安眠の水晶玉
「『再生の光』っと」
「慣れてきたみたいだね~」
「そりゃあもう何十回もあっているからね」
インはたった今出てきた悪魔霊を『光魔法:再生の光』で消滅させる。もう手慣れてしまった様子だ。
ここまでなってしまっているのには理由があった。それはここら一帯には悪魔霊しか出てこないといった理由だ。出てきたら出てきたで既にイン達の敵ではなかったのも一枚噛んでいる。三十六匹目までは悪魔霊の存在に怖がっていたイン。しかしピジョンのアドバイスで簡単に倒せるようになってからは、心の平穏をすっかりと取り戻したようだ。
むしろもう少し出てくればいいのにとインは不満を漏らしていた。対してピジョンはあくび交じりに「あああっちでなんかやっているにゃ~」と口にする。
ちなみに今のインの姿は黄色の魔法少女姿だ。こっちの方が自動的にMPを回復できるので連発がしやすい。
「あっそこ右ね~」
「覚えているの?」
「頭の中にね~」
ピジョンは頭を指で小突く。そして偶々壁からにゅるりと現れた悪魔霊。その一秒後には霞のように霧散する。その扱いたるや劇の最中に間違えて入ってしまった新人のようである。
「アンちゃん、ウデちゃん。お腹減ってない?」
「もう完全にピクニック気分になっているにゃ~」
魔物の肉の素材を二匹に食べさせるイン。霊とはいえ悪魔が蔓延る名もなき遺跡。のほほんとした雰囲気を纏い虫を頭に乗せた少女。平和だにゃ~と再び瞬殺される悪魔霊にピジョンは苦笑を溢した。
「魔石は……八個! 結構溜まってたんだね!」
「こっちは一個だにゃ~。流石の幸運値だね~」
ピジョンの案内通りに進んで約20分くらいたった頃だろうか。ある程度倒したところでインはインベントリを開いた。
魔石以外にも『障魔の灯』『悪鬼の鎌』なるアイテムが入っている。試しに『障魔の灯』をインは取り出した。
「綺麗な青い炎」
『障魔の灯』は青い炎であった。インの手の平で燃え盛っている。不思議と熱さは全く感じない。両手で転がしてみれば自由に動く。
不思議とインは花火を始めて見た子どものように瞳を輝かせた。そのすぐ後ろから忍び寄る魔の手が一つ。
「そうだにゃ~。まるで悪魔霊の怨念みたいだにゃ~?」
「ひゃあ!?」
「にゃはは、ウソウソ。けどそれ持ってるだけで毒になるからにゃ~」
悪魔よりも悪魔な囁きに跳びあがるイン。そしてにわかにステータスを開くと、ピジョンのいうようにHPバーの緑を赤が徐々に進軍していた。綺麗なとげにはやはり毒がある。インは『障魔の灯』を持ち物に投げ捨てた。
「じゃあこの『悪鬼の鎌』って?」
「市場でも中々出回らない奴だよ~」
「という事は――」
「その代わりインちゃんの筋力じゃ絶対に持ちあがらないけどにゃ~」
幽鬼のような半透明な『悪鬼の鎌』。見た目はものすごく軽そうである。反して重さは昔兄の部屋に置いてあったダンベル級だ。掃除の時にどかそうとして思わず足を打ったのをインは思い出す。物理的に痛い思い出だ。
遺跡を進んでいると分かれ道が多くなる。ピジョンの言うように右、左と進んでいく。三方向、四方向と別れていこうが全くの関係なし。いつしか螺旋階段が見えてきた。
上層へと繋がっているのだろうか。なら上がる必要はないだろう。しかしピジョンは当たり前のように階段を上り始めている。
(そっちは出口だよね……)
「どうしたの~インちゃん?」
「ううん」
この階段はどこへ繋がっているのだろうか。もしかしてまたゾンビやアンデッドが出て来るのだろうか。インの心が不安の色で染め上げられる。しかしそれは悪魔霊が出て来るという形で払拭された。
では本当にどこへ繋がっているのだろうか。もう大体歩いてきたはずである。なのに階段はまだ続く。そろそろ地上へ出て来るのではないか、そう考えてしまうほどである。
「見えてきたよ~」
階段の上から見えたのは光であった。再び地上なのではと危惧するインをよそに、ピジョンは一気に駆け上がる。
(まだ魔石集まってないのに)
同じように上ると、最初に見えたのはボロボロの建物だった。光だと思っていたのは何か透明な水晶。地底湖のような静かに輝く水晶。それが天井から突き出す形で生えていた。それは天井から咲く花とでもいったところだろうか。
「すごい……」
言葉を失うイン。それほどの魅力がこの場所には詰まっていた。いたずらが成功したような笑みを浮かべたピジョンは「感激するのはまだまだだにゃ~」と建物へ進んでいく。
「ここってどこなの?」
「多分教会だと思うにゃ~」
ていとピジョンはドアを蹴り飛ばす。老朽化が進行していたのかドアは簡単に倒れていく。
「教会なんだよねピジョンちゃん!?」
「次来た時は治っているから大丈夫にゃ~」
ケロッとした声のピジョン。神様からの罰は怖くないのだろうか。インはその後ろを謝りながらついていく。
正面入り口は礼拝堂のようだ。ただここもかなり老朽化が酷い。イスや机なんて座ったら壊れるのではないかと思うほどには見る影もない。
ガタンという音が響いたかと思うと天井裏からネズミが飛び出した。同じようにいきなりの物音にしゃがみ込むイン。すると頭の上のアンがこれならとでも言いたげにネズミへと飛び掛かっていった。
「王女アリ……。フム、インちゃん達ちょっと来てくれないかにゃ?」
何か意味深な表情をするピジョン。
「フィートさん達は?」
「この場所を知っているから大丈夫だと思うにゃ~。これなかったら……お笑いものだね~」
そう前置きを入れてピジョンが言うには、最初の分かれ道だけはどっちを進んでも正解なのだとか。進むべき道は違えどやがてここに辿り着くらしい。さらに現在プレイヤーがいないのは結構運が良い事なんだとか。
(最初以外がアウトだったんだね)
こういった情報に関してだけは信用できる。インが頷いていると、どうやら到着したようだ。ピジョンが部屋の前で立ち止まる。
「ここに何かあるの?」
「とっておきのアイテムにならない物がね~」
ピジョンが扉をあけ放つとそこは小部屋だった。
魔を孕んだかのような紫の水晶玉。それが宝物かなんかのように中央に置かれていた。他に余計な物は一切ない。必要最低限の殺風景な光景が広がっていた。
「見ててね~インちゃん」
人差し指をインに押し当てるピジョン。その時、悪魔霊が一匹壁からにわかに姿を現した。
「まぁ大人しく見ててにゃ~」
事前にインの首に腕を回し抱き着く形で『再生の光』を止めるピジョン。別段それでも『再生の光』は撃てるのだが、ここはピジョンの言う通りにインは何もしないで眺める。するとどういう事か。まるで魅了されたかのように近づいていく悪魔霊。そして触れたかと思うと一瞬にして消えていった。
「なんで?」
「さぁてね~。けど私達の中では『安眠の水晶』って呼ばれているにゃ~」
アンデッド系が触れると一瞬にして消える。その様がこの世の未練を断ち切り成仏していくようである。そこからつけられた『安眠の水晶』。もう一匹別の個体が現れたかと思うと、すぐに後を追っていく形で消えてしまった。
「けどその割にはなんか毒々しい色だね。もっとこう新鮮な青だぁ! みたいな感じだと」
「にゃはは、インちゃんらしいね。それについても仮説はあるんだけどね。実はアンデッドにとって綺麗な色がこれとか。アンデッドの魔力と近しい形がこの色なんだとかね。けど私はアンデッドの闇を吸っている説も捨てがたい。絶望感があっていいよね~」
心配そうな顔つきで水晶を眺めるイン。ピジョン曰はく生者には反応しないらしい。ならとインは試しに触ってみる。
冷たかった。水晶はどこまでもどこまでも、それこそ冷凍庫のアイスよりも冷たかった。腕の血管を巡り心臓すら凍てついてしまいそうになるほど。
そして何かが宿っていそうだとインは直感する。ふと顔を上げてみるも、悪魔霊すらいない。いるのはピジョンとアンとウデ。そして水晶玉だけ。けれど何かがいるような、言いようのない得体のしれない感覚にインは包まれる。
「そうなんだぁ。水晶の心を浄化できる道具も作ってあげればよかったのに」
体を震わせインはぽつりと呟いた。
「インちゃんらしいにゃ~」
不思議な不思議な水晶玉。ピジョンが見せたかったのはこれの事だったようだ。そしてこれ以上ここには何もないらしい。
「じゃあなんでここに?」
「ここって悪魔霊がもっとも集まる最高効率場所なんだにゃ~」
そう言うと、ピジョンは一足先に駆け出して行く。そうなんだとインもついていこうとし、立ち止まる。
「……アンちゃん?」
その場からアンは動こうとしない。先輩どうしたんすかとでも言いたげにウデが触肢で叩く。だがしかし心ここにあらずといった感じにアンは微動だにしない。そして地を蹴ったかと思うと、紫水晶玉へハサミを伸ばした
「アンちゃん!?」
途端に紫水晶玉から不穏なオーラが解き放たれた。すべて、すべて、今まで貯えてきた瘴気を吐き出すかのように水晶の色が透明になっていく。そして、
ゲリラ豪雨の如き風がインとウデを壁に叩きつけた。
禍々しい嵐が巻き起こる。その台風の目はアンだ。周囲へと霧散しそうな邪悪なオーラを今、アンは一身で吸収した。
「何が起きたの~!?」
「ピジョンちゃん! アンちゃんが! アンちゃんが!」
緊急事態を察したのか戻ってくるピジョン。インの指さす方向、そこには何かに包まれた存在がいた。ちりやほこりが舞い上がる。そして一気に――力が解き放たれた。
短い期間に連発された爆風は教会をも吹き飛ばす。水晶が花のように咲く場所まで吹き飛ばされた先。地面に思いきり叩きつけられたインが目にしたのは二つの触角だった。
血に染まったかのようなどす黒く真っ赤な体。小さな目は何を見ているのか分からない。ただ天を見上げ悲しそうに真っ黒なハサミを動かすだけだ。
「……言い伝えって本当に当たるものだにゃ~」
「なにピジョンちゃん!? 何をしたの!? ねぇ何をしたの!? 答えてよ!」
「ひとりの冒険者は偶然にもSPを落とす魔物を見つけました。これはラッキーだと斬りかかった瞬間、何かとてつもない化け物に変貌しましたって話し。確か強者は弱者をいつまでも見下していると、いつか思わぬやり返しが来るぞっていう教訓だったはず」
「そんな話しをしているんじゃないよ! 何をしたのって聞いているの!」
ピジョンの両肩を掴みインは力のままに揺さぶった。
「いや~背景絵がどこか寂れた教会っぽかったから……つい?」
「流石の私にも限界はあるんだよ、ピジョンちゃん」
インの目が虚ろへと変わっていく。声は既に感情を失っている。自分のかけがえのない大事な仲間を実験にされた。それも相談なんてものは一切なく。インの中にあったのは絶望と喪失感だった。
自分だけでもと信じていたピジョンに裏切られた絶望。そして信じたがゆえにアンを危険な目に合わせてしまった喪失感。果てしないほどの怒りがマグマを凌駕する勢いでインの中で煮えたぎっていた。
「もしアンちゃんに何かあったら絶交するから。顔も見ないし口も利かない」
ここまで来てようやく自分が大それたことをしでかしたのに気づいたようだ。ハット瞳を開くピジョン。目を泳がせることなく、いつものふざけた口を開くこともなく、ただ一言「……ごめん」と頭を地面につけた。
「許さない。絶対に」
そう答えたインにはやはり感情というものが失われていた。顔は既に別の方向へと向かれている。
呪詛だけ向けられたピジョンは息を詰まらせる。お互い険悪な空気でも状況は刻一刻と最悪な方向へと刻んでいく。
巨体になったアンが教会を突き破り外に出てきたのだ。
「蟻妖・ツェルト。……その力はレイド級」
ピジョンは今のアンをそう呼称した。恐らく進化したのだろう。だがその迫力はあからさまに味方へ向けられるような物ではない。そしてツェルトを見て、インは全く別の呼び名でアンを表した。
「軍隊……アリ」
アンはナスのように大きな尾部を膨らませる。緊張が二人を包んだ。膨らんだ尾部が一気に急降下したすると、何万もの卵が落とされた。
卵は一瞬にしてヒビが入る。そして這い出るように出てきたのは自分と同じ個体のアリ。その数優に十万は越えていた。
地獄の業火よりも真っ赤な真っ赤な地獄の大軍。その内の隊長格と思しき何匹かが同じようにハサミを鳴らした。
「……」
「アンちゃん! 私だよ! においが分からないの?!」
インの訴えはどこへやら、津波のような勢いで何万ものアリが押し寄せた。




