ウデムシの戦い方
(大丈夫そうかな? アンちゃん達)
人間が手を加えるのはどうかと宣言しておき、やっぱり心配になったインは茂みに隠れて顔だけを出していた。
こちらからでも伝わる、アンとウデムシの対戦。やはりというべきか、素早く相手を翻弄できるアンに軍配が上がっているように見える。それは激戦というものではなく、もはや一方的であった。
ゴロンと転がるウデムシ。癒しミミズの名の通り、ミミがすぐに回復へと向かっていた。
(弱肉強食。人はあんまり手を出さない方が良いけど……)
可哀そうというより、何とかしたいという気持ちは、確かにインの中にもあった。必死に頑張っている誰かを見て、指で笑うなんて事できなかった。
すぐにでも、ハルトと一緒に修行や戦術を付けさせてあげたかった。
だが、インは知っている。今まで虫や動物、自然の世界に人が手を出してきた結果、どうなって来たのかを。
(生態ピラミッド)
絶滅危惧種。
自然の流れでそうなった種もいる。が、断然人の手が加わったせいで崩れ去ったのも多く存在する。
テイム、仲間になってくれれば強くしてあげる。インがそう言ったのは、絶対に逃がす気や見捨てる気がないという意味も含んでいる。決して、意地悪で言ったわけではなかった。
だから、同じ虫であるアンとミミなら大丈夫かもしれないと置いてきた。
ほとんど意味なんてないんじゃないかという、種族間の問題を押し込めて。
負けを生かせないせいなのか、それとも気づけていないのか。何度再戦しても、転がり続けるウデムシ。勝ち星どころか、一撃すら当たらない。
(モヤモヤする~!)
じれったくなり、体を揺らして茂みの音を鳴らすイン。今すぐにでも、助言や戦術を教えてあげたい。今すぐにでも、ほめて伸ばしたかった。
初めて感じる、何もしないでただ見ているのが苦しさに、ひとり騒がしく悶絶していた。
「…………」
(違う違う! でも誰かに教えるアンちゃんとミミちゃん! カッコいいなぁ!)
茂みの音、なにより慣れ親しんだ主の気配。これで気づかない方がアホというもの。気づいていながらも、呆れたような目でアンとミミは訓練に集中するのだった。
手ごたえが無ければ、いくらやっても無駄なものだろう。アン達は指導の仕方を変え、実戦にしたようだ。自分たちの得意分野を教え込んでいる。
一戦目。相手は同じ種に位置するクモのようだ。ウデムシは、アンのように素早く動こうと足を動かした。一歩一歩速く。
飛び出して行き、いともたやすくクモの手によって、弾き飛ばされるのだった。
二戦目。今度の相手はコオロギのようだ。ウデムシはミミのように触肢を力技で動かし、ジャンプで潜りぬけられた。
その後も奇想天外な動きをみせるコオロギに翻弄され続け、ウデムシを地面に転がった。
(そういえば狩りが下手って情報もあったっけ……。でもあれ飼いならされていたからじゃなかったけっ?)
っとインが疑問に思う間もなく、飽きたかのようにコオロギは跳ね逃げていった。
その後も修行は続く。何度も何度も戦い、一勝する事もなく連敗を重ねていくウデムシ。どれだけアンやミミが思考を凝らして戦術を考えようと、時間は無意味に過ぎていく。
(教えたい! 教えたいけど……! 我慢だよね。我慢しなくちゃ)
テイムしていれば、アンやミミが倒した場合でもLVは上がるのに。なのにと、ひそかにインは歯噛みする。
(我慢我慢)
しばらく観察を続けていると、どうやらアンとミミが弱らせてから止めを貰うというやり方に切り替えたようだ。
出会う魔物相手に、次から次へと戦闘をしていく。
(ああっ、アンちゃん危ないっ! ミミちゃんもそうじゃなくて! そっちじゃなくて、そっちじゃなくて! あっ、ああっ、逃げられたー)
なぜか逃げられる。
ニ匹にかかれば弱らせる程度、余裕であるはず。なのになぜか逃げられる。
現在相手にしているのは、先ほどとは違う種類のクモだ。やはりニ匹の手にかかれば余裕な相手のはずなのに、妙にすれすれで避けたりと目を覆いたくなる。
(ミミちゃん触手触手! アンちゃんも跳びあがるだけじゃなくて、潜り抜けるとか! 違う違う! そうじゃなくて、そうじゃなくて!)
よくよく見ると、連携が噛み合っていない。その様子にインは何となく、ウデムシから困惑の空気が浮かび上がっているように感じていた。そして遂に、
「ミミちゃんは相手をひっくり返す! アンちゃん今!!」
叫んでいた。
隠れるなんてことはせず、インは茂みから全力で頭を出して叫んでいた。
「後ろ足! 真ん中! 後ろから牙が迫ってるよ! 下を潜ってもう一度! ミミちゃんサポートサポート!」
手を叩き、所々で指示を出し、さっきよりも格段に良くなった動きでクモを的確に弱らせていく。
「今だよっ! ……あっ」
ひっくり返るクモ。
足を傷つけられすぎて、もう立つこともできないようだ。触肢をゆっくりとだが広げていき数瞬、クモは既にウデムシの口の中へと移動していた。
「あっ……。……あっ」
あれだけ我慢して手を出さないようにしていたのに。あれだけハルトにも、弱肉強食だから人は手を出さない様にと言っていたのに。完全に、お前が言うな、状態である。
「何やってるの私ぃぃ!」
なんてことはない。インの心からの叫びが、森の中で木霊していった。
「どうしよう」
町の外にある森の中。他プレイヤーも当然いるのだが、アリとミミズ、ウデムシに金髪碧眼のエルフ。あまりに奇妙すぎる光景に、何かのイベントと思われているのか、そのまま通り過ぎていく者が大半だった。
「どうしよう」
つい口から出たのを、もう一度インは言葉にする。
その理由は、ウデムシがさっきからずっと待望の眼差しを向けてきているからだ。
テイムしていないのに、指示をしてしまった。テイムしていないのに、サポートしてしまった。事実が、鉛のように重くなってインにのしかかる。
「……お兄ちゃんの事言えないよ」
テイムされてくれればまだ間に合うような気もしなくはないが、未だウデムシは首を横に振るばかり。
テイムされたくないという事実が、今度はコンクリートとなって潰してくる。
本当であれば手助けする義理は一切ないのだが、妙にアンが手を掛けるので、インとしても見過ごすわけにはいかなかった。
若干涙ぐみそうになって来ているイン。ウデムシ、相変わらずの不動。
ううっ、と体を震わせるインの足を、アンが触手で擦った。ミミは触手を動かして、優しく頭を撫でている。
「ありがとうアンちゃん。ミミちゃん。…………そうだよね。やっちゃったものはしょうがないよね! こんな姿、ピジョンちゃんに見られたらナイフで斬られちゃうもんね!」
ニ匹の応援に、インは頬を叩いて立ち上がると、気合いを入れるかのように両手を伸ばした。
「それじゃ、ウデムシちゃん。長いから、ウデちゃんって呼ぶね! 戦い方を教えるから、私についてきて!」
* * *
「さっすがアンちゃん」
手頃なコオロギを見つけてきたアンを、労うように撫でる。
あちらはまだ、こちらに気づいていないようだ。早速飛び出そうとするウデムシを、ミミに頼んで止めてもらう。
「まーだ。いいウデちゃん? 恐らくだけど、ウデちゃんって一撃で仕留めるタイプだと思うんだよね」
ウデムシは捕食の際も、頭上からゆっくりと触肢を伸ばす方法や、相手をひっくり返す。そこにアンのような素早さはほとんどなく、ミミのような力強さもない。
しかし先ほどは、ゆっくりとだが着々と、素早く一撃で確実に仕留める狩人の姿があった。
「さっきの戦い……なのかな? も見て思った。けどそれは、現実での話なんだよね」
アリとミミズが竜に勝てる世界である。現実の生態系ピラミッドのような作りにはなっていない。狩る側と刈られる側、反転している場合だって存在している。
「まぁそこら辺詳しい事は置いておくよ。簡潔に言えば、ウデちゃんの戦い方だと、一匹じゃ勝てない可能性があるんだよね」
指を一本立てて、濁すことなく直球で告げるイン。
「他にも言いたい事とか、伝えたいことはあるけど。ひとまず私達で隙を作るから。自分なりに、あのコオロギを狩ってみて。行くよっアンちゃん、ミミちゃんは土の中から足を掴んで!」
ミミが地面に潜りこんだのを合図に、ワンテンポ遅れてアンとインは飛び出した。
「アンちゃんまだ! ………………ミミちゃん『バインド』!」
コオロギの足を掴むと同時に生え出て来る青いミミズ。続けてのしかかる様にして抑え込んだ。
久しぶりすぎる、ミミの持つスキルだ。
「いいよ、ウデちゃん」
コオロギは何とか抜け出そうと体をくねらせ暴れているようだが、ミミの拘束から抜け出せない。
そんな哀れな獲物へとウデムシは触肢を広げていき、さっきを体現するかのように口でHPバーを枯らしていった。
「ウデちゃん! やったね! やったんだよっ! ウデちゃんの手で、初めて倒したんだよっ!」
アン達の事もキッチリと撫でつつ、ウデムシへと視線を合わせて語り掛けるイン。
だがウデムシは、反応しない。石像になったかのように、触肢を広げたままピクリとも動かない。アンとミミを撫でつつ、インが手を振ってみるも反応がない。
「えーと?」
困惑するイン。するといきなり、ウデムシはその場で踊り始めたではないか。
「えっ? えっ? 求愛されてるの?」
虫じゃないのにとあっけにとられるインだが、当然ウデムシにそんな気はない。アンとミミのすぐ近くまで歩いていくと、触肢を伸ばしていた。
アンとミミも、答えるかのように触角と触手を伸ばす。その光景は正しく、友達同士で握手をしているようであった。
その時、前と後ろ、挟み撃ちするかのように両方の草むらが交互に揺れ出した。ガサガサと。
なんだろうと身構えるイン達。不意打ちに対処できるよう、ミミとアンを前衛にだして。心臓の音が高くなっていく。次第に音は大きくなる。そして前方から、ニ匹のトカゲが現れた。
「あの時の……個体なのかな?」
リベンジマッチができるのではないか、ウデムシがやる気を滾らせているのか、触肢を存分に広げると、後方からも巨影が飛び出してきた。
――それは、女性だった。
二メートルは超えていそうな巨躯。瞳は真っ赤なルビーのように迸っていた。だが下半身は、人ではなかった。
クモだ。下半身がクモの体になっているのだ。八つの瞳がついた、クモの体。瞳は一斉に、イン達へと降り注いでいた。
「えっと……魔物で……いいのかな? それとも、プレイヤーさんですか?」
インの疑問も空しく、クモの女性は加虐な表情を浮かべ、まるでネコが獲物をいたぶるかのように、舌なめずりをしていた。
まぁ簡単に言えばアラクネなんですけどね。長らくこれがファンタジーである事を忘れていましたよ。
それは置いてといて、『新聞サークルの怪異祓い』。最後の仕上げを終えた後、連載を開始します。といっても、既に完結しているのでこっちは終わらないんですけどね。……イベントどうしよ。




