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ツェルトについて

 

 ログアウトにて退出。インこと杏子は自分の部屋にて目を覚ます。外はすっかりオレンジ色へと染まっておりにわかにカラスが鳴いていそうだ。

 同じく夕飯を嗅ぎつけたかのようにファイ事ほむらも目を覚ます。頭から被ったVRを外し、近くにある自分のイスに置く。そして「んん~!」と腕を上げた。


「後は火魔法のアビリティを…………」


 この後やるべき事の確認作業をしているのであろう。杏子には現状分からない事を呟いている。

 知らない事を開拓していくのが楽しくてしょうがないのだろう。忙しそうながらもその顔は活気に満ち溢れていた。

 そして共感を求めるように杏子に目を向けてくる。


「何事もお腹が減ってはって奴だよね! ……おねぇ?」


「ん? なにほむら」


 浮かない顔つきでいた杏子は反応が遅れてしまった。慌てて笑顔を作るもほむらは心配そうな顔つきである。


「何かあったの? いつものはもっとこう、山たまに見かける幻の虫を夕暮れ時になってようやく見つけた少年のような顔だから」


「そりゃ虫ちゃんがいたら誰だって笑顔になるよ!」


「という事は今のおねぇは虫がいなくなった?」


 何ともほむらの例えは的確であったようだ。喉に息が詰まったか様子のインはそっと笑顔を崩した。手元で指を弄び、「これは私の問題だから」と立ち上がる。


「うーん。分かった。けど何かあったら力になるよ!」


 そう言い残すとほむらは悠斗の言葉で下へ向かって行った。




 いつもの自分なりにアレンジした美味しい食事。けれどもご飯は喉を通らない。グラタンに紅茶を混ぜた物体が乗ったスプーンを杏子は感情なく視界に入れていた。


「おねぇが初めて人の味覚を持った!」


 ほむらは口に手をやり驚く。手に持ったタバスコが滝のようになっているスプーンが震えている。


「いや多分。紅茶とミルクが混じった物が混ざったところでミルクティーにはならない事を初めて知った顔じゃないか?」


 言いながらも普段と違う杏子の様子。悠斗も含めて酷い言われようであった。時計の針が回っていき、それに比例して二人の皿に底が見えてくる。


「杏子、俺達は食べないからな」


「私もそれだけは遠慮するよ」


 もうどうやったって辛くはなりそうにないからと続けて断るほむら。対して悠斗はいやそうじゃないだろと呆れた表情だ。


「プレイヤー間で何かあったの?」


「えっ!? いや、うん、えっと、ないよ!」


 杏子は図星を突かれたかのようにあたふたした後、すぐにスプーンを自分の口に運んだ。


「あったみたいだな。どうした? 何かあったのか?」


 いつもの優しく親身になって聞いてくれるほむらと悠斗。スプーンを置いているところを見るに、茶化すような気は一切ないようだ。

 インもつい流されて言葉にしようとしたところでフィートの言葉を思い出し止まる。社会性を持つアリのように助け合ってもいいと言ったはいい物のこのざまである。

 結局ほむらも悠斗もこれ以上口をはさむこと無く食事は終わっていった。




「おねぇ、久しぶりに一緒に入ろうよ!」


「久しぶりって……一昨日も」


「いいからいいから!」


 ほむらは有無を言わさぬ様子でインの背中を押していく。服を脱ぎ、体を洗い、湯船につかる。

 ちゃぷんとお湯が跳ねた。背中合わせの静かな空間。何も言わず静かな杏子。その様子を断ち切るようにほむらは言葉を紡ぐ。


「聞いて聞いておねぇ! 火魔法はやっぱり汎用性が高いんだよ!」


「……そうなんだ。火の檻に閉じ込めても近づいてくる化け物の対処でも達成できたの?」


「あーそっちはまだかなぁ。最近は火球を小さくしたり、物体を形にして動くように指示したりって感じ」


「指示……」


「そうそう! 火と相性の悪い海龍を今日ようやく討伐できたんだよ! あいつ火が弱点の癖に海に潜るからなかなか効かなくってさ!」


 ここまで自信たっぷりだったほむらはそこまで行って照れ臭そうに頬を掻く。


「一人じゃできなかったんだけどね……。今度は一人で挑戦する!」


「ひとり……」


「本当はさ。仲間に頼っちゃいけないなんてことは無いんだけどね。それでも譲れないプライドというか」


 やられても現実じゃないからほんとには死亡しない。そういう理論でほむらは何度も挑戦しているようだ。

 仲間。自分の不注意で杏子はアンを守れなかった。映像作品のように脳裏によぎる光景に杏子は膝に自分の顔を埋めた。


「仲間って良いよね。プレイヤーの中にはその仲間に危害を加える奴もいる。そういうのって許せないよね」


「ほむら」


「何かあったのおねぇ。話すだけ話してみるのも手だよ?」


 ここで誤魔化す方法を取るのは簡単だ。杏子はまたも断ろうとする。そんな杏子にほむらは後ろから首に腕を回してくる。

 ピジョン事、九重葵を思い出させるような行動。そしてその温もりはどこか葵と一緒であった。


 きっと笑っているのだろう。揶揄っているのだろう。ふざけているのだろう。いつもの葵の表情が鮮明に脳裏に描かれた。

 思わず振りほどこうとした杏子であったが、その腕が動くことは無かった。


 ほむらは心底心配そうな表情をしていたからだ。杏子には分かっている。

 ほむらが葵のような冗談を言う事は現実に置いてかなり苦手であると。そして何より自分に対してそんな行動をとった事はあまりに無いと。


 このまま俯いていられる方が二人にとって辛いのではないか。


 隠し事があるのはみんな同じである。踏み込まない方が良いのはもちろんある事だろう。とはいえ相談くらいはして良いのかもしれない。

 杏子は何時ものように口角を上げ、「お風呂から出たら」と答えると、渓流のようにお湯を流した。




「正体を現したね!」


「やっと尻尾を出したか」


 風呂から出た後、着替えの準備を終えた杏子。スマホを見ていた悠斗に聞いてもらうよう頼み込む。そして二人にさっき起こったことを口にした。

 その反応がこれだ。悠斗はゆっくりとスマホを置いて「今日は早く出るか」と続けた。ほむらに至っては戦闘準備を行うかのように現実内で首を動かしている。


「あいつ人様の妹弄びやがって今日という今日は許さねぇ」


「おねぇ待ってて。今仲間達を引きつれるから」


 もはやこれから戦争を起こすのではないかという気迫である。両親が海外で今まで三人でやってきたからだろう。三人の結束は人一倍強く固まっていた。


 しかしこれではいつものように二人が何とかしてしまうのであろう。例えツェルトと化したアンであろうとそれこそいつものように。ただの魔物として倒す。

 そしてすぐに葵に喧嘩を売りに行く事だろう。勝敗は別として。


 これではフィートの言うように守られてばかりである。海底の奥底に沈んでいた決意。いつものように優しい兄妹。

 その優しさにまた溺れてしまっていいのだろうか。果ても見えない暗闇の先へ進んでいってしまっていいのだろうか。


 そうじゃないだろうと、杏子は頬を叩く。

 葵と一緒にいてきたのは結局のところ自分が原因である。何度もほむらと悠斗は警告を促してきていた。それを破ってまで付き合いを続けたのは自分の方だ。


 それに今回ばかりは自分の仲間であるアンがらみだ。主である自分がしゃんとしなくてはどうするのか。

 今杏子は海底火山を彷彿とさせるかのように噴火させる。


「違うの! 今回は私達の手でやりたいの」


「仲間はいるのか?」


 いると杏子は前置きを置いて今いる人と虫たちを羅列していく。さらに今回相手であるアン、ツェルトの名を出したところで二人は驚愕に染まる。


「なんで杏子がその名前を!?」


「おねぇが口にするという事は本当にいるようだね。ツェルト」


 今度は杏子の方が驚愕する番であった。トッププレイヤーである二人が驚くほどの魔物である。そんなに恐るべき相手であるのか。

 ほむらと悠斗が目と目で会話をする。そして神妙な面持ちで互いに頷き合った。


「おねぇ……あのね」


 そうほむらが前置きを置くと後は悠斗が引き継ぐ。


「あいつはイベント期間限定のレイドだったんだ。それこそ全プレイヤーが手を振ってそれぞれのチームで挑んだといっても過言じゃない。だがあいつは」


「ひとりも攻撃が届かなかったんだよ。他にアリを召喚してね。そのアリたちもすっごく強かったの」


「ゲーム最初期という事もあってな。プレイヤー達が無理ゲーだろこれって事で、初めて全プレイヤーが手を組んで挑んだっていう相手。まだ存在していたのかよ」


 隊長格の一匹を担当したのは未だに覚えていると感慨深げに喋るほむら。あれのせいで運営何考えていんだよって事で離れていく人も多かったある意味伝説と化したレイドボス。そう悠斗も語る。


「なんかすごいんだね」


 最恐とも恐れられる軍隊アリ。ゲームでもその強さは健在なのだろうと杏子は頷く。


「すごいってものじゃないけどな。俺らが知っているのはせいぜい殺虫剤系は効かないってとこだな」


「あいつら図体がデカいから爆発も効かなかったんだよね」


「森だから見晴らしも悪かったし。徘徊するだけで倒さなくても良いと知った時は運営を――」


「待って! 森?」


 探るように杏子は答えを聞き返す。悠斗とほむらは二人して森だったと返した。

 杏子の中に一つの突破口が見える。遠目で見る星の輝きよりもさらに小さなひとつの希望。しかしその光明を逃してはなる物かと杏子は行動する。


(こうしちゃいられない!)


 アンだってきっと寂しい思いをしているのかもしれない。きっといきなり進化して主の事も分からなくなって心細いはずだ。


「お兄ちゃん! ほむら! 行ってくる!」


 杏子はそう言うと勢いよく階段を駆け上っていく。部屋に入ると普段以上の速さでVRギアを被りゲームの世界へと旅立った。大事な仲間を助けるために。


 杏子が過ぎ去った後、部屋のドアから覗くように顔を出したのはほむらと悠斗だ。

 最初こそは暗かったが、今の杏子の様子なら大丈夫そうだと。むしろからげんきをしなければいいけどなとそれぞれ苦笑する。


「そういえばあにぃ。いくら妹とはいえ勝手に女子部屋を覗くのはどうかと思うよ!」


「ほむらももうそんなこと言うようになったか。それじゃ」


「また後でね。それと」


 はいはい今出ていきますよと、そそくさと退散する悠斗。ほむらも手を振ってドアを閉めた。

 そして振り返った二人の表情はどこか、兄妹でありながら戦友のような雰囲気を醸し出していた。


 優しさは時に毒へと変わる。

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