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フィールの要件

 久しぶりのゆったりとした時間が終わりを告げる。プレイヤーやNPC達が賑わう商店地区から見える路地裏は、隔絶された別世界のようだ。

 表通りを覆いつくすほどの光も、この場所まで忍び寄らない。どこか都会の中心部から離れた場所のように、真っ暗で静かという点ではインも覚えがあった。


「あのー、ここ入っても大丈夫なんですか?」


 フィールに言われるがままに進むたび、人の生活から遠ざかっていく。女の子が夜出歩くのは危ないと、ハルトからいつも注意されてきたインにとって恐怖が無い訳ではない。

 目には見えない幽霊から逃れるように、恐る恐るフィールの袖をつかんで問いかける。


「ん? もしそんな不埒な輩がいたら、まとめて吹っ飛ばしてやるよ!」


 そう腕っぷしを掲げるフィール。声には自信しか感じられないが、どうもドワーフ特有の小さな背丈が邪魔をする。顔も見えないので、どういう表情をしているのかも分からないのが、インの心臓をよりいっそう跳ねらせる。


「はっはっはっ! 怖がらせたか? そんなんじゃこの先苦労するよ」


 どう言われようが怖い物は怖い。インにとって、暗闇から出てくるのは何も危ない男性だけではないのだから。インの頭の上に居座るウデが、あやすように触足で撫でた。


「まっ、どうしてもってんなら、セーフティタッチ機能を使いな。汚らわしい手に触れられることは無いよ」


「そういえばありましたね」


 ライアとの出会いで解除していたのを思い出したインは、再度ウィンドウを開いてかけなおした。


「そうじゃなくとも、その辺キッチリしてるよここは。迷惑NPCやプレイヤーなんていやしねぇ。運営のお陰さね」


「そうなんですか! それなら安心です」


「……虫の嬢ちゃんはもう少し危機感を覚えたほうがよさそうだ。襲ってくるのは、何も卑しい男どもだけじゃないんだぜ」


 真意は不明だが、ぐへへと男性がやれば一発でアウトになりそうな声で、フィールは下品に笑いかける。


「そうなったときは、ピジョンちゃんがネットゲームを出来なくしてやるって言ってましたよ。お兄ちゃんとファイが復活したと同時に交代でキルするとも」


「それはもう終わってしまった場合だろ? 条件が厳しすぎるとはいえ、あいにくどっかの誰かが、そうどっかの誰かがワームをテイムできるって事実が浮き彫りになっちまったんだ。今この瞬間、自分の身はどうやって守るんだって聞いているんだ」


「その場合ですか? その場合はこんな感じですかね?」


「――虫の嬢ちゃん。ありんこは……」


 初めて目を向けてきたフィールの喉に、少し動けば突き刺さる位置にハサミが現れた。

 後ろからではない。ずっと注意を怠らずに向いていた真正面から、いつの間にか現れたアンによって追い詰められていた。

 これがまだ体が黒というなら、十分闇の中に溶け込めるだろう。しかしアンはその真逆である白色だ。隠れられるはずがない。


「さっき確認したら、新しくアビリティを取得していたんですよ。気づいたのはさっきでした」


 強くなっていて感動したと喋るイン。ステータスは頻繁に開くものではないし、今までスキルやアビリティはあんまり取得できなかったから久しぶりだと。

 反対にフィールからすれば、いきなり何もない位置から凶器を突き付けられるのは、恐怖以外の何物でもなかったのだろう。話す声に震えが混ざる。


「……王女系統はアビリティを使えないはず」


「そこ結構疑問ですよね。HPが1しかない生物が、過酷な自然の生存競争に耐えきれるはずがありませんし。詳しくは分かりませんが、現状唯一アンちゃんが使える攻撃系アビリティなんですよ」


 なんでだろうとインの頭の中で、疑問が風船のように膨らんでいく。

 今までさんざん多くのボスを倒してきていたのだから、もっと早くに増えてもおかしくはないはずなのに。

 見解を聞かせてほしいと少し詰め寄るインに、フィールはただ、「そういうのは害獣に聞いてくれ。専門外だ」と役割を放棄した。




 途中話題を逸らされ、虫関連で盛り上がっている内に表通りに出てきていたようだ。暗闇に目が慣れてしまっていたインは、数度の瞬きを繰り返して乾いた瞳を潤し、手で擦って目を開けた。

 同時にそれがトリガーとなったのだろう。大きく口を開けてあくびを溢した。


 いくらのんびりできたとはいえ、今日だけでクレールアラクネと戦いウデをテイムして、店を回っている。積み重なった疲労が、眠気と一緒に押し寄せる。どうにか歩けてはいるが、インは足の重心が定まらない。


「悪い。もう少しだけ我慢してくれ」


 インの首が顔の重さに耐えきれなくなり、カクンと落ちるように頷いた。せっかく開けた目もまた閉じかける。

 それでも仲間達に余計な心配はかけさせたくないインは、どうにか口角を開けて笑顔を保つ。ぼんやりとする視界。フィールに連れられるがままどこかの扉を潜り建物に入る。


「用は明日話すから、今日はもう止めな」


「おやすみ…………、失礼し――」


 言い終わる前に、ギリギリのところで繋いできたインの意識の紐が千切れた。膝から崩れ落ちる体をフィールが支えて少し経つと、インの姿は強制的にこの世界から消えていった。




「……ここどこ?」


 次の日、どこかの建物に姿を現したイン。周囲には多くの生産職と思しき装備を着た人たち。

 虫たちを外に出すのも忘れ、物珍しそうに向けてくる視線を意にも返さず、ひとまずインは自分が置かれている状況を把握しようと、クモの巣を張り巡らせるかのように頭を回転させる。

 フィールに連れてこられたのは覚えている。しかしそれ以上、この場所がどういったところなのかまでは思い出せない。どうしたものかと物珍しそうに見てくる内の誰かに話しかけようとする前に、声をかけられた。


「おっ、昨日は寝坊とかしなかったか?」


「ぐっすりと眠れましたけど……、ここどこですか?」


「ここかい? ここはあたしらのギルド『天之夜明け』さ! 外に出てみな」


 恐らく外に繋がっている扉を指すフィールの言葉通り、インが外に出て振り返った。

 そこにあったのは、寝そべったクジラの様に大きな巨木だった。以前見た精霊樹が縦に伸びているとすればこちらは横に太い。その姿はどこか、太陽の代わりに、地面の栄養分を独り占めしているように見えた。

 何本か枝分かれした先には、いくつかの窓が取り付けられている。自然の木をくりぬいたのだろう。あほみたいに口を開ける事しかできないほどに、見事な出来栄えであった。


「どうだ、圧巻だろ!」


「こんな木も……あるんですね……」


「そう見えるだろ? だがなこれ――」


 と、フィールが説明するところによれば、どうやら複数の木が一本に纏まってこのように大きく見えるらしい。中は案外所々空洞になっている場所も多いらしく、そのおかげでカラクリが分かったのだとか。

 その分、部屋は作りやすかったとフィールは語る。くりぬく手間が省け、廊下もできた。何より、自然の中で農作業をしている気分になれてとても気持ち良いと。


「へぇ~、虫ちゃん達に最適な環境ですね!」


「第一声がそれかい。虫の嬢ちゃんらしいが、頼むから虫食いだけは止めてくれよ」


 そう苦笑いを入れてから、フィールは本題に入る。


「虫の嬢ちゃん『悪魔霊(あくまれい)の魔石』を取って来てはくれないか?」


「魔石は分かりますけど、悪魔霊って何ですか?」


 聞きなれない単語に、インは霊という言葉に若干怖気づきながらも聞き返す。それほどなまでに、聞いた事のない単語であったからだ。「それはだな」とフィールが口を開こうとする前に、綺麗な横やりが入る。


「高原にある山を越えた先にある村の神殿に出る魔物が悪魔霊だよ。ただでさえ出て来る確率が低い癖に、そうそう落とさないからこっちも欲しいくらい」


 インが振り返った先にいたのはシェーナだった。活発そうな雰囲気の彼女の足元には、妹であるフィートとウルも同席していた。彼女たちはインのすぐ近くまで来ると、両肩に手を乗せた。


「それ、あたしらも受けていいかな? ハルトの妹ちゃん二号とも遊んで見たかったんだよね」


「ホントかい? いやー助かるね。今度来た時は0%安くしておくよ」


 まったく変わってないじゃんと世間話に行事始めるシェーナとフィール。会話を盗み聞きしている分には、二人ともかなりの仲のようである。軽口をたたき合い、所々危なそうな発言も耳に届いてくる。

 対して反応に困ったのはインの方だ。なんせ学校にて、気になるから観察させてほしいと詰め寄られたのだから。


(……これって、言っても大丈夫そうかな? けどこの場面で言わないと、後々……。言わなきゃ!)


 フィートが何かを見つめてくるとなり、意を決したようにインが二人の間に入り口を開いた。


「あのー、ウデちゃんやアビリティを覚えたアンちゃんが見たいって、ピジョンちゃんが参戦するかもしれないのですが、その、……大丈夫ですか?」


 ――空気が凍り付いた。

 フィートとフィールって、かなり困惑しそうな名前の二人。どうしてこうなったのだろうか。


 フィートは小柄で内気な女の子で、人間の種族。

 フィールはドワーフ特有の小さな背丈で、豪快で小柄な女性。

 

 分かりにく。


 そして相変わらず、ピジョンの扱いよ。主人公の友人とは思えないほどの扱いの酷さ。悪意のない純粋は恐ろしいというが、悪意しかない純粋な好奇心もまた恐ろしい。

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