卵
「かき氷売りでも始めるんですかい?旦那」
馴染みの氷屋だ、コロコロと笑いながら軽口を叩く。
「まあ……、ちょっとな。薬にも取り扱いの難しい物があるんだ」
ごまかすのが下手だったろうか、少し汗がにじんでいる気がする。
それも仕方ない、オレはとんでもなく希少なトカゲの卵を家に隠し持っているんだから。
「へー、そうですかい。まああっしには先生達みたいに難しい事は分からねえですから。氷さえ売れればそれで」
勘定盤をはじき終わると男はこちらに満面の笑みで見せた。
(うっ……、さすがに毎日となると結構な額になるな……。)
付けは嫌いなのでその場で払った、手元にあるお金が自分のものじゃないなんて少し気持ち悪いだろ?
さて、あとは桶屋だな。
そう思って立ち去ろうとすると氷屋はこんな事を言った。
「いやー今月は嬉しい限りだ、もうひとつ大口の注文が入ってましてね。あんまりしらねえ顔なんですが毎日40キロも買ってくれるって!」
「そうか、それは良かったじゃないか。ではよろしく頼む」
かき氷屋で共倒れされぬようー、なんてコロコロ笑う店主に見送られ帰路についた。
…氷をそんな大量に買うやつがいるなんて、何に使うのやら。
全く酔狂なやつがいたもんだ。
次の日からは大忙しだった。
氷を砕き水を汲みひたすら卵を冷やし続けた。
でも全然苦じゃない、何故なら……
「早く生まれてきてほしいなー、あーかわいいなー、なんて綺麗なんだ君は」
卵の状態から既に溺愛する程夢中だからだ。
もちろん他のトカゲも等しく愛している、かわいい、猛烈かわいい。
だけどこの子の事を今は少し贔屓してしまう。
オレは毎日のように声をかけた。
2週間も経ったある日、オレはいつも通り卵の様子を見に来て冷や汗が噴き出した。
あんなに美しく透き通るように真っ白だった卵が……少しくすんでいる。
いや、気付くほどなのだから気のせいじゃない明らかに少し灰色がかっている。
「うわあああああああああああ!!」
半狂乱で駆け寄るとオレは急いで卵を持って耳を押し当てた。
……トクン
……トクン
良かった、死んだわけじゃない。
まだ心地よい生命の音がしている。
だけど、これが力強い音か並の音か、はたまた弱っているのか判断がつかない。
未だオレはパニックだ。
「どうすればいい、どうすればいい」
焦りながら必死で頭を捻った。
医者か?人間じゃないが見てもらえるか?
いやそもそもこれはとんでもない卵だ、違法すれすれの。
持っている事がばれるのも一大事だし見せても何の対処もできないかもしれない。
スノーブルーリザードの卵について、なんて王国のお抱え研究者でも知識がないかもしれない。
どう考えたってリスクしかない、よくて逮捕、最悪死刑。
……だけど
「もっと最悪は、この命を殺してしまう事だ」
悩む事など1ミリもなかった、極力安全に冷やしつつ急いで王都に駆け込む事がオレの取れる最善行動。
病院もギルドも全部回ってとにかくどうにかしてもらわないと。
オレのエゴで、育ててみたいなどと安易に考えたからこんな事になってしまった。
……いや今はネガティブになってる場合じゃない!
「こいつは、オレのとこに来てくれた。とにかく全力で助けないと!」
卵を見た。
ッ…!明らかに色が濁り始めている!
かけてあった上着をひっつかむと卵を背負い共に家の扉を飛び出した。
「ワ ガ コ」
ズオンッ、と何かがすごいスピードで通り過ぎた音がした。
途端、地面に叩きつけられ空を見ていた。
何が起こったか分からず、多分1秒ほどパニックだった。
はっとして「卵!」と大きな声をあげていた!
今おれはなぜか転んだ、その拍子に卵が割れたかもしれない!
体を起こすと目の前に背負いカバンがあった。
幸い皮のハードケース、割れてない事を祈り駆け寄る!
……いや。
正しくは駆け寄ろうとした。
また転んだ。
そこで気付いたんだ。
膝から下がない事に。
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