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神殿での茶番


 『不視の幻影』が唯一使えるアビリティと書いていましたが、正しくは『臭い耐性』も使えました。

 先に謝罪をば。


 それではどうぞ

 

「ハエ! ハエだよピジョンちゃん!」


「元気はつらつだにゃ~インちゃん」


「そんなこと言っている場合じゃない! 敵に突っこむ後衛ってあり得ないからぁぁぁぁ!」


 幽霊が怖い、アンデッドが怖いはどこへやら。ゾンビにハエが集っいる。それさえ目にしたインは、危険など一切顧みずに躊躇なく突撃していく。

 そこに普段からアン達をサポートしているインの姿はなかった。

 冒険と称して何の準備もなしに森へ突撃して、迷子になるガキ大将そのものであった。


「そこ左に行ったら危ない!」


 インが角を曲がった先にいたのはゾンビの群れ。ハエだけじゃない。中には蛆が大量に詰まっているのもいる。

 これにはとある一人を除いて、女性陣みんな嫌悪感を出さざる負えない。そうとあるエルフを除いて。


「蛆虫ちゃんだぁぁぁぁ! アンちゃん確保っ!」


 興奮冷めやらぬといった様子でインは指示を出す。しかしアンはインの指示を完全に無視。戸惑うことなくゾンビの頭目がけて頭突きをくらわし倒している。


「……ウル」


 フィートも負けじとウルに指示を出す。だがプレイヤー以外には何の比喩表現もなく、死臭が漂う場所である。

 行きたくないとアピールするかのように、ウルは全力で首を振っていた。どこか涙さえ浮かべている気がするほどに。


「アンちゃん違うって! 蛆虫ちゃんを取って! 蛆ちゃんを!」


 無視である。砕かれたゾンビと一緒に蛆も消滅していく。指示を出すインと沈黙して仕事を行うアン。その様は正しく駄々をこねるお嬢様と、淡々と仕事を行う執事。

 あっけに取られていたフィートとシェーナが出る間もなく、気づけば一瞬にしてゾンビの群れは消えていった。


「なんでアンちゃん! なんで!」


「流石にハエを仲間にしていたら、全プレイヤーから嫌われると思うよインちゃん。枠もないしね~」


「そうだけどさ、ピジョンちゃん。ウデちゃんは分かってくれるよね?」


 インが同意を求めようとした。のだが、ウデは少し触足を動かすだけ。言葉で表すなら、「そうは言っても姐さん……」といったところだろうか。続いてすっとアンへ目を向けていた。


「ウデちゃんも!? ならミミちゃんに」


「こんなところであんな巨体出したらすっごい迷惑だから止めてもらえないかにゃ~?」


 完全にインはおかしくなっていた。ミミの輝石が握られている手を開こうとする。

 一陣の風が横切った。インの手から輝石の感触が無くなる。消滅したのだろうか? 服や地面に急いで目を向けるイン。

 しかし意外にもすぐミミの輝石は見つかった。ピジョンだ。インに見えるよう、ピジョンはミミの輝石を見せつける。

 森の中で緩やかに流れる川のように、鮮やかな盗みであった。


「ピジョンちゃん返して!」


「いいけどいったん落ち着いてから。アンちゃんウデちゃんの目もちゃんと見て」


 そう言われたインの元にアンがやってくる。じっと見つめてくる複眼。口を開こうとしたインだったが、自分の行いを思い返す。そして黙ってアンを抱きかかえ、頬ずりする。


「ごめんねアンちゃん。ウデちゃん。ミミちゃんも。大切な仲間なのに――って痛たたたたたたたっ!!」


 それはミミを仲間にした時以来の、アンのハサミによる制裁であった。仲間なので決して痛くはない。ギリギリミシミシといった実に頭を砕く寸前のような音が響いてくるが、仲間なのでノーダメージなのだ。

 暗い神殿で揺れるランタンが、彼女たち四人を照らす。


「なにこれ?」


「……茶番?」


 目の前でまた虫と友情を深めるイン。世話が焼けるといった風にため息をつくピジョン。

 彼女たちを見て、フィートとシェーナは心底呆れた様子で呟くのであった。




「あの鳥公を上回る変人も、いる所にはいる」


「シェーナ……大丈夫そう?」


「正直辛い」


 嗅覚ではなく視覚。

 それも前衛を歩いている分、音もなく急に現れる。

 慰めるようにシェーナはフィートの背中をさする。

 もはやインにとって、この神殿はアンデッドの巣窟ではない。ハエの巣窟へと認識が改まっていた。入る前の弱弱しさはどこへやら。敵を見かけず安全に。

 時おり見かけるトラップは、事前にアンが頭突きで教えてくれる。それらが相まって、今や完全にピクニック気分で前衛を歩いている。唯一使える攻撃魔法を試した事すらないというのに。


「そういえばインちゃん魔物の剣持ってたね~」


「アンちゃん達が強くなってから、使う機会がほとんどなかったからね。私も忘れてた」


 インが手に持つのは、光を反射させない黒い柄。どう見てもナイフにしか見えないほど小さく、そして短い全長。それはピジョンと初めて会った時。その時にマーロンから貰った、魔物の剣であった。

 久しぶりに握る感触。最後に握ったのはイベント以来である。


「あの時は主人の方が強いまであったからね~」


「今じゃこんなに成長して、私嬉しい! ……あっ、フィートちゃん、シェーナさん。そこの角に何かいるそうです」


 会話の中でインが指さした場所から、のろりとゾンビが姿を現した。咄嗟に剣を構えるシェーナ。しかし次の瞬間には、もうゾンビが霞となって消えていた。


「HP3で筋力10だった頃があったんだっけ~? そうなると本当に強くなったにゃ~」


「今もHP1なんだけどね」


「えっマジッ?」


 二人の会話を聞くだけに徹していたシェーナであったが、これはさすがに予想外だったのだろう。驚きの表情を前面に出して、インの肩を掴む。


「そうですよ。アビリティ効果で強制的にHP1なんですよね」


「強制根性システム!? 裸で挑むよりきつくないその縛り」


「シェーナちゃんったら裸だにゃんて~」


「うるさい黙れ鳥公」


 見せることに抵抗がなくなったイン。アンのステータスを開いて見せると、何も知らない二人の顔が徐々に歪んでいく。


「3倍の代わりにHP1固定。しかも『不視の幻影』と『臭い耐性LV30』以外使用不能……。なんでこんなに『臭い耐性』高いの?」


「……ステータスは高い。けど……」


「完全にオワタ式。……ハルトからなんか言われていたり?」


「お兄ちゃんは何も言いませんでしたけど、ファイからデータを新しく作り直せって言われました」


「フィートがこの状況なら間違いなくあたしも言うねこれ」


 やはりというべきか、ハルトと普段プレイをしている人の目から見ても、アンのステータスは異常なのだろう。いくら筋力を極振りしようが、この状態にはならないとシェーナは苦言を漏らしていた。


「……もしかして、その気持ち……ウデって子も? というかその子――」


 っとそんな風に、フィートとシェーナもここが敵陣のど真ん中であるのを忘れ会話を弾ませた。

 ただ一匹、アンだけが目先のゾンビを黙々と倒しながら。




 三階を下りたところだろうか。神殿内部の遜色が少しづつ変わって来ていた。上層には見られなかったよく分からない文字列。激しい抗争が起こったかのように、ランタンの灯が床や壁に所々傷を照らす。

 ここまで楽勝だったからだろうか。戦闘そっちのけで行われる会話は、マップ案内と近辺での話題のみ。

 最初の頃とは違い、ピジョンに対するフィートとシェーナのわだかまりも少し柔らかくなってきていた。


「そういやこの下の中ボスどうする?」


「中ボスがいるんですか! それでどうするとは?」


 ほとんど疲れ知らずのアンが護衛をしてくれる中、シェーナが思い出したかのように口にした。声からしてもう軽さを隠しきれていない。


「いやー、アンの縛りを見ていたらさ。なんか楽しそうだなって」


「別にひとりで縛りプレイすればいいんじゃにゃいかな~?」


「ビビってんの?」


 やることが無いのか頭で腕を組むシェーナ。剣を出していない辺りかなり油断しているといっていい。


「……油断だめ」


「そうは言うけど、そもそもここの適性LVってそんなに高くないし」


「ギミックをあえて発動させて戦ってみるかにゃ~?」


「それ!」


「……」


 判断力が低下しているのか、ピジョンの言う事に賛同するシェーナ。そんな彼女へと、フィートは後ろから杖を落とす。


「楽しいね。ウデちゃん、アンちゃん、ミミちゃん」


 どこかのほほんとした空気が抜けないまま、四人と三匹は見つけた階段を下っていく。


「じゃあフィートちゃんとインちゃんの二人で戦ってみるかにゃ~?」


「またそのパターン!?」


「冒険というのは未知だから面白いものなんだよ~。既に未知じゃなくなった者がやってもね」


 初見の攻略は楽しい。ハラハラ感があってまたとない感覚を味わえる。しかしどうだ、もしここに既に知っているといった感覚が混ざれば。

 相手の行動パターン。攻撃の仕方。全て分かってしまっている者が同行する冒険ほど、つまらない物はないだろうとピジョンは語る。


「それあたしたちが同行している時点でって話」


「フィートちゃんと二人きりで行かせた方が仲が深まったかもね~」


「チームでそういうのはない。鳥公だけ震えて見ていれば?」


「過保護すぎると人は成長しないもんだよ~? シェーナちゃん?」


「二次方程式の解の公式って知ってる?」


「既に知られてある答えでも、自分で発見する方が成長できると思うけど~?」


 一緒のチームになってからもう何度目かの言い合いである。しかし今回の言い合いに冷たい空気はない。

 むしろ少しほっこりすらする場に、インは笑みをこぼし、フィートは周囲を見渡すのだった。



 目と鼻の先にボス部屋。ピジョンはそこから数歩離れた位置で止まる。本当に手をだすつもりは無いらしい。それどころか満面の笑みで手を振ってくる彼女に、シェーナが舌打ちする。


「マジで手伝う気ないのかよあのクソ鳥公」


「それがピジョンちゃんですので」


「ホント自分勝手」


 地団太を踏み鳴らして先を急ぐシェーナ。インとフィートも、シェーナの後姿を追いかけボス部屋へと突入した。

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