取引終了
時刻は昼を少し過ぎた頃、ツェルト戦のメンバーはドワーフのフィールがいるギルド。【天之夜明け】に訪れていた。
元々の依頼【悪魔霊の魔石】を届けるためだ。これで作業の続きができそうだとフィールは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「お疲れさんと言いたいところだが、大変だったようだね」
どうやらツェルトの件はフィールにも伝わっていたようだ。依頼料を水増ししようかと三匹の虫に囲まれたインに目を向ける。
「ほんと大変だったわ。お礼の――」
「元々アンタには頼んでないよ」
フィールは希望に満ちた眼差しのシェーナを情け容赦なくぶった切る。そして「言っただろ、0%安くするって」とも付け足した。
「はぁ!? 苦労したのにそれはどういう了見?」
「虫の嬢ちゃんの方はそうでも無いようだね?」
「はい! より一層もうアンちゃん、ミミちゃん、ウデちゃんは離しません!」
仲良く三匹をギュッと抱きしめるイン。もう暴走しないよう今まで以上に可愛がる。それが昔以上に怪しい雰囲気を漂わせてしまっているとしても。
その女の子が自分と同じ背丈くらいの虫を抱きしめている光景に、ギルド内にいる女性職員は足早に立ち去り、男性職員は虫の話題を持って行ったら会話できるだろうかと噂する。
そしてシェーナ組の方はもう慣れたと言わんばかりに井戸端会議に集中していった。
「はっはっはっ! ワーム乱獲事件の発端は虫の嬢ちゃんなのかもしれないね!」
「何してくれてんの!」
インの両頬をグイっとシェーナは引っ張る。言いがかりも良いところである。
なんでと辛うじて言葉を紡ぎ出したインを無視して、そういえばとピジョンに視線を移す。
「アンタ、インに謝ったの?」
「さぁ、どうだろうね~」
引っ張られた頬を手で擦りつつ、インは「クラスメイトがいる中土下座されて恥ずかしかったです」と答えた。
もちろんピジョンなりの策である。あえて注目を集める行動をとる事で断りにくくする空気を作り出す。有名な物でいえば人が集まるプロポーズなどが挙げられるだろう。
最も、ピジョンは学校でも悪評は絶えない。誰もピジョンに憐れむような目を向けていなかったのだがそれはまた別の話。
「最低ねアンタ」
「言質を取ったので充分~」
その場で話しを聞いていた人の目もどこ吹く風。ピジョンにとってあくまで謝る相手はインとその仲間たちだけのようだ。
にゃははとピジョンはアンの頭を撫でようとし頭突きが繰り出されていた。
「危ない危ない。で、紫水晶に関してなんだけど~」
「それだよそれ。結局何なんだいそれは」
フィールの疑問にピジョンは紫水晶に関して簡潔に説明していく。
フィールの眉が深くなる。
「これは確かに虫の嬢ちゃんも悪い。……ただ害獣アンタ。仲間いなくてよかったね」
喉を押し殺したかのような声音。しかし次に紡がれるお道化た言葉にぎゅっと握り拳を締める。
「共感という名の洗脳で人を募り、無駄に誘いを断れない強迫観念から群れ合って、そして競争という形でゲームの息抜きという言葉を忘れたのが仲間ね~」
「……それ以上口を開くな」
しかしピジョンは言霊だから大丈夫と持論を繰り出した。「一日最低限のノルマとかミッションとかギルド戦とか何それここに来てまで課題やってんの~。面白い~」変わらず減らず口を叩く。
ギルドどころか仲間の侮辱とも取れる言動。誹謗中傷に近い理論。注がれるギルド職員の目は既に怒りが宿っていた。
「アンタってつまんないね」
「別にフィールちゃんの会社に受かるつもりはないからどうだっていいんだけどね~。っとこんな話じゃなくてだね~」
流れを封鎖するシャッターのようにパンッとピジョンは手を叩く。
「私には当てがあるんだよね~」
イン以外は胡散臭い物を見るような目をピジョンへと向ける。
「インちゃんも知っている酒虫の男性。仁之介」
そして話は現在に戻る。
「なるほどな。忍び失格。お主は少し交友関係を見直さんか」
「勧善懲悪もので斬られるような役はしてないので大丈夫だよ~!」
「なら儂がこの場にて斬ってやろうか。まぁよい。情けは人の何とやら。既に味わい尽くしていると思うが、その行い、必ず許される事ではない事を夢忘れるな」
「ふーん。虫の入った瓶に水を入れて作った酒を城主に振舞う仁之介殿がそれ言っちゃいますか~」
仁之介の眉が動く。刀でも引き抜こうとせんばかりの剣幕にピジョンは「くわばらくわばら」と冗談だと言わんばかりに手を振った。
仁之介は目を細めたまま、あくまで普通の言葉で続きを申すよう促した。
* * *
「そんな物をどうせよというのだ」
「見ていてほしい」
ピジョンは懐から透明になった水晶玉を取り出した。分かりやすいよう中央に配置させる。
仁之介は一言断り手に持って四方から眺め見る。そして「もし本当であればよくこんなものを任せたな」と口にする。
「お守りを信じないお年頃なんだよ」
寄ってきた悪魔霊が倒されたところでドロップが手に入る訳でなし。
魔物が集り、魔物ギルドなんて呼ばれるかもしれない。
魔物をテイムしようとする人たちは一斉に止めようとするかもしれない。
そこにピジョンの申し出というわけだ。
ピジョンに渡せばそれこそギルドの信用を落としそうなもの。しかし迷惑をこうむったという名目で罪を押し付ける形ならば問題は無いかも知れない。
言い訳をしようと各方面のプレイヤーから嫌われているピジョンを庇うのはインくらいなもの。
NPCに対して上辺が良くともピジョンに対しては不利でしかない。
「作用であったか。別の国の話しだ。こんな厄介事受け取れるわけなかろう」
こんなもんは割ってしまうに限ると無造作に水晶玉を投げ捨てようとする仁之介。しかし次の言葉で表情が完全に曇っていく。
「レイド級の魔物を手懐けられるかもしれない。といったらどうするかにゃ?」
今までは少しやんちゃな子どもを咎めるような感覚だったのだろう。だが今の発言は明らかに行きすぎたものだ。
今の仁之介は言の葉を間違えようものなら即刻この場にて斬りつける剣幕であった。
「お主は自国すら潰すつもりなのか」
ピジョンはわざとらしく目を瞬いて見せる。
「……なるほど。そういう考えには至らなかったにゃ~。けどどうしようかにゃ~。ここにしか頼れる御仁は」
「白々しい。魔法国家だろうに。儂の所からコネを使い、城主様に届けさせ、王に渡し、封印までこぎつける魂胆なのだろう」
ピジョンの心を覗き込むかのような澄んだ瞳。しばらく目を合わせた後に仁之介は水晶玉を懐へ仕舞いこんだ。
そして家臣に塩を持ってくるよう言いつける。
「意外や意外。引き受けてくれるんだ」
「なに。偶々小娘が落とした水晶玉を拾うてみたら、偶々恐ろしい物の怪を生み出す装置で、近くの魔法国家にあるものだと判明するだけだ。こっちに流れ着いて危なかったと口添えしてな」
これは謝礼の品をふんだくれそうだとほくほくとした笑みを仁之介は浮かべる。
これがばれた時、痛いのはピジョンであって自分ではない。きっとそういう風にも考えているのだろう。
どの道国が何らかの不利益を被ったとしても多くのプレイヤーには何の関係性も無い事だ。
もうやるべきことはやり終えたとピジョンは席を立つ。
「……どこにも属していないのが幸いするとはな。お主の行為は抜け忍も良いところだ」
館に背を向けるピジョン。その後ろ姿に仁之介はぼそりと呟く。家臣から受け取った塩を撒くのだった。
進まんなぁ。
ピジョンの行為って武家屋敷にダイナマイト抱えて主の前で解除したければお願い聞いてって言っているも同然なんだよなぁ。
それどころかギルドシステム全否定。やばいなこの子。サイコさんでももう少し溶け込もうと努力するぞ。




