インの作戦
キットに香る薬草を入れた後、インも回復役として参戦する。フィートの横に並び立つ。
「フィートちゃん行くよ!」
「……うん」
『再生の光』
『付与・怪力』
二つの光がシェーナの体を包み込んだ。優しく、それでいて湧き上がる力。その力をシェーナは思うがままに振りまいた。
首尾も重畳、数分で煮詰まってきたのかようやくミントのにおいが漂い始めた。
「ミミちゃん!」
インの声と共にミミが姿を現した。
「出入り口をふさいで!」
インの命令通り、ミミはその巨体にて自分が入ってきた階段を綺麗さっぱり封鎖した。攻撃に転じることもなくだ。
するとどうだろうか。ミントのにおいは行き場を失いこの場所へ途端に充満していく。数分もかからずにこの場はミントのにおいで埋め尽くされた。
こうなってしまえば震動と匂いで獲物を探知する盲目のアリも標的が分かりにくくなるというもの。
とはいえフェロモンは地面に残る。仲間のにおいは体にも付着している。川という水すら渡れるグンタイであればこれくらい屁でもなかった事であった。
そう、これくらいで済めばの話しであるが。
「ミミちゃん! 『粘液』!」
その言葉にピジョンの体がビクンと跳ねた。その様子にシェーナは「あのピジョンがトラウマ持ち?」と口を滑らせた。
がすぐその真意を自分で体験する破目となる。
ミミの全身から白い液が滲み出てきた。その光景はシェーナの思考を凍結させ、冷や汗を感じさせるものであった。
「…………どうするつもりなの。……止めて」
フィートが懇願するようにインに頼み込む。しかしてその願いは通じない。なんせ相手は。
「インちゃんにそういうのは通じないにゃ~」
「ミミちゃん! 触手でその粘液を飛ばしちゃえ!」
兄共々認める虫魔人であるのだから。
インの指示でミミは粘液を四方八方に飛ばしていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 待ってほんとお願いそういうことは鳥公だけにして! あたしたちは関係ない!」
「…………この空間。どこを見ても地獄の絵巻」
無作為なように見えてその実、目標は地面やアリたちだ。くまなく飛ばされていく粘液に兵士アリは例外なく全身を濡らされる羽目になる。
シェーナたちも被害を被っているが。
「……ハルト。……ごめん、ちょっときついわこの子」
いくらツェルトを何とかする為とはいえ、前置きもなしに粘液を飛ばす普通の女の子はいるだろうか。しかもミミズの白い粘液をだ。
シェーナはそこまで考えた末、そういえばインは普通の女の子ではなかったと思い出す。そして心の中で変人ランキング一位にインを君臨させるのであった。
それは閑話休題。ミミの粘液は無臭である。が、ねちっこくくっつく類ではない為きちんと水としての機能も果たしたようだ。
シャワーを浴びるかのようにアリたちの貼り付いていたフェロモンが落とされていく。
するとどうだろうか。今まで見られなかった現象が起き始める。
「皆さんそこから一歩も動かないでください!」
「もしかしてこれを狙っていた……?」
「自然って怖いよね~。ほんと」
共食いだ。
この場にはミントのにおいが立ち込める。さらに粘液のせいでこの場にいる者のにおいは全て洗い落とされた。今のアリたちにとって仲間を識別する方法は震動しかなくなってしまったのだ。
隊長に助けを求めたアリが一歩踏み出した。するとその振動を元に他のアリたちが襲い掛かる。
それを起点としてまた殺到する。
始まってしまった同士討ち。誰が敵で誰が味方かなど今の彼らには分からない。分かるのは女王アリの事のみ。
みな一様に女王の為に口を、毒針を動かしまくる。その行為が群れを自滅させる事も知らずに。
シェーナはインの顔を見つめている。何を考えているかは分からない。しかし目は見開いている姿は、まるで驚愕しているかのように見えた。
「容赦ないよね~」
「……」
互いに共食いを始めてから数分後、においが戻ったのか我に返るアリ。すぐ近くに摘み上がるのは大量のアリ。何億もいたはずのアリは五匹程度に納まっていた。
もう一度同じ手を使えば女王合わせてニ匹にする事もできただろう。
しかしこれ以上はこちらの方が地の利的に不利になる。ミミのいるところから排出も可能だろうが下から這い出てくる可能性もある。
足裏くらいまで登る粘液を視界にいれ、インは顔を上げた。
「ここからはさっきと同じ手でよろしくお願いします!」
「……よかったー」
「私もこれ以上はきつかったね~」
「それでは散開!」
後衛からインは飛び出すとアンの下へと走る。
「おっとここはあたしが相手だよ」
「正確にはたちだけどね~」
「黙れすべての元凶」
インを食い止めようと残ったアリたちが飛び出した。その間をシェーナとピジョンは割って入る。
「よろしくお願いします!」
インの言葉にシェーナとピジョンはそれぞれ武器を掲げて返して見せた。いくら気持ち悪く見えようがミミの粘液には癒しの作用がある。
共食いを続けている間休めたこともあって、二人の体力は回復していた。
反対にアリは大幅に数を失ってしまった後なうえ、多大な疲れが残っている状況である。
インの目から見なくとも、この勝負の結末は火を見るより明らかであった。
「ようやく真下で見上げることができたよ。アンちゃん」
微笑みを浮かべてインは優しく語り掛ける。
「帰ろうアンちゃん」
インは手を伸ばす。その答えにツェルトは自分の巨体を叩きつけるという形で返した。
「イン!」
「インちゃん!」
インは危うく下敷きになる直前で何とか横に跳んで事なきを得る。しかしツェルトの攻撃の手はやまない。
(落ち着かせなきゃ!)
だが元々攻撃を行わないインにとって隙は重要ではない。当たったとしてダメージが入るかどうかが重要なのだ。
(そうだ、『障魔の灯』)
悪魔霊を狩った時に大量に手に入った『障魔の灯』。自分で持って固定ダメージのような物を受けたから覚えている。インはインベントリからいくつも取りだした。
(次に口を開けたタイミング!)
ツェルトが牙を見せ、口を開けたところを狙いインは『障魔の灯』を投げた。独立した青い炎は弧を描く。そしてぱくりとツェルトの口に入った。
(やった! これで!)
そう思ったのもつかの間、ツェルトの牙はすぐ近くにまで迫る。
今までは巨体であるがゆえに動作が遅く、回避に専念していたからこそギリギリ避けることができた。
しかし今は『障魔の灯』を投げるという行動をとってしまった。速度が未だに初期値のインには避けられない。
その瞬間、インの体が光り出す。否、服のポケットから光が漏れだした。その光はインのポケットから勝手に飛び出しツェルトに体当たり。
威力は相殺したようでお互いの体が反れた。
「ウデちゃん!?」
光が収まると中から現れたのはウデだった。
手を広げたインの上にくるりと回って着地する。振り返り見せた様子は、まるで自分にもやらせてほしいと訴えているかのようであった。
「うん。お願いウデちゃん!」
インはそのままウデを頭の上に乗っけた。そして次も相殺できるように力を溜めるよう指示をする。
「アンちゃん! 私だよ! インだよ!」
再度呼びかけるも効果はなし。ならばと同じ戦法でツェルトの口に『障魔の灯』を投げていった。
その光景をシェーナとピジョン、フィートは残ったアリを食い止めながら見守る。攻撃の手を止めないツェルト。通じずとも主は必死に呼びかけ続ける。
「鳥公。あたし、あのまま戻らなかったらアンを倒していると思う」
「そんなの当たり前じゃにゃいかにゃ~。シェーナちゃんが思っているより、インちゃんは強いよ~。自然の関係、弱肉強食については特にね~」
「……本当にあんた、手伝わないつもり?」
「インちゃんの戦いだからね~。それに」
そっちの方がどんな結末になるのか面白そうだしとピジョンは笑みを浮かべた。心底この状況を楽しんでいるかのような目。
シェーナから見てその笑みは悪魔であった。
人がどんな思いをしているのか考えた事すらない。自分の事しか見ていない自分勝手ともまた違う。
現代ではこういう人種をきっとああ呼称するのだろう。そんな明るい闇を打ち払うようにシェーナは問いかける。
「あんたには人の心が無いの? 人が思いをしているのか考えたこともないの?」
「人が何を考えているかなんて心が読める訳じゃあるまいし分かるわけないね~。それに、私は自分の未知なる好奇心や探求心に従って行動しているんだよ~? 私ほど人間できている人の方が珍しいと思うに~」
「…………もう遅いけど、インを裏切る行為だけは止めときなよ」
「もちろんそのつもりだよ~。怒らせたら怖いし、何より見てて面白いからね~」
ピジョンは純粋無垢な目を晒す。その口から発せられる言葉の節々から感じ取れるのは、本当に友達として接しているのかすら怪しいほど。
「……運営に報告も考えとかないと」
「……二人とも口じゃなくて手を動かして」
だがピジョンの事だ。きっとと嫌な考えが頭をよぎりシェーナは首を振る。そして思考をピジョンから離れさせ、少しでも早く合流するために槍を構えなおした。
「…………嘘」
ツェルトの体力が一割ほど削れた。
これからというところであるがもう既にインはいっぱいいっぱいであった。一撃一撃がウデの溜めた攻撃に匹敵するほどの威力。
いうなれば何度も何度もせき止めたホースの水を発射するような物だ。こちらはその反動がもろ自分にも跳ね返ってきている。ホースの先などボロボロも良いところだろう。
「ミミちゃん! 『バインド』!」
ミミの触手がツェルトを食い止める。しかしそれも長くは持たない。その間ツェルトは力の限り暴れ拘束から強引に抜け出した。
(ウデちゃんを少しでも休ませなきゃっ!)
HPの回復はできるが体力の回復だけは無理。後少しですべての灯を投げられるというのに、その前に限界がかなり近い。
けど目だけは。インはツェルトを視界に捉える。
(兵士が追加で出てこない辺りまだ良心的だけど……)
立ち回りを考えつつ動いていると、ようやくツェルトの体力を八割を切った。後何時間かかるかな。インが頭の中で計算をしていると、更なる苦難が音を鳴らす。
(消えっ――!)
ツェルトの姿が消えた。確かにそこにいたはずなのに。煙に巻かれたかのように。そしてすぐこの現象について思い至る。
「ミミちゃん私を攻撃してぇぇ!」
頼み通りミミは触手インを横薙ぎする。強い衝撃と共にインは吹き飛ばされる。その僅かな瞬間であった。何かが空中に閃いた。
触手だ。ミミの青い触手だ。一呼吸おいて水音を鳴らす。その数秒後に現れたのはツェルトであった。
見えない一撃。インはそれに心当たりがあった。
「『不視の幻影』……その効果は自分の存在を見えなくする。……アンちゃん!」
もう声は届かないのだろうか。遂にツェルトはアビリティまで使用してくるようになった。
そしてそれはツェルト本人だけではない。残ったアリたちも同じアビリティを発動していた。
インが悲しみに暮れる暇もなく、ツェルトの姿が今一度姿を消した。
まだ優しい方




