図書館
異世界を意識しているためか洗濯や料理に使いそうな魔道具や、冒険に役立ちそうな様々な道具が置かれている商店地区。毎日ラインナップが変わるかもしれないのか、ピジョンは面白そうに見て回り、インとその虫たちも同行する。
時折何かを手に取り店を冷やかし、ピジョンは非常に満足した表情で噴水広場にまで足を運ばせた。
「でさ、インちゃん。ミミちゃんを送還してもらっていいかな~?」
NPCとプレイヤー含めた大多数の視線がなぜか突き刺さる中、ピジョンが振り向きそう切り出してくる。
「なんで?」
「いや……、ミミちゃんが可哀そうでしょ~? 毎秒減少するHPを無理やり上昇され続けているんだから~」
「えっ……でも」
インがそっと見やれば、ミミはくねくねと触手を動かせる。恐らくインと居たいから大丈夫と言っているのだろう。とはいえステータスを開いてみれば、今現在もHPは減り続けている。調合で作れるとはいえ、ポーションも無限ではない。
さらにピジョンが危惧しているのはもう一つある。
「ここでポーションを使い切って、本当にいいのかな~?」
魔物が出てこない町で、HPが減少するからとポーションを連続使用する者が、一体どこにいるというのだろうか。日光の耐性アビリティもあるにはあるが、その様子だと手に入れるのは困難。ハッキリ無駄であると、あの手この手の説得を用いてミミを送還させようと手を打ってくるピジョン。
「……そうだね。ミミちゃん『送還』。ごめんね」
涙ぐみ、それはもう悲しそうにインが送還を命じると、ミミの体が光に包まれる。そしてバブルがはじけるように光を周囲に飛び散らせると、インの手のひらに一つの石を残して消えていった。
突き刺すような視線が一気に減少する中、インはアンを抱いてピジョンにつられるがまま町の中を歩いていく。そうしてエルミナの北、北西まで進んでいくと街並みはガラリと変わる。
店に置かれている商品が、札やボロボロの剣、いろんな色をしている石類と魔道具中心になって来ているのだ。
図書館、知識を暗喩しているのだろうか。それとも別の意図があるのか。水と火が踊り、風が空中で遊んでいる。魔法使いの格好をした人が何かの商品を手に取り、店員に尋ねている。そこには、インとアンが知らない世界が広がっていた。
ピジョンから事前に聞いていた情報では、図書館は初心者が通いやすいようにと、北西地帯に位置しているようだ。とはいえ、中には魔法使い以外にも剣士に見える人たちも練り歩いているように見える。一体どういうことなのだろうか。
「気になるのかな~?」
「少しね。お兄ちゃんとか魔法を使っているイメージないし」
インが思い返してみても、兄のハルトは魔法を使っているイメージはない。それどころか使用するそぶりすら見せなかった。きっと使う必要すらなかったんだろうと、インは勝手に解釈する。
「ああ~そう言う事。実は魔法使いと剣士で、使うMPが違うんだよね~」
「どういう事?」
「剣士には剣士の魔法が、魔法使いには魔法使いの魔法があると思ってくれればいいよ」
このゲーム。区別しやすいように両方ともMPで表記されているのだが、剣士は闘気、魔法使いは魔力と若干違う。
闘気というのは、自身のオーラのように立ち昇る力を操り、剣や身に纏う物。そこから剣術や闘術などのアビリティを会得すれば、斬撃を飛ばしたり、身体を強化できるようになる。そこからLVを上げていけば、火や水、風を纏うことができる。
反対に魔力は、自身の内側に秘める力を形として外に放出する物。そこから魔法や陰陽、呪術などのアビリティを会得して攻撃したり、自分や他人を強化できるようになる。そして、剣術よりも威力の高い火や水、風を飛ばせるようになる。
とはいえこの二つは、現段階の状態では名前が違うのと、少し役割や技が違うのみで後はほとんど同じだったりする。しいて言うなら、身体強化は剣術の方が、火や水などの属性は、魔力の方が優れているという点くらいだろうか。
故に剣士のハルトが使うのは闘気なのだろうと、ピジョンは説明してくれる。
「でもピジョンちゃんは魔法を――」
「ほらほら、見えて来たよ!」
そうこうしていると、ローマ数字で表記された大きな時計が特徴的な、現代ではアメリカ大学辺りにありそうな塔が見えてくる。エルミナの図書館の目印となる建築物だ。
近くまで来ると、より一層図書館の大きさが目立ってくる。横百メートル、縦三十五メートルほど位だろうか。その様はもう現代にあるこじんまりとした図書館などではない。制作人は明らか、大学をイメージしただろと感じるほどの風貌を放っている。
そして二人と一匹が中に入ろうとすると、司書と思しき制服を身に着け、名札を首から下げたNPCの女性が走り寄り声をかけてきた。「すいません。テイム魔物はご遠慮願えないでしょうか?」と
「流石に図書館はね~」
「そう……だよね」
図書館にアリを連れて入るどころか、まず関連以外の施設にアリを持ってくる人は居るのだろうか。ゲームなのに割と常識的なことを言われ、インはアンを輝石へと送還する。
インが図書館に足を踏み入れると、衝撃的な光景が目に飛び込んでくる。それは土星だ。いや、土星のホログラムだろうか。
ネットワーク回線のような彗星を身に纏う水色の球体が、宙へ浮かびゆっくりと絶えず回転しているのだ。目が離せない。見えない針で縫い付けられたかのようだ。
それでもと少し目を移動させてみると、五メートルはあるんじゃないかと思う等間隔に並べられた本棚に、隙間なくびっしりと詰められた本。色彩も全て揃えられている様はまるで、壁と表現した方が正しいのかもしれない。
そして暑すぎず、寒すぎずを保っており、中の温度は読書にはピッタリの環境となっている。
放心して口をポカンと開け、その場で立ち止まってしまうイン。思わず叫び声をあげてしまいたくなるが、そこは図書館。辛うじて喉で押しとめ、「え!」と誰かの耳には届いたのだろうが、そっと静かに消えていく。
そこに、いたずらが成功して楽しそうに笑みを浮かべる、子どものような表情をしたピジョンが両手を後ろに組んで覗き込んでくる。
「ゲームはすごいでしょ~?」
「う、うん。あれどうやって本を抜き取るのかな?」
「まぁ、普通そういう感想になるよね~。でもこれゲームだから~」
と、ピジョンは水色の球体を囲うように作られている受付にまで行く。そしてこちらに向かって手を振ってくるので、少し早歩き気味にピジョンの元に向かう。
「どうしたの?」
「初めて来た人は、ここでカードを作って、後は注意を聞けば利用できるようになるからに~」
ピジョンから説明を聞いたインは、受付で図書館を利用するための手続きを開始する。とはいえ特に特別なことは必要ない。紙を渡され、そこに書かれている注意事項を読み、規約を守ると同意する意味を込めて名前を書くだけで終了だ。
その規約も、特に難しいことはない。武器を出さない事、攻撃系のアビリティやスキルを使わない事、他にはリアルにある図書館とほとんど同じ、飲食禁止や無断で本を持って行かないこと、暴れたり他の人に迷惑にならないようにするくらいだ。
とはいえ騒ぐのはダメだが、人と会話するくらいの声量なら問題ないらしい。そこは、勉強に来ているのに、分からないところを人から教えてもらえないのはどうなのだと、理由があるとか。
現に、インはさっきからピジョンと普通の声量で会話しているが、誰に注意されるわけでもなく睨まれる事すらない。
注意事項を読みこみ、名前を書いてインが紙を提出すると、最後にリアルでは考えられないことを職員に告げられる。
「貸し出しもできますが、基本返しに来なくて大丈夫です」
期限はしっかり守るようにするのが普通なはずだ。なのに目の前の職員は、返しに来なくて大丈夫と言ってくる。これはどういうことなのか、インは「大丈夫なんですか?」と返した。
「ここにある本には、期限が過ぎると自動的に戻ってくるよう、魔法をかけてあるのです」
どうやらその方が、返す人は時間を取られない。貸す方は確実に戻ってくるから、お互いに理があるのだとか。
(魔法って……、本当にすごい)
改めて魔法の利便性をインが感じ取っていると、職員から首から下げるタイプの許可証を渡される。インはそれをかけると、ピジョンと共に魔法について記された本を探しに行くのだった。




