第6話 成長
若干の肌寒い風を感じ、俺は目を覚ました。
掛布団を使わずに寝ていたせいだと思ったが、どうやらそれだけではなく、窓を開けっ放しで寝てしまっていたようだ。
目覚めた直後で起きることは億劫で、頭、体を駆使して窓の方を見つめると、締め忘れた窓から入る風に、カーテンが波を作る。
その光景を見て浮かぶのは夜空を見上げるヴェンさんの悲しげな背中だった。
「昨日、ヴェンさんは何を考えていたのだろう」
口に出してみても、その答えは返ってくるわけでもなく、いったい彼女が何を思って庭先で肩を震わせていたのか、それは本人にしか分からない。
抑々、ヴェンさんのことを俺は全く知らないんだよな。
よく考えてみれば、ヴェンさんに限らず、ステラさんや他のみんなのことを全然知らない。
ここに来てからまだ日も浅いのもあるが、正直に言えば自分から知ろうとしていないのも確かだ。
Bランクになったらコミュニケーションの一環として、もっといろんなことを聞いてみるのも良いかもしれない。
「まずはステラさんに聞いて、二本角ワームをどうやって探すかを考えよう!」
と意気込んだのは良いが、寝起きの空腹を誘う様にドアの方から香ばしい匂いが漂う。
その匂いが鼻に突くなり、途端に腹の虫が鳴ったことで、俺は一度落ち付きを取り戻した。
意気込むのは良いが、お腹が空いては何もできないからな。
「何より先に、朝ご飯を食べに行こう」
窓を閉じ、服を着替え、ベッドを整えると、香ばしい香りが漂う一階へと降りて行った。
一回に着くなり、台所の方に目をやると、エプロンを付けて竈の様子を伺うステラが目に入った。
白衣にエプロンという違和感のある組み合わせの格好をしているが、その容姿は思わず見とれてしまう程綺麗だ。
台所の入り口でステラに見入っていると、竈で焼いている料理が出来上がったのか、中から取り出す。
パン生地を使った料理のようで、竈から出されると同時に再び、ルゥの腹の虫が再び鳴り響く。
ステラはその音に気付き、笑顔でルゥに振り返った。
「おはよう、ルゥ、今日は頑張ってね?朝ご飯で来たから三人で食べよう、ちょうどもうすぐヴェンも起きてくると思うから」
ステラが言った通りに、話し終わった直後に、ヴェンさんが寝間着で降りてくる。
あくびをしつつ降りてくるその姿は、なんだかゾンビのようで、「本当に勇者なんだよな?」と少し疑ってしまうな。
ふらふらしながら「おはよう」とあいさつをして椅子に座るが、まだ意識は半分寝ているようだ。
「いい加減シャキッとしてほしいわ?他の勇者を見習ってもっとしっかりしなさいよ」
正直ここに来てから、勇者はこんなものか、と考えていたがどうやらヴェンさんが特別だらしないようだ。
ただ、昨日のヴェンさんを見た俺からすれば、あまりヴェンさんに注意をする気にはなれなかった。
「ちょっと先に顔洗ってくるね」
ヴェンさんがそう言うと、一度台所から出てお風呂場の方に向かう。
その後ろ姿には、昨夜の面影はなく、いつも通りのヴェンさんだった。
ステラさんと俺は、ヴェンさんが戻ってきてから朝食をとることにした。
________________________
「あまりギルドから離れたくないわね」
森にはあまり雰囲気の合わないメイド服に身を包み、小さな空間移動を繰り返して移動する青髪の女性。
2~3歩進んでは数メートル先に空間移動をループさせて移動している。
調査隊との会話で二本角ワームの大量発生の情報を得たレイはギルドマスターの命を受け、ヴェンの家へと向かっていた。
魔素量が少なく、他の移動手段が歩行しかない彼女は、歩行と空間移動を交互に使用することで、歩行中に魔素の回復、回復後に魔法の使用という方法での移動手段を取っていた。
普段はギルドの受付嬢として働いている彼女だが、裏では、ギルドマスター直属の調査隊のリーダーでもあり、SSSランクのメンバーでもある。
「はぁ。せめてマスターが私を転移させてくれれば良かったのに」
面倒臭い仕事を頼まれたものだ。
ルゥという人間の人物像がはっきりしないが、マスターの反応を見る限り、その少年には何かがあるのだろう。
がしかし、私にはまったく関係がない。
見かけたことはもちろんあるから、見た目云々はわかっているが、正直、何がそんなに気になるのかさっぱり分からない。
「なんて言ったら、マスターには『そんなんだから半人前なんだ』なんて言われかねないのかしら」
そんな風に時に独り言、時に考え事をしつつも、同時に歩行と回復、空間移動は変わらずに行うレイ。
伊達にSSSランクをやっていないということだ。
森を抜け、やがてヴェンの家が遠めに見えてくる。
「もっと魔素があれば空間移動で一瞬で行けるのに……。————ッヅ」
途端にレイの頭に痛みが生じた。
かといって特に移動を辞めるわけでもなく、レイは慌てずに同時進行で、個有魔法「考察超過」で状況の把握をする。
どうやら私は、遠距離から魔法による監視されていたようだ。
恐らくミィとニールのどちらかだろう。
そしてさっきの頭痛はヴェンの家に近づいたことで、ステラの張っていた結界魔法によって監視魔法が遮断されたということだ。
正直、監視を行っていた主を突き止めたいところではあるが、さすがの監視対象も、今ので結界魔法の存在には気付いたはず。
つまりは、監視がばれても支障がない距離にいる、もしくは監視対象と戦闘に入っても何ら問題がないということだ。
ならば、この場は移動速度を上げて早急にヴェンの家に行ったほうが良い。
ヴェンの家の周囲は三重の結界に守られている。
外側は通信傍受の結界、真中は悪意を持つものを阻む結界、内側はそれを強化した魔法結界、内側の結界にさえ入っていれば、大丈夫なはず。
ここまでの思考をコンマ一秒で終わらせたレイだが、ここで大きな問題に気付いた。
監視魔法には大きく分けて二系統存在する、一つは監視対象を客観的に外部から監視する系統、これは、要するに監視対象の周囲に魔力や分身の類を密着させて監視させるもの。
そしてもう一つは、思考型監視魔法、これはかなり厄介だ。
魔素を通して思考を直接読み取る魔法で、要するに監視対象の思考判断を監視する魔法。
監視対象に魔法の存在を必ず悟らせないメリットと、欠点として、一定の距離があると制御を外れること、そして。
「結界魔法にははじかれる事、か」
こんな魔法を使うのは私が知っている限り一人しかいない。
星魔導士、ニール・ラフテリアだ。
ニールもヴェンの家に結界があることは知っている。
ということはヴェンの家に入るまでの私の思考を監視することが目的だったということ。
ならもう、あいつは目標を達成したということか。
そこまで思考が行きつき、レイの考察超過は終了した。
「ヴェン達に伝えた終わったらマスターに報告ね。本当に面倒だわ」
ともあれもうどうしようもないことだし、後は本人たちにどうにかしてもらうしかない。
ああ、胃が痛い。
______________________________________
「お帰りニール、どうだったの?収穫はあった?」
ヴェンの家から少し離れた森の中で、二人の人物が顔を合わせる。
黒髪でロングヘアの女性が歩いて戻ってくる白いローブの男に問いかけると、ローブを羽織った美男子は薄く笑顔を作り返事をした。
「ばっちりだね。最低限気になっていたことはわかった。アイラ王女の言った通り、面白そうなやつですね。でもいいんですか?野放しにしてて」
勇者と呼ばれる職業の本質それは害ある魔物の退治。
国が外だと示す魔物を排除する事こそが勇者の仕事、半人だろうが、魔王だろうが、国で害だとみなすならばその身を擲ってでも討伐する。
だからこそニールは即討伐ではなく監視を行うという、獲物を野放しにするような状況に疑問を称えた。
「正直、国に対して存在を隠している時点で、即刻排除に向かいたいところだけど、あのいけ好かないギルドマスターと数人のSSSランクメンバー、そして勇者ヴェンと外科医ステラ。これだけの人材が動いていることが不思議なのよ。いくら相手が半人だからと言って、何か裏があるとしか思えないわ?だからこその監視、なのよ」
ニールは苦笑いで溜息を吐くが、そうなるのも無理はない。
今の状況は、ニールからしてみれば、自分のギルドの人たりを欺いている行為に等しいのだから。
普段人とあまりかかわらないニールも、一応はギルド・エルダーツのメンバーなのだ。
それなりの責任感はあるもので、マスターを欺いている今の状況にある程度の罪悪感を感じていた。
そんなニールの感情を悟ったのか、アイラが再び口を開いた。
「気負わなくていいわ。あなたは私に協力しているのではなく、強制されているだけ。私は、国を守るために最善を尽くしているだけ。さ、そろそろ動きがあると思うから、後を追いましょ?隠蔽魔法かけて。」
仮にでもSSSランクが強制されているとか、最早気負う云々ではなく信用も無くなっている気がするんだが。
とは言わずに溜息でごまかしながら隠蔽魔法を展開し、瞬時に二人の存在感の濃度が限りなく薄くなる。
「(これだから人とかかわるのは嫌なんだ)」
ニールは心底一人の時間の愛しさを実感した。
【空間移動・ムーブポイント】
空間同士をつなげて移動する魔法で、自分のイメージした場所に行けるが、
魔素量によって移動距離が異なる為、属性関係なく誰でも使えるというメリットがある反面、
一定の魔素量がないと使ってもあまり移動できないことも多い。
【考察超過・オーバーインクワイアリ】
自分の思考を二つに分け、分けたほうの思考枠で、自分の記憶を頼りに状況の分析や先読みをする
レイの個有魔術。
正直、魔術と言い張ってはいるが、単にレイの頭が良いだけかもしれない。
本人は魔法の一種だと言っているので、半信半疑ではあるものの、みんな一応信じてる。
________________________________________
「見つけるのは簡単」
「もう、魔素が底を付きそう……」
「全く、君ってやつは、ギルドに籠り過ぎて弱くなったんじゃない?」
「さて、どうやって倒すか。」
「無知は罪じゃない。無知を自覚して尚、何もしないのが罪なんだ」
【次回 見据えてはいけない。】