あと少しの恐怖
「それで作戦なんですけど」
ユークドへと来た時に立ち寄っていた店。そこでインとシェーナ、フィートは作戦会議を開いていた。
シェーナはツェルトと戦った時の経験を。インは現実に実在するグンタイアリについてを説明する。
「脳が無いってそれどこのゾンビ?」
「……ゾンビは……脳あるよ」
「いやそういうことを言っているんじゃないよ。フィート」
脳が無いというのはあくまで比喩だ。本当は限りなく小さいだけ。とはいえ無いとも、限りなく小さいけどあるとも言われている。そうインは訂正する。
しかし決まったロジックを持っているのには変わりない。
盲目であるがゆえにフェロモンなどのにおいで攻撃する。だから大きな存在であるゾウだろうとビビらない。それこそがグンタイアリであると。
そこまでの説明を聞くとシェーナは背中に背を預けた。
「ごめんイン。やっぱりハルトたちの力を借りればよかった」
「借りてきましたよ。智慧ですけど」
むしろ良い情報を貰えたとインはニヤリと笑みを浮かべた。
「恐らくですけど、何とかする方法はあります。その為に一つ、いや二つほど聞いておきたいことがあるんですけど」
インたちが店からでると、町は異常な雰囲気に包まれていた。最初に来た時はそれは活気に溢れていた。なのに今は人がほとんどいない。
ユークドの街並みには現在視認できる範囲では二人しかいない。先ほどいた店以外ではどこも扉や窓が閉まっている。
その光景は正しく、徘徊する化け物から逃げるかのように閉鎖的であった。
「……」
「あたしが告知して回ったんだ。ツェルトが出たって」
呆然と立ち尽くすイン。その後ろからシェーナは真剣な口調で言う。
戦いを邪魔されたくない訳じゃない。とはいえツェルトが元々テイムされた魔物であると誰が予想できるだろうか。あくまでアンに危害を加える者が現れないための措置である。
当然、初めは信じてもらえなかった。しかしそのすぐ後に神殿から出てきた何人かの冒険者も見たと証言したらしい。
気のせいならいい。けれど本当に現れようものなら一大事である。すぐにツェルトが現れたことが知れ渡っていったとの事。
これしかできることが無かったからと、シェーナは乾いた笑みで笑った。
「あの鳥公逃がしてんじゃねぇよ!」
神殿第三層。そこにアンデッドはいなかった。いたのはインが見たことのある地獄の一端。グンタイアリであった。
恐らく兵士かそれとも斥候か。グンタイという名前の割には少なすぎる一匹。それがもう神殿内部にまで登って来ていた。
一匹とはいえその攻撃力は脅威である。もしインが噛まれようものなら即ユークドへと逆戻りになる事だろう。
ここは戦闘に特化しているあたしが行くべきと、シェーナは率先して飛び出した。スキル無しとはいえ槍の猛攻。兵士アリをものの一分足らずで倒しきる。
「ふぅ、あの時とはやっぱ違うなぁ」
改めて成長を実感するかのように、シェーナは槍を無駄にぶん回す。その姿はどこか自分を鼓舞しているようにも見えた。
「ありがとうございます。けどここからは――」
「……油断禁物」
その言葉に「分かってる」とシェーナは返した。これはただの兵士にすぎないのだと。本当は三体一位に追い込まれてしまうのだと。
シェーナは精神統一のためかいったん目を閉じると、「よしっ!」と声を上げた。
その後も何度かグンタイアリの兵士と遭遇する。シェーナが駆け抜け、フィートが支援。微弱ながらウデも倒すのに貢献していく。
順調すぎるほどイン達はアリを倒していき、遂に四層へと到達する。されどまだまだ四層。消耗はかなり激しい。もう既にインたちは肩で呼吸をしていた。
そしてここには奴がいる。そう、フェイクネクロマンサーだ。今この状態で相手しようものならかなりの苦戦を強いられることだろう。
しかしインたちが倒す必要はなかった。なんせ既に、フェイクネクロマンサーには見る影もなかったのだから。
ぐちゃぐちゃと貪るような咀嚼音。松明に照らされた先にいたのは今までと同じ兵士アリだった。
ハサミを何度も突き立てる。その先にいたのは崩れ落ちたフェイクネクロマンサーであった。
もう何回も食べられてしまった後なのだろう。少なくともゾンビという体裁を立てていた原形は見る影もない。
それなのにいつまでも群がる兵士アリ。何回も口を突き立てては残った肉を食らう。その光景は異常、いや食物連鎖を表したかのような光景であった。
とはいえ安全フィルターが掛かっている。イン達の目には焼き上がった豚肉を丸々食べるような、もっともっと非常にマイルドすぎる物に置き換えられている。
なので正気度をチェックするような光景ではなかった。
(巣にえさを持って帰ろうとしない? ……ならどうしよう)
グンタイアリという個体がここにいる以上、フェイクネクロマンサーが現れることはない。そしてインたち一行が足を踏み入れる。とんと足音が部屋中に響き渡る。
一心不乱に肉を食べていた兵士アリが制止する。ハサミを止めたかと思うと、次なる獲物へと一斉に振り向いた。
(確か量を食べようとするんだよね。そして好きな味と嫌いな味。どちらかを食べるとき、嫌いな方の量よりも好きな味を取るっていう仮説があったような……)
「……ホラー映画にありがちなワンシーン」
「……シェーナ、怖い」
一つの獲物に群がる何十もの個体。怖気づいたようにシェーナは半歩下がる。フィートもそんなシェーナの手に飛びついた。
(グンタイアリにあれが効くかは分からないけど……)
「だ、大丈夫だから」
「それじゃあシェーナさん、フィートちゃん! これ持って走りますよ!」
そう言うとインは全力ダッシュ。インベントリに手を突っ込んだかと思うと、取り出したのは香る薬草であった。
グラスウルフがいた近辺に群生する香る薬草。まだ残っていた奴だ。インはそれをシェーナとフィートのいる近くへ束にして放り投げた。
「これ意味あんの!?」
「分からないですけど、アリはミントのにおいを嫌がりますから」
とはいええさを発見してから橋を架けるグンタイアリの事だ。どうなるかは分からない。
半信半疑の様子であるが、信じてみる価値はあるのかもしれない。シェーナとフィートは香る薬草を手に取ると、同じように走り出す。
あくまでこれは気休め程度。効果があるかまでは保証できない。振動でも察知できるアリはそっと何かを窺うように触角を動かした。
「――遅すぎ!」
先に走り出したはずなのにも関わらず圧倒的な速度の無さ。このままだと絶対に遅れるだろうとシェーナはインを抱え上げた。
対して兵士アリの方はといえばもう行動をし始めている。フィートはもう安全圏だ。しかしシェーナとインはまだ兵士アリから逃げきれていない。
着々と距離を詰められていく。それはひとつの恐怖でもあった。追いつかれればまたやられるかもしれない恐怖。
それがシェーナの歩幅を自然と長くした。そして兵士アリに追いつかれる手前。インは香る薬草をぶつけた。
それが功を制したのだろう。兵士アリの足が一瞬止まる。その一瞬を狙いシェーナはインを抱えたまま暗い道から抜け出した。
「危うくアリがトラウマになる所だった……。いやもう手遅れ」
「そうですか? ほとんど人間と変わらない雑食なのに。脳がほとんどないのに社会的行動をとれるって生命の神秘というべきか、闇の部分というべきか。人間にはない能力や見た目はかっこいいし、可愛いと思うんですけどね」
「ハルト。アタシ同情する」
もう叫ぶ気力もない。そんな様子でシェーナは口を引きつらせる。
そう、本当の地獄はここからであるという事を。
「もう嫌」
「……なんであんなこと言ったのシェーナ」
青白く明滅を繰り返す壁のある部屋。
最初は目を奪われてしまうものであった。しかし今は目を背けてしまいたくなる光景であった。
えさを捜す部隊を先行させているという事はもちろんいるだろう。先ほどいた数とは比べ物にならないほどのアリの数。その光景は正しくグンタイであった。
「まだイン? 作戦は」
ついなのか、もう取り繕うような元気もないのか。シェーナはインという名前を口にする。
「えっと、できるなら階段までの小部屋ぐらい距離があれば」
「そこまで!? ……ああもう、そんくらいやってやる!」
そう言い突貫を覚悟するかの如く槍を構えるシェーナ。しかしアリからすればそんなの関係ない。部屋にいる多くのアリが飛び出した。
「しゃがんでっ!」
風のように聞こえてきた言葉。その声にイン達は聞き覚えがあった。だからこそ言う通りしゃがみ込んだ。
途端に入り込んできたのは数十を超える風の刃。不意打ちに放たれたそれは、幾重にもアリの体は傷つけていく。だが倒すには至らない。
迅の如く入り込んできた刃。怯んでいった先からアリたちを刻んで光にへと変えていった。
「ど、どうも~。ご、ごほっ! ごほっ!」
「……」
「……鳥公」
「……」
現れたピジョンの姿は見るも無残であった。体の節々が立っているのもやっとな位、それこそ地震のように揺れている。
頭からは竜の如く怒号をあげる滝のように汗が流れ落ちる。いつもの笑顔は無理をしているのがバレバレであった。
過呼吸気味に荒い。その姿は普段のピジョンとは思えないほど弱っていた。
気さくに手を上げたピジョンはその場に崩れ落ちる。ナイフはからんと乾いた音を響かせた。
しかし駆け寄るものはいない。
「助かった。じゃ」
シェーナはそれだけ言うと先を急ぐ。フィートも同様だ。ただ真顔で一見するとシェーナの後ろ姿を追っていく。
「……」
「……待って……インちゃん」
「…………じゃあね。ピジョンちゃん」
インはそれだけ言葉をかけると、特に何かするわけもなく歩いていく。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。数歩歩いたところでインは立ち止まり魔石を握る。
「……ミミちゃん」
いきなりピジョンの体が浮かび上がった。いきなりの事だからかかなり困惑した表情でピジョンは落ちたナイフを握る。
しかしその刃を振るうことは無い。ピジョンを持ち上げているのはウデだからだ。インのいる方へ運ばれていく。
「許さないけど……特別だよ」
「……ちょっとごめんなさい! インちゃんほんとに謝るから~! ごめん許して~! だからそれ以外でお願いできないかにゃ~!」
「天国だよ? 口も聞きたくないけど頑張ってくれたから。もう口も聞きたくないけど! 顔も見たくないけど!」
「猛省します! これからは本当に心を入れ替えます! だから本当にそれだけは――!」
目の前にいる存在に全力で抵抗しようとするピジョン。しかしその気力はもう既に残ってなかった。着々と大口を開け、白い粘液を滴らせるミミの下へ運ばれていく。
そして――ピジョンの視界は黒く染まっていった。
実際ミミの方が回復できるという……。




