スリー
「試練か~」
帰路につく途中ピジョンは独り言ちる。
ひとりの時、ピジョンはあまり道中の魔物を狩ろうとはしない。立ち塞がる障害をただ斬るのみだ。
「もう被害は出ないだろうね~」
恐らくあれは紫水晶だけで起こる現象ではない。ピジョンはそう予測を立てていた。
もしテイマーが魔物を連れていくだけでレイド化するのならば色々と矛盾が発生している。
テイマーはファイの言う通り初心者には厳しいアビリティだ。だがそれはあくまで初心者にとって厳しいだけ。
フィートのような後衛等が何らかの役割で取るのは別に珍しい事ではない。
上位プレイヤーにも同じ事が言える。むしろ上位であればあるほど何かしら連れているというものだ。
つまりテイマー自体は一定数いるということになる。
それなのに今になってレイド化する恐れが発見されるなんておかしくはないか。
それこそもうひとつ。何か違う物も一緒にあったからこそ引き金になったとみる方が納得がいく。
ピジョンは鼻歌混じりにスキップする。
「余計なお世話って奴だよね~」
既にハ~ドモ~ド~とピジョンはエルミナの町に溶け込んでいく。
面白おかしい友達が今度は何を起こすのか。邪な希望を小さな胸に抱き。
「イベント?」
特にやる事が無くなり高原にてレベル上げをしているインの元に運営から通知が届く。
内容はどうやらパーティでのダンジョン探索形式のようだ。
前みたいにテーマ性を設定するのが面倒くさかったようだ。特に無しと表示されている。
「アンちゃんは東に追い込み! 時間をかけて!」
アンは時間かけて一匹でも狩れる相手を追い込みをかける。狙った位置まで引き詰めると触手が地面から伸び獲物を締め上げる。
それを物陰に隠れていたウデが触肢でがっしりと捕獲。そのまま仕留めていった。
「一匹で狩りがしたい? ダメだよアンちゃん。もしもの時のために協力しないと。一匹での狩りはその後で」
今回からは特にとインは諭す。
今まで協力してやってきたことは何度かあった。だがあまりウデを組み込んでいなかった。
その結果がツェルト時の相殺だ。きちんと分かっていればそれも作戦に組み込むことができていたはずなのに。
なので改めてウデの強みを確認している最中でもあった。
問題があるとするならば三虫にとって取るに足らない敵である事だろうか。
特にアンの不満は募っているのか地面を叩く。
「慢心は怪我の元に繋がるんだよ。だからダメ」
指でバッテンをつくって見せるイン。とはいえ実のところイン自身も物足りなさを感じていた。
ここは蜂にとっての巣の中と変わらないのではないか。もう少しいろんな状況を考えるべきではないのかと。
(確か南の楽園は10LV。で、西の洞窟が15LVなんだっけ。ここは確か……5LV!?)
少なくとも三虫の中に一桁台はいない。ウデもそろそろ進化圏内に入っていたりする。
(アンちゃんがおっきくなった時も入っていたみたいだし……。本当に倒すだけがLVアップじゃないんだね)
ひとり納得するようにインは頷いた。ミミを輝石に戻し、早速とばかりにエルミナへと向かう。
「という訳で洞窟に行こうと思うんですけど。必需品ってありますか?」
「インちゃん。ここ武具屋であって情報屋でもギルドでもないのよ」
カウンター越し。今までの経緯をマーロンに説明するイン。
身を乗り出す様にインは迫る。
「それと表の標識は見えなかった?」
「何か書いてありましたか?」
「いやいいのよ別に。インちゃんに悪気があるわけじゃない物ね。うん。それで洞窟に行くのね?」
本当に何もわかっていませんよを前面から浮き出たイン。
これが嘘ではないと分かっているマーロンは額を抑えた。
「ランタンのほかに何かあるかなと」
「そうねー。ランタンより松明の方がオススメかしら。あそこはく……」
「く?」
マーロンが単語の途中で停止した。
アンを見た時とは違う停止。口を開けたまま動かない。インは「大丈夫ですか?」と手を振る。
「洞窟に行くなら頼み事があるのだけどいいかしら?」
「……欲しい素材でもあるんですか?」
再起動を果たしたマーロンの顔にはニヤリとした笑みが浮かんでいた。
その表情にインは見覚えがあった。ハルトに癒し系の素材を持ってくるよう頼んで見せた時と同じ顔だ。
情報駄賃のつもりだろうか。すこし警戒の色を強めるイン。
マーロンは大した事じゃないのよと前置きをいれてから口を開く。
「あそこにも洞窟蜘――」
「蜘蛛ちゃんですと!」
「暴走は一度待って頂戴。あそこに出てくる洞窟蜘蛛の糸は鉱物を含んでいるから良い素材になるのよね」
「糸ってタンパク質ですよ? 確かに天然蜘蛛の糸は鋼鉄の何倍も強靭って言われていますけど。いや石油の代わりになるとどこかで聞いた事があるから鉱物にも――」
「インちゃんインちゃん。ここゲームの中。これで伝わってくれないと困っちゃうな」
ようはいつもの現実にはいない種である。
クモの糸が必要になるとしかゲームでは提示されていない為そこまで細かく要求されるといろんな意味で生産者は非常に困るのだ。
諭す口調のマーロンにインは「分かりました!」と元気に了承する。しかしマーロンにとってさらに予想外な質問が襲い掛かる。
「それでどの糸を取ればいいんでしょうか?」
「……えっ?」
「七種類別々での糸ですか? それとも二種類でまとめた奴ですか? 全部一緒でいいんですか?」
これにはまたもマーロンは口を引きつって見せた。
「えっとその、蜘蛛ちゃんの糸って簡単に言えば粘着性があるのと無いのとで別れていまして」
「どっちが強いのかしら?」
「巣で考えるのであれば両方とも必要ですので強い弱いは無いかと」
会話が完全に途切れた。インにとってどちらの糸も大切な役割を果たすと分かっている。そこに強弱など関係なかった。
もちろん調合を使えるからといって防具や道具の生産者ではない。そこに映る生産者特有の景色など霞も見えていない。
お互いの齟齬がかけ離れすぎている。しかもこういう時に限って邪魔な助けが入ってこない。
あるとすればカウンターの上でアンとウデがじゃれているくらいだ。
「えっとその……フィールさんに聞いてきましょうか?」
「それは! ……マーロンの使いって事で頼んでいいかしら」
「任されました! それともうひとつお願いがあるんですがいいですか?」
そう言うとインは例の物を取り出した。
マーロンが目を丸くする。
「これは」
「実は――をお願いしたいんですけど良いですか?」
「客としても来ていたわけね。それじゃ手を出して」
マーロンの店から出た足で今度はフィールのギルドへと向かう。
最初こそ職員からはピジョンの友達という肩書、ワームテイムを最初に起こした犯人ということで良い顔はされなかった。
しかし話している内にそれほど悪い子ではないと伝わったようだ。むしろ純情すぎると危惧されたのだろうか。
悪い鳥に気を付ける様にと何度も釘を刺されつつフィールのいる場所へと案内される。
「聞いたよ。洞窟蜘蛛の糸を取りに行くんだってね。内の奴らよりた……勇気があるじゃないか!」
笑いながらフィールがそっと目を向ける。すると男女関係なく大多数の職員が目を背けた。
恐らくその全てがプレイヤーなのだろう。立ち去るように歩く速度が上がる。
フィールが「いちおうここ生産ギルドなんだけどねぇ」と愚痴る。それにインは「虫ちゃんは可愛いのに」と不満を垂れた。
「ならついでにあいつも連れて行ってはくれないかい? 虫が苦手な奴でね」
そう言うとフィールは「スリー!」と工房へ呼びかけた。
「魔法使い志望で努力家なんだけどねぇ。虫どころかキノコすら触れなくてね」
「魔法使いなんですか! 虫とかキノコとか必要になるんですか?」
「生産の魔法使いは鍋でぐつぐつ煮込んでいる系を連想してくれればいいよ」
フィールとしてはこれ以上にないほどの説明をしたつもりだったのだろうか。なおも疑問の表情を浮かべるインに見てもらった方が速いとスリーを呼び掛けに行く。
待つこと数分。フィールに引きずられる形で女の子が見えてきた。
「嫌です無理です! クモとかノーサンキューです!」
「戦闘できないよあんた。今回は自分で作んな」
「姐さんの鬼! 悪魔! サディスト! ゲテモノ好き!」
「勝手に言ってろ」
「彼氏いない歴イコール年齢! 子ども虐待好き! 凄惨な生産しかできない人! 暴力姐さん! 教育にぼうりょ――」
インの見えない位置からゴキッと良い音が鳴る。
何があったのだろうか。会話の内容から察するにフィールの怒りを買ったのだろうか。
押し出される形でグラスウルフと同じ、黄緑色の髪を持つ女の子が出てきた。
なぜか頭には大きなたんこぶができているが気のせいだろう。
「こいつも連れてってくれ。虫の嬢ちゃんと一緒ならある程度慣れるだろうからな」
「えっと……」
あまりにも意味不明な登場の仕方。魔法使いというのは普通じゃない人なのだろうか。
とりあえず分かるのは今回も一筋縄にはいかない。その予感めいたものを感じ取ったインは言葉を濁した。




