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フィールの頼み

 

「本当にどこへ行ったのかな?」


 蜘蛛の糸が巻き取られた棒を手に。インは洞窟の入口へと向かって行く。

 どれだけ待っても来なかった。その示唆する可能性はもうここにはいないのではないだろうかという事だ。

 むしろスリーのあの嫌がりよう。最初から来てすらいなかった線も考えられる。

 考えれば考えるほどスリーが来てすらいない線が濃厚になってくる。

 そしてインは探すのを完全に諦めた。


 出口の光が屈折してくる場所までやってきた。

 今回は平和に蜘蛛と戯れてアンたちと遊んでいただけ。次はまたフォンでも稼ぎに行こうか。

 そんな風に油断していたからだろうか。頭の上から黒い布でも被せられたかのように景色隠された。


(どこから?)


 視界が消えても音は残っている。インは目を閉じて少しの音も聞き逃さないよう集中する。

 何かの足音。洞窟での響きからして人ではないかと推測する。

 次に走ったのは横からの衝撃だった。体をよろめかせながらもインは「アンちゃん!」と呼びかける。

 いくら視界を閉ざされようが虫たちからすれば無意味。すぐに遅れて誰かの声が届きインの視界が元に戻った。


「うん。予想はついてましたよ」


 アンにのされていたのは案の定スリーだった。その手にはインが持っていた棒が握られている。

 ここで初めて手の感触がないのに気づいた。泥棒はダメだとインは少し腹を立て取り戻す。


「で、なんでこんなことしたんですか」


 インはスリーの近くにしゃがみ込む。大方の予想もついている。それでもいら立ちを隠そうとせず問いかけた。


「よく言うだろ。お前の物は俺の物って」


「それはただの泥棒です」


「私ほど正直な者はいないけどな」


 スリーは懐から取り出した何かを叩きつける。

 ガラスが砕ける音。遅れて眩い閃光が世界を白で覆いつくした。そしてインの手からまた棒の感触が消え去った。


「逃げられなかったんですか?」


「よく言う。地面に何か仕込んだだろ」


 例えばそうデカいミミズとかとスリーは続けて見せる。対してインは「見ていたんですか」と困り顔で返した。


「迷惑なんだよ。お前のように気色悪い虫を仲間にされるとな!」


 スリーはまたも何かを投げると、洞窟を揺らすほどの騒音が鳴り響く。咄嗟の判断でインは耳を塞ぎ、アンに指示を出そうする。

 だが届かない。ならばと手話を使いアンに音の発生源を破壊させた。


「受け取れってな」


 もうひとつ投げられた騒音玉。こちらも同じ要領で隠れていたウデに指示を下し破壊する。

 だがスリーは止まらない。


「ほらもういっちょ」


 スリーの様子からしてまだまだ騒音玉はあるかもしれない。そしてアン達に攻撃をし続けさせていればじり貧になるのはこっち。

 何よりこの音がいくつもある状態ではミミを出そうにも奇襲なんて不可能。インは魔物の剣を手に走り出す。

 先に手で指示を仰ぐ。投じられた玉に刃を突き立てた。しかしインの思惑とは裏腹に玉は光り出すではないか。


 咄嗟に身を翻そうとしても間に合わない。インの視界はまたもや白へと染められる。


「この場で音を鳴らすものすべてを縛って!」


 インの叫びにミミの触手が突き出した。敵味方何の区別なく触手は締めつけにかかる。


「そういうのが気持ち悪いんだよ!」


「嘘つきに言われたくないです!」


 視界が晴れるとミミはスリーを捕まえていたようだ。無論、ウデとインも一緒に。

 アンの方はまだ捕まっていない。なのでインは捕まえているのはそのままで中止するようミミに言う。


「で、こんな泥棒まがいの事をしたんですか」


「待て待てお前は何か勘違いをしている。お前が蜘蛛の糸を取ってきてくれたから、働き者でもある私が姐さんの所に届けようとしただけだよ」


「それなら戦う必要はなかったじゃないですか!」


「目には目をってな」


 不敵に笑って見せるスリーにインは反省の余地なしと判断する。それどころかどこか既視感に近い何かを感じ取る。

 そう、どこかの鳥に似た何かを。

 早く開放してくれよとスリーは駄々をこねる。

 最近理不尽に慣れ始めていたインは素直に要求を受け入れる。


「じゃあほらっ。手を出したって事で」


「先にタックルしてきたのはそっちです!」


「ちぇっ」


 どこまでも反省の余地なし。

 虫が好きな奴の気が知れないとスリーは小言を漏らす。そして再び触手で絡み取られた。


「おいおい。天丼にもほどがある」


 反省しているから放してくれとスリーはインへ目を落とす。しかしそれ以上にインは困惑を隠せなかった。


「私の虫ちゃんじゃない」


 触手はミミが昔の頃に出会ったのと同じ懐かしさを覚える色。それにミミはスリーを話した時点ですでに戻している。

 ミミの輝石を持っている時点でインは何もやっていない。


「って事は最近ワームを乱獲している奴らの仕業か」


「アンちゃん――」


「必要ない」


 インの虫ではないと知るや否やスリーは手を開いた。

 落とされた何かが起爆するとスリーの周囲に熱が発生。

 粘液を出されることなく解放されたスリーは地面に足をつけると続けて筒を適当に数個空中へ放った。

 破れた筒から分裂した光球が触手目がけて襲い掛かる。煙が晴れた先には触手が綺麗に無くなっていた。

 スリーは煙に巻かれた服を手で掃う。


「ざっとこんなものだな」


「あれも全部魔道具? 魔法は?」


「おいおい知らないのか? 魔法使いってのは魔道具も使えてなんぼってものさ。私からいわせりゃ魔道具も窘められない奴はただの魔法を手に入れたガキだね」


 最後に改めてスリーは帽子を被りなおした。


(身長でいえばあなたも十分子どもだよね)


「それより! 分かるか? お前のせいでワームをテイムする奴が出てきたんだ。私がこんな目にあったのも全部お前の責任だ。少しは人の迷惑を考えたらどうなんだ!」


「なんで! ワームちゃんの触手に絡まれるなんて最高じゃないですか!」


「それはお前が変態なだけだ! もういい。私は先に帰る!」


 インを置いて足早に出口へとスリーは向かって行く。

 言っても聞かない上にどこまでも自分の仲間を馬鹿にする。その上攻撃までしてきた。

 もう付き合いきれないとインは少し時間がたった頃に後を追うのだった。




 フィールのギルドに戻ったインが初めに目にしたのは正座させられていたスリーであった。

 どうやら一人で戻ってきたスリーにフィールが問い詰めたらしい。クモの糸はどうしたのかと。

 最初は言い訳を続けていたようだが最終的には吐いたようだ。

 結果お前を何のために連れて行ったと思っていると叱られている最中らしい。


「喧嘩はいくらだってしろ。ただ素材を持ってこいと言ってるだろ!」


 いつまでも触れないようじゃ良い魔道具は作れないと続けるフィール。あからさまに適当な謝罪文だけスリーは垂れる。

 いつまで経っても変わらないスリーの態度にフィールはため息を吐く。そしてもういいと作業に戻らせた。


「すまないね虫の嬢ちゃん。内のスリーが失礼な事を言っちまった」


「いえいえ、悪いのはあの人ですから」


 頭を下げるフィールに大丈夫ですとインはお願いする。頭を上げたフィールはそれこそ驚いた顔をしていた。


「話には聞いていたが虫の嬢ちゃんが毛嫌いするのも珍しいな。害獣にも優しいのに」


「そうですか? ピジョンちゃんはなんだかんだで謝ってくれますし、私の趣味を受け止めてくれますので。それに助けてくれる時もあるので」


「よくこんな虫の嬢ちゃんに嫌われた物だな」


 ある意味あいつの才能だなとフィールは豪快に笑いだす。けどあの人は仲間を馬鹿にし、迷惑だと言ってきたからとインは憤慨する。


「それは個人の問題だからな。アタシは干渉しないよ。むしろ対立するのは仲のいい証拠さ」


「どこがですか」


「それよりどうだい? 実はここでも虫の飼育はしていてねぇ。良かったら見学するかい?」


 虫とは自然の権化的存在でもある。魔物とは違い他環境に適合しやすい。その特徴を生かして魔道具や武具の素材に使う。

 今回取って来てもらったクモの糸も魔道具の素材使用するときもある。だからこそ飼育できる個体はなるべくしているようだ。

 それはギルド内だけでは収まらない。今回行ってもらった洞窟内でもある程度言う事を聞かせられるように工夫をしているそうだ。

 だから野生っぽくなかったのかとインは納得する。そして自然に人の手が加わるのは変わらないなぁとどこかもどかしさも覚えていた。


 フィールが立ち止まりここだと目的地に到着したのを告げた。そこは飼育場であった。多くの職員と思しき人達が手作業で虫たちから素材を集めている。

 

 蚕からは繭になった状態をお湯につけて糸を手作業で巻き取っていた。

 ハチからは必至に頑張って集めていたはちみつを採取していた。

 チョウは花の近くで放し飼いにされていた。しかし外に出ていくことはできない仕様になっているようでハチのいる一陣を跳んでいた。

 ミミズに土を食べさせて良質な土へと生まれ変わらせる。そして一部は釣り餌として扱うようでどこかに出荷されていた。

 普段はやらない触れ合いなどして一通り楽しんで見て回っていたインはひとつ気になった事を質問する。

 それはここの虫たちがどれも小さい事だ。

 外に出ればチョウやクモ、アリなどもビッグサイズの個体が数を占めている。なのにここはリアルと変わらない。それは一体なぜなのか。


「さぁて町でとれる奴は小さいって事しか分からないねぇ」


 その辺についてはフィールも詳しくはない様で町の個体は小さいとそれだけで済ませているようだ。

 国に魔法か何かが掛かっているのであればアン達も小さくなっているはず。けれどそうじゃないという事はやはり環境が問題なのかもしれない。

 同じ日本でも沖縄の虫ちゃんはサイズ違うからなぁとインは考察していた。


 一通り見てもらったところでフィールは楽しんでもらえたかどうか問いかける。


「魔道具を作るって事は……やっぱりそう言う事なんですよね」


「当たり前だ。犠牲無しで成長できるほど甘くはない」


 それはインもよく知っていた。だからここのやり方には口を出せない。普段見えないところで自分たちもしている事なのだから。

 いつも以上にありがたく使うようにする。インは改めて決意を胸に秘める。


「ところで虫の嬢ちゃん。もうひとつ頼み事していいかい?」


「何ですか?」


「次のダンジョンイベント。スリーの奴も連れて行ってはくれないかい?」


 真正面からフィールはインを見据えた。その目には覚悟が宿っているようにも見える。


「口はああだし、実際少し性格も悪いし、くだらない意地を張り通そうとしているし、誰に対しても虚栄心を張るしで友達もいない困った奴なのは本当だ」


 ステータスは魔力に振るくせに草原にいる奴にも素手で挑もうとする。強欲なくせに元々の地頭もよくない。

 だけど根は誰よりも頑張ろうとする努力家なんだとフィールは締めくくる。


「私が言うのもなんですけど努力をしていない生物なんてこの世にはいませんよ?」


 今回見てきた虫たちもしかり。それぞれ生きるために必死になってこの世に縋りついている。

 努力家じゃない生物はそれこそ存在していない。そんなものは人の物差しでしかない。


「虫の嬢ちゃんの言う通りだ。けど頼む。あいつと手を組んでほしい」


 子どものインに。あいつとチームになってほしいと。お願いだとフィールは頭を下げた。

 その光景に近くを通りがかった職員から驚きの声が上がる。それは波を描くように伝染していく。

 そしてそんなフィールにインは


「お断りします」


 確かにそうハッキリと告げた。


 釣り餌は知らないけど蚕の糸の取り方って……。蚕の佃煮って苦いんですよね。初めて食べた時はイナゴとザザ虫が抜群に美味しかった記憶がございます。なお鉢の子は甘すぎた。

 そして学校に持っていたら近づけてくんなと言われる始末。都会の子は……(ブーメラン)

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