酒虫への葛藤
(やっぱり酒虫何だね。予想はしてたけど)
普通ならアルコール中毒になるであろう行動なのに、目の前の人物はケロッとしている。頬を赤らめる事すらなければ目の焦点もキッチリとあっており、ふらつく様子すらない。正しく酒虫に寄生されている人と症状が同じ。
リアルだと絶対にできないんだろうなぁと思いつつ、インは人ごみで流されるように屋敷外へと出る。
(待ち合わせまでは――、まだあるみたいだね)
とはいえ、今からすべてを観光する必要もないだろう。約束の時間になるまで適当に店や町内をぶらぶらすれば、ちょうどさっきの団子屋近くでばったりと出くわし合流を果たす。
あっちは思う存分刀を堪能したのか、妙に肌が艶々している。頬も今まででは考えれないほど緩み切っており、指している刀が三本ほど増えていた。
(そんなに必要ないよね!? 分からないけど)
「はぁ~、天国だにゃ~ここ」
「顔がふやけ切っているよ、ピジョンちゃん」
「環境って人を変えるよね~」
いつもの姿とはやはり似つかないピジョン。好きな物に一途なんだねと感じつつ、団子を買い談笑する。どこどこが江戸っぽくて良かった、どこどこが少し現代っぽくて悪かっただのを語り合っている内に、思い出したかのようにインが声を上げて立ち上がった。
「そういえばさっき、緊急クエストが――」
「どこでっ!」
先ほどまで緩み切っていたピジョンも同様に立ち上がり、インの両肩を掴みこむ。
「ち、ちかいよ。実は――」
クエスト名が酒虫である事。偶々寄ったら出てきたこと。このクエストを本当に受けていい物なのかと、インは喋る。
酒虫という仮想の虫が本当にいるのか、疑っているわけではない。味覚を感じ、そもそもがファンタジーなのだから、むしろこういう系クエストの一つや二つはあってもおかしくはない。ないのだが、それとこれとは別。少なくとも、酒虫の話しを知っているからこそ別なのだ。
「う~ん、確かに舞台が違うよね~」
「日本の書籍ではあるけど、舞台は中国なはず」
「まぁでも最近だと普通にあるからに~。しても酒虫か~、私も行ってみようかな~。だって面白そうだし」
ピジョンは本当に面白そうだと心の底から楽しむように、口角をグイっと引き延ばした。
説明やどんな感じに発生するのか見てみたいとねだられ、インはピジョン連れて先ほどの道を通り酒虫のクエストが出てきた場所にまで戻る。
一日に何度もやっているのか、金を投げ入れる大勢の客。酒を水のように呑む男性。抑える侍。さっきと同じ光景を見ていると、インの所に同じ酒虫のクエストが開かれた。
「私には開かれていない……。ということは、インちゃんにだけ開かれているのかにゃ?」
他の人達が帰っていく中、ピジョンは興味津々な面持ちでインのウィンドウを覗き込む。そう見えたのもつかぬま、考察犯としての顔を覗かせる。顎に手を当て、しばしの無言。そして「ひとまず受けてみたら?」と提案してきた。
(でも、酒虫の結末は)
インは国語の授業で聞いた事があるおかげで、酒虫の話しを覚えている。覚えているからこそ躊躇った。最後に訪れる、宿主の結末を。
「悩んだらとりあえず試す。酒虫が体の中に潜んでいるよ~、その人!」
「酒虫?」
相変わらず気楽な様子で、ピジョンはトイレから戻ってきた男性に声をかける。はたから見れば、何を言っているのか分からなかったのだろう。たちまち次の酒の準備をしていた侍の一人が、近づいてくる。
「いつまでいる。ほら、けぇんな」
「寄生虫が体の中にいるんだよ~。ね、インちゃん?」
(なんでこっちに振ってくるの!? そんなの……)
――答えられるはずがなかった。
審議を求めるような目で突き刺してくる、うわばみの男性。まだ帰っていない客たちも、何だなんだと面白がるように足を止める。それが更なる緊張感を生み、インは何も答えず体を震わせた。アンが頭を叩いてくる。
すると、うわばみの男性は実に愉快そうに大笑いを浮かべた。
「面白い事を言うお嬢さんたちだ。どれ、この国から出て南行ったところにな、湿地帯がある。そこの奥地に黄色い蛇がおる。そいつを十匹ほど持ってこれたら、話しを聞いてやろう」
「へぇ~、意外と良心的なんだにゃ~」
「持ってこれればの話しだ。まぁ、お嬢ちゃんたちなら蛇自体は大丈夫そうだが、そうだな――」
男性はインの頭にいるアリの目を向け、わざとらしく悩むふりをしてから今思いついたとばかりに自分の頭を叩く。
「持ってこれなければ、二度とうちの敷居を跨がないでもらおう。期限などない。ここで待っててやろう」
そう言い残すと、うわばみの男性は先ほどと同じように酒を呷り観客の視線を掻っ攫っていった。今度こそ侍に連れられ、イン達も屋敷外に出る。中からはまたショーを始めたのか、楽しんでいる声が十二分に響いてくる。
「さぁ、行こうかインちゃん!」
「結末、ピジョンちゃんは知っているよね」
「酒虫の結末? 知っているよ」
「なら――! いや、ゲームだからだよね」
「あったり~」と、ピジョンはインの手首を引っ張り、駆け出した。目的地は先ほど言われた、南の湿地帯。
やはりなんで、そんなにピジョンちゃんは楽しんでいられるのだろうか、なんでそんなにと、インは何も言わず顔を伏せる。
(私にはやっぱり、ピジョンちゃんの考えていることが分からないよ)




