薬屋タクトという男
「お前はかわいいなぁ、ロンド」
オレはタクト。
こいつはかわいがっているフトクビツノトカゲのロンドちゃん、メス6歳だ。
爬虫類を溺愛するオレは種類にして27種、合計44匹を飼っている。
おっと、もちろんただ趣味で飼っているわけじゃないぜ、オレは普段薬屋をやっているので薬にもなるのだ。
もちろん丸焼きなんてひどい事はしない、しっぽを少しもらうだけだが。
この町「カルドゴール」はどちらかというと大きな町の部類に入る城下町だ。
商人は毎日300人は出入りするし、騎兵隊もある。
酒場は冒険者と兵隊で毎日繁盛、ギルドもありけが人も少なからず出るからオレもなかなかに生活は潤っている。
「はぁー、こんな生活がずっと続きますように……」
そう一言うっかりつぶやいた直後、一鳴りしたチャイムがオレの人生を粉々に砕くのだ。
「ごめんくださいまし」
贔屓にしているでっぷりとした腹でつま先の見えなさそうな商人が、こちらが空ける前に扉を開けた。
めがねをひとつくいっとあげて「やあやあ」と挨拶も簡単に俺に近づいてきてぶしつけにこう言った。
「素晴らしい品が入ったのですよ!」
そう言うと、すっと懐から氷の球のように滑らかで白い、丸いものを取り出した。
「……ス、スノーブルーリザードか……?」
嘘だろオイ。
「その通りですよ!!スノーブルーリザードの卵が偶然手に入ったのです!!あのですよ!?見た瞬間は幻かと思いましたよ!!」
この卵、いや卵どころか生きているスノーブルーリザードすらおとぎ話級に希少価値が高い。
透き通るように真っ白な鱗に、わき腹を3本ずつ鮮やかな青色の流線がしっぽに向けて抜けている。
魔法耐性が群を抜いて高い上に、陽の光を受けると消える魔法よろしく身体ごと透明になりほぼ消えてしまう。魔力の消費なしでだ。
それで生息地が雪山だというのだからたまったもんじゃない。
それでも人間、その美しさゆえ剥製やペットとしても人気がある上に高価な装備の材料にもなるため知識と技術で乱獲した。
そのせいであまりに数を減らし、ついには絶滅してしまう地域が出始めたため世界的に捕獲、売買が禁止になったのだ。
「い、いやいやいや……、これはダメだ……ダメだよエヴァンス、こんなとんでもないものを…」
「大丈夫ですよ!タクト・カツラギ!!」
オレの名前をフルネームで呼び、その男は腹をゆすりながらずいずいとオレの方に近づいてくる。
「よく考えてください、捕獲が禁止されているのは「幼体・成体」のみです!卵はそもそも見つけられる事が少なすぎて処罰の対象ではないのですよ!!!」
ご、ごくっ…。そうだったっけ……?
「良いんですか!?もう二度とこれを目にする事はないんですよ!!?おっと手は触れさせませんよ!!この卵を受け取ってくれるまではね!!」
あまりの触りたさに無意識に伸ばしていた手をひょいと避けてそう高らかに宣言した。
……欲しい。
たまらなく欲しい。
正直もし全くの合法で、この家に44匹のトカゲちゃんもおらず薬の調合台も無く、いつでも引っ越せるなら全財産含む家と交換でもいいくらい欲しい。
長い沈黙が流れた、ような気がする。
「……いくらだ」
ほぼ無意識だった、つい口をついた。
「御代は結構」
・・・?
「だからいくらだと言っている」
「御代は結構だと言ったんです、ご贔屓様ですから」
……この男頭がおかしくなったのか?
今オレの耳がおかしくなったのか?
「結構と言うのはタダという意味だぞ?」
「そうですその通り!だから”受け取ってくれたら”といったじゃありませんか!この卵に関しては御代を1Gもいただかないのです!」
「…”関しては”ってなんだ」
「お、耳ざといですね。実はお願いしたい事があるのです。今度南への大遠征であなたは大量の薬を裁くでしょう?その際わたしも同行し、商人として国軍にワタシを仲介して欲しいのです。ちょっとばかし鉄と皮が余りましてな、えっへっへ。何、その在庫を買ってくれとは言いません。ただ紹介してくれるだけでいいのです、後は自分の腕でなんとかしますぞ!商人ですから!」
よく喋る男だ。
しかし、賢い。
この卵ひとつで郊外に豪邸が建つだろうが長い目で見れば消耗品だらけの国軍と懇意になる方が何十倍も稼げる。
誰かを仲介すると言うのは信用問題も伴うし、商売人としては危ない橋でもあるので普通は断るのだがこれは…。
「…、わかった。通そう。ただし第5隊の隊長で勘弁してくれ。そこより上はオレも顔見知りじゃない」
「結構!素晴らしい!一番荒くれ集団ですね!装備がよく壊れる!」
そういうとその男は麻布に包んで宝石のような卵をオレに渡した。
生物的な重さを感じる。
「暖めるのは厳禁ですよ!氷水にでもつけるのが良いとの事です」
「そういえば、これをどこで手に入れたんだ?」
企業秘密だとでも言わんばかりに軽く手を払って、軽快な足取りで男は出ていった。
「・・・まあいいか」
あのまるい男などどうでも良い、今オレはこの卵に夢中だ。
「まさか本物に出会えるとはなぁー!爬虫類フェチとしてはお目にかかりたいトカゲトップ3には入るぞ!すごいなー!すごい!」
浮かれすぎて語彙力がバカになっているが、そんな事すら今はどうでもいい。
オレは早速町一番の氷屋に、毎日30キロの氷を手配するよう申し入れるため家を出た。
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