教えてよ、君のストーリーを。
■幻夢城 寝室■
まるで王城の寝室の様な造りの部屋で、一人で寝るには少々寂しい程の大きさのベッドに座る一人の男性と二人の女性。
月明かりに照らされ、少し色っぽくも見える銀髪ショートヘアの可憐な少女が、不機嫌そうに中央に座る男に話しかける。
「ねぇ、旦那様? 私、旦那様と出会うまでの旦那様の生活に大変興味があります」
旦那様と呼ばれた男が、突然投げかけられたその問いに反応する前に、もう一人の少女が、その長い金髪と大きな尻尾を揺らし、同じように若干不満そうな表情をしながら便乗する。
「そうよ、私達は出会ってからかなりの時間が経つのに、旦那様の事は殆ど知らないわ。 私達は旦那様の所謂お嫁さんなのよ? ここにはいないけど、あの聖騎士と魔王擬き、それから悪魔も気になっているはずよ」
何故か『良いことを言ったわ!』と言わんばかりに腰に手を置いて、絶壁な胸を張る妖狐。
考えてみると、確かに出会ってから今までで、一度も自分の事を話したことなかったな……。
正直なところ話しても構わないが、あまり聞いて良い話でもないし、かなり長丁場な話になってしまう。
なんせ自分が子供だった時からもう何十年も経っているのだから。
ただ、この城にいる五人の助けや、魔王達のおかげもあって、今は世界も落ち着きを取り戻していることだし、ここらへんできちんと話しておくのもいいかもしれない。
なんせ俺はこの【幻夢城】の主なのだから。
「わかった。やっと面倒事も落ち着いてきたことだし、皆と出会う前から今までのことを話そう。ただ、大分長丁場な話になってしまうから、三人も呼んで一気に済ませたい。すまないが二人とも、呼んできてくれるか?」
二人は俺の言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに返事をして部屋から駆け足で出て行った。
あの笑顔を見ると、今まで頑張って来た甲斐があった、と思う。
「今度、皆でお墓参りに行かなきゃな……」
つい、口調が昔のようになってしまった。
俺自身、まだまだ未熟者のようだ。
……嘗て、全てを失った俺にとって、彼女達は掛け替えの無い存在。
彼女達のあの尊い笑顔を、曇らせないように、俺は今後も、彼女たちの為に、世界の均衡を守ってかなければいけないな。
「創造神の加護を受けた、幻夢の魔王として」
二人が部屋を出た後、俺は引き続きベッドに座って、薄暗い部屋の窓から覗く、丸い月を眺めながら、物思いに耽っていた。
ここは魔王である俺が作りだした空間、今俺達がいるおとぎ話に出てくるような城も、窓から見上げている月も全て魔法によって生み出したものである。
古代魔法【幻夢の扉】を行使出来ない者は、入ることも出ることも出来ない絶対的空間。
昼夜の設定も通常の世界と同じにしているから、今ここが夜だということは、外の世界も夜なのが分かる。
「……俺が魔王になる為に旅に出たのも、こんな物静かな夜だったな」
まぁ別空間の内部にいるのだから、外の世界の音なんて一切聞こえないようになっているんだが静か過ぎて、『音くらい通しても良いんじゃないか?』、と思い始めている今日この頃だ。
ただ、我ながら城全体の構造や、この世界観は良い物だと思うし、実際彼女達も喜んでくれているから、音が入ってこなくても、何不自由のない最高な空間である。
「思えば最初は、俺がこんな部屋で暮らして、今の様な生活をするなんて考えもしなかったな」
生活といえば、魔王の皆やユークラシス国王は元気だろうか。
ユークラシス国王はこの前文を送ったから良いとして、魔王の奴らは無駄に生活能力に欠けるところがあるし、主に若干一名、目も当てられないような奴がいるんだよな……。
最低限の家事スキルを身に着けてほしいと思うのだが、あいや、無理だな。
「念の為に今度会いに行ってくるか」
ここまで心配するのも、その若干一名の魔王は「料理が面倒くさい」という理由で野垂れ死にそうになった程、だらしがないのだ。
「仮にでも、世界の均衡を保つ魔王の一人なんだから、もっとしっかりして欲しいものだ」
お土産と称して何か食うもんでも持っていくか。
「エレインの酒場に良い物があれば持って行こうかな……」
なんて考えていると、何やら廊下の方から楽しそうな彼女達の声と足音が聞こえてくる。
三人を連れて戻ってきたのだろう。
俺は一度、魔王達とお土産について考えるのを辞め、彼女たちを迎えることにした。
「もっとこの部屋の扉を大きくしておけばよかったか」
次々と部屋に入ってくるが、扉は観音開きではなく片戸。
全員が入り終えると、だだっ広いこの部屋も、暖かく感じる。
銀髪ショートヘアが似合う水竜神【ユウ】。
水竜の頂点に君臨する者、人間の姿をしているが、実際はこの城程の大きさの神竜であり、額のティアラの様な銀の髪飾りは水竜の長の象徴だ。
薄茶色の髪にポニーテールをした聖騎士【エリン・ユークラシス】。
王都ユークラシスの第三王女で、自ら家督を継ぐことを辞退し、聖騎士団に入隊、二年でトップクラスに君臨した近接戦闘の天才。
額に二本の角を生やした生きる断罪にして原初の悪魔【エレオノール】。
角があることで鬼族と間違われることもあるが、立派な悪魔の一人。
嘗ては『生きる断罪』と呼ばれていて、いわゆるお尋ね者だった。
狐の里の巫女の末裔、九尾の狐【ヤエ】。
九本の尾を持ち、巫女としての一面と、山の賢者としての一面を持つ。
吸血鬼の女王にして色欲の魔王【エマ・ユークラシス・エルミンド・ディ・ゼロ】。
元々は吸血鬼族の門番だったが、ムーファ大陸という大陸で過去に起こった戦争で戦果を挙げたことで自身の血が覚醒し、その後は大陸守護神として過ごしていた。
しかし後に、自分の立場に飽きた為、守護神を引退し魔王になった。
「……」
改めて見ると、絶対に敵にしたくない組み合わせだな、ユウなんて文字通りの『少女』って感じなのに……戦闘力でいえば現代の魔王達と平気で渡り合えるんだよな。
無言で皆を見つめているせいか、皆の頭上に疑問符が見て取れる。
「ふむ、全員揃ったな、それでは話すとするか。 農民の俺が魔王になるまでの話を―――」
【幻夢城】
幻夢の魔王の専用構築魔法によって造られた、異空間に佇む城。
基本的に夜の風景をしており、これは単純に魔王が夜型だったからというだけ。 (ごめんなさい。本当は作者が普段昼夜問わず電気を付けない生活をしているので、そこから着想を得ています)
城の大きさは、五人の妃が十分に余裕を持って暮らせる規模間で、実は外見よりは狭めになっている。
異空間に入った者はいくらでも城内に入ることが出来るが、異空間に入ること自体は、魔王に招待されるか、妃だけが持つ専用のアーティファクト(指輪)によって自由に出入りできる。
魔王の守護者たちに関しては魔王にアポイントを取る必要があるので、異空間に籠られてしまうと、ちょっとめんどくさい。