VS竜
今回はかなり長いです。分割することもできなかったので、ごりょうしょうください。
まっすぐ伸びた触手は、しかし空中で体勢を立て直した白い蛇の尾によって弾かれた。空中に留まった白い蛇は、毒々しい闇のオーラを纏わせる。そして、鱗を脱ぎ捨て真の姿を現した。
バリンと割れた背中から覗くのは、白とは正反対の漆黒の翼。鱗の間と間からは、毒腺のような紫の線がどくどくと浮かび上がる。
神聖な神の使いから一転して、邪悪の権化と化した蛇は眼下の存在を見下ろした。
「……化蛇」
「酒虫といい、中国の妖怪をよくご存じで。どちらかといえば竜じゃないかにゃ~?」
ピジョンが余裕な笑みを持ってツッコミを入れた次の瞬間には、竜はブレスを吹いていた。
「ミミちゃん! アンちゃん退避!」
「インちゃんもね」
ミミが地中に潜り、アンはその上に飛び乗った。ピジョンは失礼と断ってからインをお姫様抱っこして飛びのいたすぐに、紫の霧がさっきまで立っていた場所に直撃した。
「毒?」
「正確には猛毒だね。腐敗もついているから、下手な装備で受けるとかなり危ないよ~」
充満するブレスは障害物を物ともせず、ピジョンとインを追跡する。
腐敗の文字通り、不幸にも当たってしまった蛇が解け始めた。見る見るうちに液体状へと滴っていき、遂に水と同化して消えていった。
(あれは絶対に受けない方がいいよね。でも、どうにかする手段はないとなると……。やりたいことをやっちゃう方が良いかな)
「どうする気~? いつもの戦法は使えないよね~?」
敵は空中権を握っている。こちらからの通常攻撃は届かない上、魔法を使ったとしても大した打点とはなりえない。
さらに環境は劣悪。今まではミミを水や触手で位置判定をさせていたが、今回は咄嗟の事過ぎてそれもできていない。
ピンポイントで出さない限りは、あの邪竜はすぐに追いつきミミへ攻撃を当てて来る事だろう。
迫る猛毒ブレスと蛇の海。インは密かに口角を上げた。
「ミミズちゃんの特定方法は、なにも水だけじゃないよ」
「少し調べたけど、音もこう鳴ってたら分からないよね~?」
「別の方法があるからそこは大丈夫。でもまだその時じゃない。だから、あの攻撃が終わるまで走ってもらってもいいかな?」
「……後でエルフの耳触らせてね~!」
走る走る走る。ピジョンはインを抱えたまま走り続ける。直進的に、時にはグネグネと変則的に、インから蛇達に突っこむよう無茶ぶりを受け、周りをも巻き込んで走り切る。
「こっからあの竜に攻撃を加える事って出来そう?!」
「虫姫さまは無茶しか言わないね~!」
ピジョンはインを背中に移動させる。首に腕をかけ、ついでに腰にもインは足でホールドをかけた。
『風魔法:風刃』
ピジョンが振り向き、手のひらで風の刃を生成して飛ばす。そのことごとくがすり抜けられるか、大きく羽ばたいた際に生じる風で撃ち落とされた。
「……だから人は楽」
「怖いからやめて」
「跳躍、疾風はダメかにゃ~?」
「うーん、多分さっきの二の舞になると思う。私が蛇の立場だったら、獲物が優位性を捨ててきたって考えには至らないかな。むしろ風魔法を見たから、より一層警戒する」
言葉通り、竜は警戒しているのか小刻みにしかブレスを放ってこなくなる。
隙や行動を予知、動いた先に向かって直撃するせいで余計に躱しにくい。面倒くささが伝わってくるかのように、表情を険しくするピジョン。
「霧だと下が見えにくそう?」
「なるほどね~。じゃあ次、どうすればいいかにゃ~?」
インは実に清々しい良い笑顔を浮かべた。
「あの竜に突っこんでほしいかな!」
「十秒前と言っている事、違くないかにゃ~!?」
驚愕するピジョン。それでも打つ手がなかったのか、インを信じて踵を反し竜へと突っ込んだ。そのタイミングを見計らい、竜はここぞとばかりに開放する。
目の前には紫の霧、空中では避ける事すらままならない。
「ああ、そういうことねッ!!」
空中で体勢を安定させたピジョンは『風魔法:旋風』で、水や近場の蛇をも巻き込み竜巻を起こす。
竜巻は霧のブレスを食らいつくさんとするが、LVが低いせいか決定打にはなりえない。わずかに漏れた息がピジョンの腕に喰らいかかる。
ピジョンのHPが弾けた。それでもなお、腕は竜へとむけている。
『風魔法:風突』
周囲の空気を槍のように尖らせ、竜へと一斉射撃。余裕な笑みで躱していた竜だったが、いくつかが鱗を抉り体力を削る。
空中一回転を決め着地するピジョン。すぐにインベントリから小瓶に入った何かを取り出すと、皮が溶けてきている腕に振りかける。
「ありがとうピジョンちゃん!」
「後で覚えておいてね~」
「ご、ごめん! それと本当に、ごめんね!」
『光魔法:再生の光』
「ちょっ、何してくれてるの~!?」
インが手を向けた先にいるのは、何と上空で羽ばたく竜。目に見える形で体が光り輝き、ミミが削ったダメージ、ブレス後の疲労、ピジョンが決死の覚悟で削ったダメージさえも、元々なかったかのように回復していってしまう。
「インちゃんは人の努力を無駄にするのが好きなのかな~? ん~?」
「待って!? ちゃんと理由があるからその手を下ろして!」
竜は即座に行動に移る。嘲る様に大口を開けて息を吸い込んだ。喉はさっきのと比べられないほど大きい。だというのに、インの顔は自信に満ち溢れていた。
「これで良いんだよ! この光が! ミミちゃん! 下からつらぬけぇぇぇーーーー!」
叫んだと同時、上空の竜へ細く太い物体が突き刺さる。そのすぐ真下にいるのはミミ。
地面を掘り進め、竜のジャスト真下から一寸の狂いもなくミミが突き出したのだ。
ミミズは暗闇を好む習性がある。そして、光の方向を感知することができるのだ。
その為、上からでも光を与えると暗い地面の方に集まっていく。インは今回、それを逆手に取って攻撃を仕掛けた。いくら太陽があっても、ひときわ近くで輝く存在がいれば気づくだろうと。
「なるほどね~。私に攻撃させたのは、相手に悟らせず、ブレスを強制的にすべて吐かせ、少しでも長く光るようダメージを与えておきたかったからってわけか~」
「当たり! いひゃひゃひゃ!!! いひゃいひょピヒョンひゃん」
「にゃはは」
まんまと利用されていたのに気づかされたピジョンは、無理に笑みを浮かべインの両頬を引っ張った。
強く重い衝撃によろめく竜。今度こそ触手で捕まえようとするが、するりと間をすり抜けられてしまう。
振り向きざまに竜は口を開ける。間髪入れず、解放され両手で頬を抑えたインが次の指示を飛ばす。
「ミミちゃん! 口いっぱいに頬張った蛇達を飛ばして!」
スイカの種のように飛び出る蛇達。一瞬では躱すこともできない。HPが削られ、押し切られそうになる中でも、竜は意地を出したのか猛毒のブレスを放ってくる。
「竜の頭を思いっきり叩きつけて! ピジョンちゃん、お願いしていいかな?」
「自分の虫ちゃんに対して、割と残酷な指示を下すに~!」
脳天をかち割る勢いで、竜の頭に触手がうねりを上げて叩きつけられる。地面に墜落する竜。だがただではすまない。
代わりにミミの触手が、先端から恐ろしい速度で溶けだした。本体まで登ってくる前に、ピジョンは刀を振り上げ切断した。
「ごめんねミミちゃん。後でいっぱいナデナデするから。いっけぇーアンちゃん!」
捥がれてはいないが、地面にいるのであればこっちのもの。ミミの体に貼り付いていたアンが飛び出すと、唯一硬さの関係ない目にハサミを突き立てた。
HPバーが湯気のように蒸発する。五割を切った竜は数回その場でのたうち回ると、尻尾で地面を叩きつけ、巨大な水しぶきを隠れ蓑に空の主導権を再び握りこむ。
片目を閉じ、口が裂けそうなほど大きく開いて叫ぶ。翼を乱雑に羽ばたかせ、ミミへと急降下していく。
「ミミちゃんは触手で竜の攻撃を捌いて! アンちゃんは竜を視界に入れつつ、下にいる蛇だけを攻撃!」
「邪魔になるのは分かるけど、蛇よりもあの竜を倒しに行った方が一番手っ取り早いよ~?」
「ここで打ち止め、決定打がないんだよ。さっきの戦法はもう無駄だと思う。ミミちゃん! 触手を一本、私の腕を巻いといて。危なくなったら私の頬を叩く事! 今回の作戦、ミミちゃんが肝だからね!」
それだけ告げると、蛇の群れめがけてインは駆け出す。薄っすらと口角を上げてピジョンも続いた。
主の指示通り、アンは蛇を倒していく。隙ができた余裕で後ろをちらりと覗けば、高層ビル高さのミミと、空を飛び縦横無尽に猛毒ブレスを吐く竜。正しく怪獣大決戦とでも言うべき一端が繰り広げられていた。
ハサミをガチガチと鳴らすアン。すぐに切り替え前を向く。先輩として、後輩を少しでも助けるために。今自分にできる最低限をするために。飛び出した、はずであった。
正面に映ったのは、蛇の毒牙。常に背水の陣であるアンにとって、集中力は何よりも大事。それを一瞬でも欠いてしまえばどうなるか。
正しく、死、である。
水で足が捕られる。いつもなら躱せるだろうが、もう遅い。脳裏をよぎるは、いつも一撃でやられてしまう自分の姿。
行動を放棄して一瞬死を覚悟する中、
「『変身解除』!」
割って入る黄色い影。
「大丈夫アンちゃん? えっと、『再生の光』……は意味ないよね」
ライアと同じ魔法少女姿のインが、腕に蛇を貼り付け立っていた。
「これくらいなら、守ってあげられるから。むしろ、これくらいでしか守れないから」
「魔物の剣くらい持っておいてよ~」
ピジョンは、インの腕に噛みついている蛇の首に忍び刀を突き立て外す。
「ありがと――」
言い終わる前に、インは力なく倒れ込む。ステータスには麻痺のニ文字。
『光魔法:異常の拒絶』
軽い状態異常を治すスキルを頭の中で唱えると、体の痺れが取れていく。これでMPはもうほとんど殻。インは『再生の光』の代わりにポーションを取り出し、HPを回復させた。
「ねぇピジョンちゃん。ここからは賭けなんだけど――」
そう前置きを入れ、神妙な面持ちでインはピジョンに作戦概要を伝えるのであった。
全てを伝え終えたインは、足で軽い水しぶきを立てる。
「いい? アンちゃん。あそこにいる蛇達を足場だと思って。水に落ちたら即アウト。消えちゃうと思って」
インの目から見て体を震わせるアンの頭に、そっと手を置いて撫でる。
「大丈夫だよ。私もフォローする。だから、最初は私の腕がスタートだよ!」
腕を滑走路のように伸ばしたインは、その上にアンを乗せる。空を目指す飛行機のように。アンは両の足に力を込めると、主の腕を蹴り跳び出した。
「いけっ、アンちゃん!」
アンは蛇の軍勢を物ともせず、倒しては足蹴にしていく。
そこかしこからHPバーが無くなり、花火のように最後を散らす蛇達。その中でアンは、主の考えを信じミミの為に蛇を打倒していく。
蛇の経験値が雪崩れこみ、アンの攻撃力も上昇する。次第に一撃でも倒しきれるほど。
とはいえ、疲労はまた別だ。極度の集中。無限に湧き出る蛇の群れ。ウルフの時と違い、終わりが来ない。アンの動きは鈍くなっていく一方、蛇は徐々に勢いを増していく。
ピジョンとインも同様だ。アンとは違い、水の呪縛から足を解き放つ手段が彼女達にはない。ピジョンの動きにも無駄が見え始める。蛇の牙が掠りそうになってくる。
「まだなの~!」
「もう少し、もう少しだから」
HPが100を切ったミミの体力を、ポーションと『再生の光』で持たせる。自分に回復を使う暇すらない。
スキルで自然回復したMPを、全て要であるミミの状態回復を保たせるために回し続ける。
そして竜との立ち合いの中で、いきなりミミの体が光に包まれた。
HPがすべて削られたわけではない。
どこかにワープしているわけでもない。
「きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
体を光へと変えて、形態を変えていくミミ。光が一斉に火花のように弾け飛ぶと、青い体を現した。
サファイアのように艶めかしくも引き込まれる体色。前と比べて体に引かれた線がより一層際立ち、体系はより小柄へと変わっている。新しい体へと生まれ変わったミミは、見せつけるように体をうねらせた。そう、進化したのだ。
「反撃開始!」
インの号令に、ミミが触手を鞭のように振り回した。進化したてだというのもあり、速度も脅威もさほど感じられないのか、余裕をもって吐き出された猛毒ブレスがミミへと直撃した。
充満する紫の霧。
ニヤリとインは笑みを浮かべる。
晴れた先にいたのは無傷のミミ。瞬時にとかほどの腐敗を受けてなお、ミミは答える様子も無く体を揺らし立っていた。
癒しワーム
溢れる癒しの力で毒や麻痺といった不調を癒やす、珍しいワーム。この者の周囲にいるだけでも仲間と判別された者たちの不調が治り、液で作られたポーションは高値で取引されるほど効果が高い。
『異常耐性Ⅳ』
毒など自分に害のある状態を回復させ、常に健康状態を保つ。Ⅳ以下の状態異常は例外を除き無効化する。
インはずっと待っていた。ミミのステータスを覗いた時、進化までのLVがあと少しなのを見えた時から。経験値は、パーティーを組んでいれば他のメンバー倒した場合でも入ってくる。だからこそインは、あの蛇に打ち勝てる進化先であるのに賭けたのだ。
結果、その賭けに勝利した。
今までとは逆転し、竜のブレスが一切効かないミミの姿。どうやら腐敗と猛毒は、例外の中に入っていなかったようだ。
ミミが触手を伸ばす。竜はブレスを捨てたのか、ミミへ牙を剥き出しにして迫りくる。
インが片手間で指示を下すなか、蛇を狩るピジョンがぼそりと呟いた。
「正直、虫がここまでやるとは思ってなかったね~」
「そうかな? 戦略を組み立てて、常に相手の予想外を繰り出すこと。これさえできていれば、基本なんとかなるよ」
「普通はできないと思うけどね~。この戦闘で改めて感じたよ~。インちゃんの猫被りが激しいって」
「そんなつもりはないんだけどね」
会話の最中でも、バトルは進行する。
ミミの触手へ竜は食らいつく。牙は抵抗を受けることなくグニグニと進んでいき、気づけば触手で捕らえられていた。こうなってはもう、ブレスを吐くことも牙を剥くこともできない。
触手の中で上下乱雑に動き暴れる竜を、低くなった筋力で必死に抑え込むミミ。
だがLV差があまりにもありすぎる。数秒抑えきれているだけでも奇跡に近い。
体全体を丸めこませてさらに抑え込み、――破られた。竜が筋力にものを言わせ、強引に突破したのだ。
ニタニタと邪悪に嘲笑う竜。コツに味を占めたのかもう一度突撃し、視界に映るは自分が捨てた白。
ミミの背中を駆け上り、アンが今竜の頭へと飛び移る。振り上げ太陽で輝く白いハサミ。鱗の無い目玉へ突き立てた。竜が雄たけびを上げる。上げたところで、アンが止める気配など微塵もない。
「インちゃん鬼畜すぎィ~!」
「あそこしか攻撃通らないからしょうがないんだって!」
竜のHPが枯れていく。もうこれ以上のギミックは何もないのか、延々と攻撃が続けられていく。竜はもう抵抗する気力がないのか、もう既に暴れるのを止めている。
「ラスト!」
インの掛け声に合わせ、アンは最後のハサミを突き立てる。
最後のHPが噴出していき、竜は花火のように弾け消えていった。
訂正。最初の方で道を覚えるのに使わせてもらった足跡、道しるべ、追跡フェロモンですが、大体一分半くらいで消えてしまうそうです。間違った知識を流出してしまい、大変申し訳ありませんでした。
ちなみに癒しワームのモデルは”シーボルトミミズ”。個人的な理由で小さくしましたが、ものほんはかなり大きいですね。本当に青くて綺麗でした。
それと前も書いたと思いますが、この物語で虫が擬人化することはありません。せっかくの多様性を潰すのは勿体ないですからね。




