちは、ベルダスに襲い掛かる。ベルダスは十人ほどの人数にも臆することなく、不敵な笑みを浮かべてその場で凛と立ち尽くす。眼だけを動かし両手を大きく広げると魔法詠唱を始めた。
「リヒトクーゲル」
両手からは無数の光の弾丸が戦士たちを打ち抜いていく。的確に人体を打ち抜いては一人また一人と戦士たちが倒れていく。その場に倒れた十人ほどの戦士たちは国を守る役目を果たせぬまま散ってしまった。
「おいおい、苦戦してるからって、こっちまで来たのに、なんだ? アルス国の戦士はこの程度か。魔法国のエリートが多いと聞いていればこのざまだ。生まれつきできるということは向上心がないということなのか」
ベルダスは怒りを滲ませながら、再び魔法詠唱を始めた。まばゆく光った両手は先ほどより威力を増している。
「この国に生まれたことを後悔するといい」
ベルダスは瀕死になった戦士もそのまま葬り去ろうとしていた。両手を交差するように目の前で重ねて魔力を溜めていると、前方からベルダスの味方らしき戦士が走ってきた。
「おい、ベルダス。ここから逃げるぞ」
血相を変えてやってきたのだが、この場を離れろという撤退命令だった。現状は誰が見ても優勢ともとれるはずなのに、男は冷や汗をかいている。
「は、何言ってんだ?」
ベルダスの交差した左手の光がゆっくりと輝きを失っていく。
「ここに……リヴェルがやってくる」
男は恐怖という感情で包まれ、全身を震わせている。それは周囲の戦士たちも名前を聞いただけで同じ反応を見せ始めた。
そう、その場にいる全員がその言葉に反応した。
「はははははははは」
その場が恐怖にかられる中、ベルダスの笑い声が響き渡る。
「な、何がおかしい!!」
緊迫した戦場で怒号が広がる。
「はは、だったらちょうどいいじゃないか。英雄と呼ばれるリヴェルをこの地で殺せればこの国をもっと簡
単に支配できる」
ベルダスはいとも簡単に殺すと言った。そして、国を支配すると。
ほのぼの続くので読んでってください。