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クソグモ

 インよりも遥かに大きな、見上げるほどに大きなクモの体を持つ女性。見下ろしてくるその姿からは、威圧感が溢れ漏れていた。 

 いちおうプレイヤーの可能性を考慮し、「こ、こんにちは」とインは声をかける。が、プレイヤーかも知れないという希望は、女性の指先から発射された紫色の何かにて打ち砕かれた。


「アンちゃんとウデちゃんは、トカゲの方に!」


 手早く指示を出したインは、ミミの体を叩くとクモ女の元へと駆け出した。


(どういう魔物なのかな。構造は女性? それともクモ?)


 指先から繰り出されるのは、正しくレーザー。毒のレーザー。地面を誘拐させ、逃げ道を塞ぐように追いかけてくる。まるで、虫の足を容赦なくすり潰す残酷な子どものように。

 インは今まで貯えてきた知識に検索を掛け、クモ女の弱点を探る。


 タイミングに合わせて飛ばされた毒を、ミミが触手で弾き飛ばした。さらに状態異常に陥ったミミを、インは『異常の拒絶』を以て治療する。


「ミミちゃん『バインド』」


 鞭のようにしなる、伸縮自在の触手。当たればいいかなのラッキー感覚で放たれたそれは、なんとクモ女の素手によって簡単に掴まれたではないか。

 あちらの力が強いせいか、ミミも振りほどけない。焦りを隠せないイン。そして次に映る光景は、予想を超えた物であった。


「糸!?」


 クモ女の下半身が首を持ち上げ、開かれたのはなんと口。真っ白なクモの糸が、口から飛び出てきたのだ。

 一般的にチョウやガであれば珍しくはない。だがクモは、腹の先にあるとがった部分から糸を出す。

 魔物とはいえクモ。そう見積もっていたインにとって、口から糸が吐き出されるのは前提から覆すものであった。それこそ、今までの知識という名のガラスが砕かれたかの如く。


 繭のように、ミミが白い糸で包み込まれていく。状態異常でも、攻撃をされているわけでもない。攻撃手段を用いたところで、インの魔力では1ダメージすら通ることはないだろう。


「そ、そうだ! ミミちゃん『巨大化』!」


 肥大化を始めるミミ。窮屈に縛られた物ほど、体積の変化に弱い。弱いはずなのだ。しかし、インの思惑はまたも打ち砕かれる。


「なんで!?」


 粘着性のある糸。それは完璧なまでに、巨大化するミミを抑え込んでいる。さらにその上から糸を発射するクモ女。脱出はもう絶望的だった。


(負け……。いや、まだだよ!)


 インは叫ぶ。最後のあがきと分かっていても、自分たちが助かる道はこれしかないと。


「ミミちゃん! 触手を上空に!」


 クモ女に掴まれたままの、まだ自由な触手。ミミは先から一気に伸ばしていき、木々を突き破っていった。




 視点は変わり、アンの方はといえば、こちらも防戦一方であった。

 ニ匹のトカゲは、連携というものがなっていなかった。ひらすらなまでの、隙を埋めるだけの攻撃。ごちゃごちゃな、即興で組まれたパートナー。

 しかしそれが、逆に読みにくい。攻撃へと転じようとするアンの、死角から飛び出てくるのだから。絶対に無いとは言い切れない素人の動きが、アンの動きを無駄に制限してくる。


 その無様とでもいうべき姿にか、トカゲはニタニタと笑うかのように余裕の歩行をしていた。お前如きはすぐに狩れるとでも言いたげか。それとも弱者をいたぶっているだけか。

 時折、茂みを見ては、尻尾を地面に叩きつけていた。


 ウデムシの師匠なのに、ミミの先輩なのに、自分は主がいないだけでこれほど苦戦するのかと、アンは改めて痛感していた。


 そんな中、ウデムシはといえば既に茂みに隠れていた。地面に尻尾を叩きつけるトカゲを見るたび、体をビクンと震わせている。

 本当に、今まで勝てなかった自分が通用するのか。またやられてしまうのではないか。強くなったところで、相手はもっと強いのではないだろうか。

 今までの勇敢さや修行をしてきたときの思いが、嘘のように冷めていく。


 ウデムシの戦い方、一撃必殺型は言うなれば、暗殺者と戦い方が少し似ている。ウデムシのように、起死回生を狙えるほどのHPも硬さも持っていない魔物は特に。

 場所がばれたら終わり。奇襲を外したら終わり。ただの一撃の脅威が、相手に伝わってしまったらアウトなのだ。


 このままこうしていても、埒が明かない。そう判断したのか戦況を動かすべく、危険覚悟でアンは飛び出した。

 強引にニ匹のトカゲの間を縫い、ウデムシの近くまで駆け寄る。体を揺らすウデムシに、アンはハサミをガチガチと動かした。

 まるで、信用しろとでも言いたげに。


 そして、


「跳んだよアンちゃん!」


 不意に飛んでくる言葉。いつもの、当たり前のように受け取っていた指示。

 安心がお腹の流れ込み、無条件で信じたアンは、急ブレーキをかけてしゃがみ込む。それと同時に、トカゲがすぐ上を通過した。


 キタッっと震える体を抑え込むウデムシ。だが完全に収まるまでは、待ってくれない。


「尻尾を狙って!」


 アンは指示のままにトカゲのしっぽに食らいつく。するっと簡単に取れる尻尾。後ろにかかっていた体重が無くなり、重心がやや前屈みとなったトカゲの腹を蹴った。


「今だよウデちゃん!」


 眼前に迫るトカゲの顔。ウデムシは両の触肢で何とか掴んだ。


 ウデムシは目を閉じ、トカゲの頭を噛み砕いた。ブワッと口の中の物が消えていく。ウデムシが目を開けるとそこには、光へと変わり上空へと旅立つトカゲの姿があった。

 トカゲはもう動かない。端から光となる。最初は追い詰められた。簡単にやられてしまった。本当は勝てる存在のコオロギに負けるほど弱かった自分が、トカゲを倒しきった。

 不安の震えは消え、代わりに歓喜の波がウデムシへと訪れる。負の震えは、正の震えへと変わっていた。


「やったね、ウデちゃん!」


 アン達の主が、親指を立てて向けてくる。その意味をウデムシは全く分からなかったが、何故だか暖かい感情が芽生えるのを感じていた。




 それはそうと、どうしてと困惑を露わにするアン。そのすぐ目線の先には、文字通り手も足も出せないミミが転がっていた。親指を戻した主は、再び必死になって糸を掴んでは引きちぎろうとしている。

 近くにクモ女はいない。どこへ消えたのだろうか。


「危ないっ!」


 まだ戦いの最中。主の指示が戻り、アンは勢いを取り戻していく。

 さっきまでの防戦一方が、嘘のように攻められる。さっきまでの苦しさがない。体が軽い。主の指示があるのとないのとで、ここまで違うのかとアンは実感していた。


 とはいえ、今回の主役はアンではない。それはアンも分かっていた。いくら攻撃されようと、トカゲに反撃は一切しかけない。

 これはウデムシの戦いであり、自分はあくまでサポート。自信をつけさせるために、一役買って出ているだけなのだから。

 トカゲも馬鹿ではない。相方が一瞬にしてやられてしまったウデムシの触肢に、何も感じていないわけがなかったようだ。できるだけ、茂みや木の近くに行かないよう立ち回っている。


「ウデちゃん! 出てきていいよ!」


 信じられるか否か。数秒、顔を見せなかったウデムシが茂みから姿を現した。その表情たるや、もう負けることを恐れていない戦士の顔つきであった。インの目から見て。

 一対三。クモ女はいない。誰がどう見ても敗北は確実。トカゲは瞬時にそれを察すると、誰もいない方角目がけて走り去る。この場から逃げるために。茂みの中に入ろうとしたその瞬間、上空から何かが飛来する。

 ――糸だ。敵前逃亡をした敗北者を、糸は容赦なく包み込んでいき、食べられることなく頭上から降りてきたクモ女の体重にて潰されていった。


「漁夫の利。いや多分、つぶし合うのをずっと眺めていた?」


 このタイミングで出てきたという事は、そう言う事だろう。改めて気を引き締めなおしたインに、差し込むものが一つ。

 光だ。森の中にいたせいで、ついぞ見ることが無かった日の光。普段人間を優しく照らしてくれる暖かなまでの光は、この瞬間だけ命を刈り取るまでに残酷だった。


「ミミちゃん!!」


 繭に包まれたミミが、苦しそうに暴れ出す。

 地面に潜れない。ポーションを浴びれない。繭を突き破れない。アビリティ『乾燥肌』による拷問に、ミミは体をよじる事すらできなかった。


「ミミちゃん!!」


 すぐにでも『送還』させようと、インは冷静さを完全に失い飛び出した。それが、敵の思うつぼであるのも忘れて。ミミの元へ足を向ける。その様子を、クモ女は、赤い三日月を口元に浮かべ、サディスティクに笑っていた。


「あぐっ!」


 ミイラ取りがミイラになるとはこの事か。瞬間、後先考えなかったインは、クモ女の糸によって地面に張り付けられていた。抜け出そうと、もがけばもがくほど糸は複雑に絡み合う。脱出不可能な罠へと変わっていた。


(ミミちゃん『送還』! アンちゃんとウデちゃんは! ニ匹はどうなっているの?!)


 うつ伏せ状態で伏せられ、何がどうなっているのか把握できない。何かがぶつかる音だけが、何もできないインの耳に届く。


「逃げてアンちゃん、ウデちゃん!」


 インは分かっていた。もしここでアンを送還してしまえば、ウデムシは一匹取り残される羽目になる。それが何を意味するか分かっていた。


(絶対にさせない!)


 させてなる物かと、絶対に助けるんだという思いが、インを突き動かす。

 腹に力を籠め、歯を食いしばる。何とかするために。自分の力をすべて使い果たす勢いで、インは声を張り上げ立ち上がろうと踏ん張った。そして、


 ――落ちる体。

 ――力はもう入らない。


 ゲームに現れる数値は残酷なまでに。気合いでは絶対に補えない壁が存在していた。


(なんで、なんで、なんで! ……。……ミミちゃん。出てきて)


 インの思いで、光を散らせた輝石から誕生するミミ。


「ごめんね。アンちゃん達を、守ってあげて。『再生の光』」


 インから発せられる、優しい光がミミを包み込む。

 これで終わり。後は三匹で、できるだけ安全な所まで逃げてくれる。

 そう安堵してか、死に戻り覚悟でインは目を閉じた。誰かの足音を耳にして。


「マジでクレールアラクネかよ。こんなのに遭遇するとか、運が良いんだか悪いんだか。ま、そんな事はどうでも良い。どうでも良いんだ。ああ、どうでも良い。正直、俺はキレている。我を忘れてしまいそうなほどにな。――よくも、大切な妹に手ぇ出しやがったな。クソグモが」

最近戦闘ばかりでほのぼのしたい今日この頃。街行こうかな。

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