蜘蛛の糸
あの後あまりにも虫を怖がるスリー。その怖がりようといえば死地に行くそれ。もはや絶対に嫌という意思を貫いていた。
それが女の子としては普通の反応なのかもだろう。フィールの所業に男女関係なく他職員も顔色を悪くしていく。
しかしフィールも固い。最後に「意地を張るなら作り直せ」の一言がなぜか深く突き刺さったようだ。
スリーは渋々ながらも洞窟方面へついていくのを承諾するのであった。
「姐さん。無理やり連れだして」
インの隣を歩くスリーは小さく愚痴る。
曰はく、男性ですら行かないのになんで虫に会いに行かなければならないのか。なんで倒すのではなく仲良くしなければならないのか。なんで素材に使う必要があるのか。
小さい歩幅からも気乗りしていない様子が見て取れた。
「えっと……虫ちゃん苦手なんですか?」
スリーの姿はそれこそ絵本に出てくるような魔法使いが着ている服装のそれだ。黒い尖がり帽子と箒。首からはブレスレットを着用していた。
鍋を使う魔女よりかは程遠いが、何かしら調合をしていそうな雰囲気なのは変わらない。なのに虫を触れないのはインにとって意外であった。
「あんなのを好きになる奴の方がおかしいし私は十分強い。というかなんで肩に虫乗せてんだよ気持ち悪い」
強調するかのようにスリーは箒でアン達を指した。
それはインにとって大変なあいさつであった。見る見るうちにインの表情が黒くなる。
「アンちゃんとウデちゃんを馬鹿にしましたね?」
インも「よく見てください! 可愛いでしょ!」とアンを持ち上げ近づける。
避けるように距離を取ったスリーはブレスレットに手をかける。
既に険悪なムードであった。
買い物中であってもその様子は顕著に現れていた。
洞窟蜘蛛の糸を取るには専用のアイテムがいくつか必要だ。
その為イン達は屋台が立ち並ぶストリートに訪れていた。
インは事前にリスト順に買いそろえていく。蜘蛛に友好の証として渡すえさ、糸を巻き取る用の棒。
今回は依頼というよりかは頼み事の側面が強いからだろうか。代金は事前にフィールから渡されていた。
余った分は自由に使っていいと言われていた為、虫たちのためにおやつを買いそろえていた。
その間スリーはというと魔法系のアイテムを売買している店員に話しかけていた。
内容は魔道具を作る際のレシピ等だ。
必要な物、手順、項目を一通り聞きだしてはメモをつける。
随分と白熱している様子だ。
が、インの耳には何を話しているのかは入ってこない。近くにある木を囲むタイルに座りアン達と憩いの時間を過ごす無干渉を貫いていた。
「フィールさんに頼まれたので行きますよ」
「駄賃使ったのはお前だけだろ? 私は魔道具と魔法作りにだけ専念していたいんだ」
「別にいいですよ。フィールさんに報告しろとも言われていますので」
「フィール、フィール、フィール。姐さんを盾にして楽しいか? お前の人生は機械なのか? ああ良いよ。分かったよ。行けばいいんだろ。ただし私ひとりでだけどな!」
約束の時間。ニヤリと笑みを浮かべたスリーは本当にひとりで洞窟へと走っていく。
「箒……私達も行こっ。アンちゃん、ウデちゃん」
謝ってもらってない上初対面であの態度である。インも少し機嫌を悪くしながら後に続く。
西の検問を潜り抜けたすぐに洞窟は広がっていた。日光を遮らない木で塗装された一本道。
明るくのんびりとした春のような気温も合わさり、洞窟はさながら平和そうに寝そべっているようにも見えた。
道を抜けたところでスリーの姿はどこにもない。近くの人に質問してみるも見なかったらしい。
もう入り込んでしまった後なのだろうか。インは洞窟付近で入り口を見上げていた。
(そういえば洞窟蜘蛛と言っていたけど中にいるのかな?)
洞窟付近に住む好洞窟性蜘蛛に関しても何匹か心当たりがあった。
その中には当然、落葉した葉っぱの下に生息しているのは少なくない。むしろ冬の時期などは多いくらいだ。林を進んでみるのも十分といったところだろう。
(でも湿りそうにないかな)
湿っている場所を好んでいたり、目が見えにくいからこそ好洞窟性の蜘蛛は住み着く。
わざわざ太陽が照らしている場所に潜むなんてことはあるだろうか。
マーロンのここはゲーム理論を信じるのであればあるかもしれない。土を触ってみれば何か感じるところはあるかもしれない。
(探しに行こうかな)
どの道スリーは入ってしまった可能性がある。ここで立ち止まっていればどうなるか。
スリーがどうなろうかは知った事ではない。けどフィールに頼まれた事だ。きっちり引き受けないと。
インはランタンの準備をして洞窟へと足を踏み入れた。
中は思ったより広い。
横は人が五人並んでいても特に問題なく進めそうな幅。縦方面も槍や大剣を振りなおしても何ら問題はなさそうだ。
ランタンの灯は少し青みが掛かった空洞を照らし出す。天井に水が通っているのだろうか。締め忘れた蛇口のように水滴が滴り落ちていく。
いつものインであれば早々にミミを出していつもの全身を触手で覆い隠して駆け出していただろう。
しかし今回は違う。
なんせ他の人達によって既に洞窟内は照らされつくしているのだから。もはや闇という闇が消されている状態だ。
フィールからの頼まれごと、スリーの捜索、虫たちの連携の確認。三つの事柄を頭に入れつつインは進む。
洞窟蜘蛛とは関係の無い魔物を討伐しながらインは貸してもらった地図を頼りに進んでいく。
不意に現れた別れた道を左に。川で区切られた道でもミミの触手を橋代わりに。行く先々ですれ違う人にあいさつを交わして進む。
もちろん楽勝とはいえ虫たちへの指示も忘れない。
そして洞窟蜘蛛が潜む目的の場所に到達した。
天井はさらに高く、上を少しくり抜いただけで日差しが入り込むのではないかと疑うほどだ。
人ひとりギリギリ入れるかといったくらいに開いた隙間。そこには蜘蛛の糸が巡るように張られていた。
範囲は大して広くない。蜘蛛の巣も目を凝らす必要はあるが見えないほどではない。
(来ていないのかな?)
辺りをぐるりと見渡してみてもスリーの姿は見当たらない。アン達の反応もいまいちだ。
通路の一つとしてある部屋だから進みすぎてしまったのだろうか。
(呼び出す方法は巣にえさを引っかける)
インはコオロギに似た虫を蜘蛛の巣に引っかける。後は待っていれば勝手にやってくるらしい。
(これ洞窟蜘蛛一匹で全部張った巣なのかな? どう考えても足りないような気がするけど)
待つこと数秒ほど、ランタンの灯に小さな陰りがぽつぽつと現れた。
降り積もる雨のように明るい床が陰で塗りつぶされていく。インが真上を見上げる頃には数十匹もの蜘蛛が垂れ下がってきていた。
(幻想的!)
インの住む近くには洞穴なんてない。あっても一度に何匹も蜘蛛が下りてくることは無い。ある種幻想的と言われれば幻想的な光景だろう。
第二工程。もう一度巣に近づいたイン。今度は目に映るようコオロギを括りつけた。
目に見えているかは謎なものだが、フィール曰はくこれで敵対する気は無いと告げることが可能なのだとか。
(飼育しているみたい)
人の手によって得られるえさを食べる。そしてえさをくれる人だと認識して襲わなくなる。
インは自然というよりは動物園みたいな印象を受けていた。
(でもそれだとアンちゃん達は私を認識できないもんね)
しょうがないとはいえ何だか不思議な感覚である。
なんか虫ちゃんってこうじゃないよねと不満を抱えたまま。インは香炉の形をした魔道具を取り出した。
蓋を開け中のスイッチを押す。それだけで不思議な周波が流れ、中立の魔物に頼みごとをお願いできるようになるとか。
あくまで中立、敵でも味方でもない状態にしないと効果を発揮しないらしい。テイムされている魔物もダメだ。あくまでフリーで中立でないといけないらしい。
半信半疑なインだったが実際に蜘蛛が寄ってきたのを見てその効果を実感する。
後は勝手に糸を巻いてくれる棒にお願いするだけで終わりである。
(なんか……あっけない)
いつもならここらで何かしら強大な魔物が出てくる流れである。もしくは手違いでフィールドボスと戦う流れになる。
なのに今回はそれがない。インは残ったコオロギ似の虫を蜘蛛の巣にすべて付ける。
圧倒的に平和。危機的状況もなく、依頼は簡単に達成し、洞窟蜘蛛の生態を少し観察しつつ戯れる。
血は争えないといったところだろうか。それとも慣れてしまったせいだろうか。変な感覚を覚えながらもインは寝転がる。
「そういえばどこに行ったのかな?」
スリーの姿を未だ見かけていない。それどころか声すら聞こえてこない。別にいいかとインは蜘蛛へと目を向けた。
蜘蛛の大きさは拳大くらいだ。赤い体の腹部、背面には薄い斑紋。足は細長く、洞窟の壁に上手く溶け込んでいるのか少し体色が分かりにくい。
一匹、インは手のひらに置いてみる。蜘蛛の体は徐々にインの皮膚と近しい色へと変色していく。
ランタンを消してみればインの手のひらに上手く溶け込んでいった。
「何か見た事あると思ったらやっぱりあの種だよね?」
今度は青い体を持つミミを呼び出しその上に乗せてみる。
するとまたもや色が変異していく。数分足らずで最終的にはミミの体に同化するかの如く同じ色になっていった。
(現実でも人為的に守られているしね……。もうここに住もうかな)
日の光が苦手なミミやウデムシのウデが住むには中々良い立地条件なのではないだろうか。
その上、洞窟蜘蛛がお出迎えしてくれる。インにとっては中々魅力的な場所だ。
ただ絵面的には洞窟に住み着くエルフというあまりに不思議な情景になるが。
しかしすぐ森というさらに良い物件を思い出し、インは頭を悩ませるのであった。
最後、実験に付き合ってくれた個体にインはお礼代わりに残ったおやつを渡してさよならする。
そんな時間を過ごしている内に糸の巻き取りも終わったようだ。薄い糸が何重にも棒に巻きつけられていた。
香炉のスイッチを止めたインは蜘蛛たちに手を振ってその場を後にした。
とある書物とは何ら関係性はございません。……あの子はどこに?




