VSフェイクネクロマンサー
コツコツっと闇に包まれた部屋に、六つの足音が響く。一歩、一歩と少し進んだぐらいからだろうか。
部屋の隅。四つの柱に付けられた松明たちが、統率された軍隊のように青白く輝いた。本当に何かの人魂なのか、冷たく燃えているのに部屋は全く照らされない。
連鎖するように、夜の帳のような静寂が消えうせた。
パラパラと天井から塵の雨が木霊する。足からは途切れ途切れに地響きが訴える。
「離れるよ!」
「……うん」
シェーナとフィートが踵を反して、中心から離れていく。インも何かあるのだろうと、二人に従い走る。
そしてイン達はそれぞれ武器を構えた。前衛にシェーナとアン。後衛にサポートのインとフィート。ウルとウデは主の近くといった立ち位置だ。シェーナは顔を動かさない。どこから現れるのか分かっているのだろう。
揺れの感覚が大きくなる。インは負けないように膝に力を込め、よろめきそうになるのを必死に耐える。遂に何か衝撃音が波状のように迸った。
「来た! フィートはいつもの! 二号ちゃんは『再生の光』を全員に!」
シェーナの指示にフィートは呪文を詠唱し始めた。丸い光の玉が五つほど浮かび上がる。フィートを中心とした光の玉の一つは、シェーナの近くまで飛来する。ぐるりと彼女を囲い込むように飛び回った光は、ゆらゆら揺れ動きながら大きく部屋を照らした。
インもフィートに続く。『再生の光』を、ピジョンとアン以外のすべてを対象に発動する。暖かな安らぎが、無差別に広がっていく。暗闇でも誰がどこにいるのかを示すように広まった兆しは、部屋の中央に位置する存在を映し出した。
それはマッチョであった。節々から感じ取れるボディービルダーのように脈動する筋肉。3メートルはある壁のように聳え立つ一匹のゾンビ、フェイクネクロマンシーであった。
インにとっては測らずとも、『再生の光』を受ける対象になってしまったからだろう。フライパンで油を敷かずに焼きすぎるかの如く、焦げた音が聞こえる。
「良しっ! それじゃ一番乗り頂くよ!」
ボクサーのように片足で軽く跳ねたかと思えば、次の瞬間にシェーナはゾンビに肉薄していた。まるでムチか何かのようにしなやかに、それでいて小さくとも巨大な布を貫く針のように、シェーナは見るからに強そうな赤い槍を振るっていく。
一点にだけ集中して訪れる斬撃の嵐。フェイクネクロマンシーにそれを何とかするだけの速度はない。瞬く間に足を削られていく。
「シェーナ……。来てる」
だが黙ってやられるフェイクネクロマンシーではなかった。その威圧感たっぷりの手を伸ばしシェーナを掴み掛らんと迫る。
数センチ。
槍で猛攻をしているシェーナも、恐らく気付いているのだろう。気づいた上で、槍は制御を失った機械のように止まらない。
いや止めれないのだろうか。無理やりにでも乱舞を続けるシェーナ。その状況下の中で彼女は呟いた。「本当に『調教』も視野に入れようかな」と。
直後、鋭い空気の破裂音が走る。何が起こったか分からないのだろうか、フェイクネクロマンシーの口から嗚咽が漏れる。
そしてその正体は、明かりの元白銀に輝いた。もちろんアンだ。忍びか何かのように、光を影にして闇に溶け込んだのだ。
ハンマーで殴られたかの如き力強さと重さが、フェイクネクロマンシーの腕へと牙をむく。結果として、大振りに空ぶってしまったのだろう。柔道で受け身を取るときのように勢いそのまま一回転。フェイクネクロマンシーが転倒する。
「アンのような敵が出てきたら、それはそれで面白そう!」
シェーナはその言葉を最後に槍を振り上げ、フェイクネクロマンシーの足を斬り落とした。転倒する際にずっと斬られていた足を軸にして回ったせいで、余計な負荷がかかっていたのだ。それがねじれ、切断という形で影響が表れてしまっていた。
チャンスとばかりにイン達は一斉に攻撃を仕掛けていく。『再生の光』。フィートの繰り出す浄化の蒼い炎に、シェーナの槍の猛攻。
転倒から数秒とかからずHPが削れていき半分を過ぎたくらいだろうか。フェイクネクロマンシーは駄々っ子のように腕を振り下ろす。何度も何度も、地面のアリを潰さんとばかりに、力任せな一撃を連打する。
「シェーナさんは後衛に下がってください! 後は遠距離から確実に」
「いやあいつは――」
「シェーナちゃんは口が滑りやすいようだにゃ~」
後方から何かがシェーナ目がけて飛翔する。その攻撃にインは見覚えがあった。何度も見てきたピジョンの風魔法、『風刃』だ。「危なっ!」とシェーナはその場でしゃがむ。そのまま行き場を無くした『風刃』は、フェイクネクロマンシーに突き刺さる形で霧散していった。
「鳥公! お前何のつもりだ! 流石にこれはキレんぞ!」
「初見の者がいるからね~。それともシェーナちゃんは攻略本を見た後にゲームするタイプ~? 意外とビビり~? あっ、そういやビビりだったね~」
「あのメスマジで一発ぶっ飛ばしたい」
それはもう煽り全開の口調でシェーナを嘲笑うピジョン。納得はできていないようだが、それでも一理あると考えてしまったのだろうか。床を強く踏み荒らしながら、イン達の元に戻る。
(もう遅いと思うよ、ピジョンちゃん……)
何かを言いかけた時点で、あのフェイクネクロマンシーには遠距離による攻撃ができるといっているようなものだ。
(悠長にしていられる暇はないって事だよね。着々と削ろうと思っていたけど、むしろ一瞬にして片づけたほうが良いかも)
「シェーナさんとアンちゃん。この聖水を口の中に放りこむことって出来ますか?」
「その程度、あたしを誰だと思っているのって言いたいところだけど。意味ないよそれ。固定は固定」
相手はアンデッド。口の中に放り込もうが、目を突き刺そうがほとんど意味を成さない。しいて頭をぶっ飛ばせば違うのだろうが、あの巨体だと難しいだろう。
シェーナが説明をしていると同時に、紫色の魔弾がフェイクネクロマンシーから飛来してくる。『闇魔法:魔弾』だ。
シェーナが難なく弾く。
「これに当たると後々面倒だから、できる限り止めてね」
(反応速度。固定ダメージ。シェーナさんには接近戦をさせていた方が、ダメージ大きいのかも)
「シェーナさん。やっぱり接近して戦ってもらっても良いですか?」
「余裕。まっ、妹ちゃん二号は鳥公の料理方法でも考えながら見てて」
数度自分の肩を槍で叩くと、シェーナは地を蹴りフェイクネクロマンシーへと飛び出した。
「アンちゃんはウデちゃんを運んで。ウデちゃんは聖水を振りかけるだけでいいから」
インの頼みにウデは何か悩んだ末に首を振った。貼り付いて聖水をかけるだけ。これのどこに不満があるというのだろうか。
次にウデは触肢でフェイクネクロマンシーを指さした。何かを訴えるかのように、何度も指さしている。
「もしかしてシェーナさんのように戦いたいの?」
インの回答に正解だと言わんばかりにウデは頷いた。
(ああっ、可愛いからできるだけ叶えてあげたいけど)
片や3メートルのゾンビと1メートルのウデムシ。一撃必殺をするにはあまりにも対象がデカすぎる。
「ピジョンちゃん! ミミちゃんを出して……」
ピジョンは何も答えない。面白そうにニヤニヤと笑うだけだ。ピジョンの方針からしてやはりヒントは貰えそうにないといったところだろうか。
意図せず思考の津波にインは飲み込まれる。
「……イ、イン。あぶ……危ない」
「へっ?」
フィートが叫ぶももう遅い。気づいたら飛んできていた魔弾。体がよろけ、ナイフを振るももう遅い。魔弾は吸い寄せられていく。
しかし当たることはなかった。なぜならウデが、力を誇示するかの如く触肢で掴み取り消滅させて見せたからだ。
再びウデはインを見る。暗にそれは任せろと言ってるかのようで。インは一つ頷いた。
(そうだよね。うん。ここはやらないと)
シェーナの猛攻に、フェイクネクロマンシーのHPが残り僅かとなる。苦し紛れか、フェイクネクロマンシーは今一度最後の雄たけびを上げる。
すると呼応したのか部屋の隅。いや天井からも。一つの尾を揺らし、無数の青白い発光体が姿を現れた。
これが最後の攻撃なのだろうか。警戒するインであったがどうやら違うようだ。何やら崇拝するかのようにフェイクネクロマンシーへと集まっていく。そして口を開けた奴へと、我先に発光体は飛び込んでいった。
何が起こるのか。固唾をのむインの前で、信じられない光景が映る。何とHPが自然と回復していくではないか。
シェーナのダメージ量も追いつくか追いつかないかといったところだろうか。最悪今まで削ったHPが元に戻りそうな勢いである。
これがフェイクネクロマンシーと呼ばれる所以であった。ネクロマンサーのように死霊を操り、生命を弄ぶ。しかしそんな攻撃ができたとしても、ゾンビの落ちたが故に肝心の知識がなくなってしまった。
ネクロマンサーのなりそこない。偽物。フェイクネクロマンシーである。具体的な効果として、この場所に入ってから倒してきたアンデッドの数だけ自分を強化する。
ドロップ目当てでアンデッドを倒しすぎると、手が付けられなくなる凶悪な能力だ。
「……シェーナ。……アビリティ使わないから」
「えっ!?」
「これくらいの敵。縛り合っても戦えると思ってたんだけどなー」
「にゃはは。ビビりな上に慢心するって。どれだけ自分の中身が相手に気づかれていると思っているのかにゃ~?」
「マジであのガキ!」
シェーナが後ろを見る。するとそこには、なんと先ほど買ったであろう飲み物とお菓子を両手に、ピジョンが座りながら観戦しているではないか。
「自分の中身に関しては、ピジョンちゃんも同じだと思うけどね。来て! ミミちゃん!」
インの持つ輝石にヒビが入る。
一筋の光と共に現れたのは、全身サファイア色のフェイクネクロマンシーよりも遥かに大きな巨体。無数の触手を生やし、のっぺらとした口しかない顔。
ホラーに出て来る魔物の如き威圧感が降臨する。
「……ひぃ!」
「ちょっ、待ってキモイキモイキモイ!!」
フィートは目に涙を浮かべ、シェーナが絶叫する。失礼なと実にムスッとした顔で、インはミミに命ずる。フェイクネクロマンシーに絡め付けと。
ミミが直進したかと思えば、すぐにフェイクネクロマンシーの四肢を拘束した。すぐ近くにいたはずのシェーナはといえば、全力疾走でイン達の所に戻り、フィートと一緒に抱き合っている。
「ハルトから注意するよう聞いてはいたけど……、まさか本当に女の子が持っているとか思わないでしょ!?」
「……イン。怖い」
「むぅ、みんな同じ反応。ピジョンちゃんもミミちゃん苦手なんだよね。あんなに可愛いのに」
「今回だけは共感してあげる鳥公!」
そんなたわいのない会話をしている内にミミは完全に拘束を終えたようだ。
時折鎌首を持ち上げ、よだれのように垂らした粘液でフェイクネクロマンシーを焦がしていた。
「そういえばミミちゃんは癒しミミズ! そうかアンデッドにも効くんだね! シェーナさん、ウデちゃん! 今ですよ!」
「えっ、まってあたしあれに近づかないといけないの? マジで無理なんだけど。だってキモイのとキモイのが合わさって波状効果生んでるんだけど? ミミズとゾンビの絡みなんて需要ないよ? いや、あたしもやられたくないけどさ!」
「……シェーナ。速く行って……!」
「自分は関係ないからって見捨てないでよフィートぉ!」
もう覚悟を決めるしかない。そう高をくくったのだろうか。シェーナとウデは立ち向かっていった。




