ピジョンの実力 1
「あちゃ~躱されちゃったか~」
「えっ、えっ、ピジョンちゃん?」
奇跡的に忍び刀はインをすり抜けた。ただいきなり攻撃された事実にインは口を開けて瞬きを数回、驚きと動揺を隠せない。なぜいきなり攻撃してくるのか、と。
瞬きをしない。いつものようにふざけた笑みも浮かべていない。ピジョンは怖い位の無表情をしつつ、手元の忍び刀を遊ばせている。まるで、タイミングを見計らい連撃を仕掛けるかのように。
「自分の責任くらいは取ろうよ~。ねぇ、侵略者さん?」
「わたっ、私は侵略者じゃないよ!」
「少女を弱体化させてよく言う。それともか弱い少女に漬け込んで、虎視眈々と弱点を探るって計画を立てていたのかにゃ? あっはは、やるぅ~」
ピジョンは指を目に当て次に忍び刀の切っ先をインに向けてくる。
「小さくて貧弱そうな見た目を最大限に生かしてるねぇ~。それで情に訴えたつもりなのかな? か弱い少女を騙せても、私の目は騙せないよ~」
目の動きが左に少しずれた刹那、踏み込みと同時にインへとナイフが振りぬかれる。
「はやっ」
「フフッ、実はインちゃんと戦って見たかったんだよね~!」
人は不足の事態に陥ると、判断能力が著しく低下するという。
同様に思考が飛んで体が硬直して動かない間に、ピジョンは何もない左手を後ろに回した。まだ体勢を崩して、自由に動けない。インが次に捉えたのは、明確な殺意を持って投擲された手裏剣。
ミミが触手を伸ばしてインの体を掴み取り、持ち上げてやると手裏剣は股の下を潜りぬけた。
「ピジョンちゃん! 危ないって」
「いやぁ、これも躱すか。なら、ミミちゃんから先に片付けようかな」
ピジョンは地を駆け出し右手をスライドさせて忍び刀を逆手で構えると、ミミへ接敵。音もない無音、それでいて激しい嵐のように斬りすさぶ。
インが分かる時点で十回。すぐミミの危険が迫っていると判断して走り、拙いながらも魔物の剣を合わせて火花を散らす。少しの間だけ起こる鍔迫り合い。だが、インでは筋力が足りない。いくら魔物の剣で上乗せしようと、ピジョンの忍び刀はそのすべて笑い飛ばす。インが押し切ろうと力を籠めようとするも、ピジョンは表情を一つとして変えないうえびくともしない。
簡単に振り切られ、ミミに接敵されそうになる。
「ミミちゃんッ!」
「にゃはは、やっぱりエルフで力勝負をするものじゃないね。絶対とは言わないけど」
だが、ピジョンの忍び刀が向かう先はインの魔物の剣。わざわざ振り払ったのに、当ててくる。
「ねぇ私、ピジョンちゃんに嫌なことした? 教えてよ!」
「分からないかな。現在進行形でイラつくんだよね。悲劇のヒロインを助けたいとか言っておいて、相手の侵略者も助けたいだって~?」
腕が引き締まり、忍び刀へとさらに握力をかけるピジョン。
「なら何でさ。宇宙船で攻撃されている魔法少女を助けようとしなかったの? その間ずっとここで棒立ちだったじゃん。インちゃん知ってる? それ口だけっていうんだよ」
「それは、そんな事したら侵略者が」
「別に侵略者はそのまま逃がしてもよかったよ。それがインちゃんの決断だったからね」
ピジョンはなおも続ける。
「私が言っているのはその間も、魔法少女はプレイヤーや侵略者に何度か攻撃されてたでしょって話。なんで両方とも守ろうとしなかったの?」
ピジョンから怒涛に吹き荒れる剣筋に、防戦一方を強いられるイン。明らかに手加減されているのが分かる。なんせ攻撃がすべて当たるように向かって来ているのだから。ピジョンの腕前なら、とっくにもう自分は倒されていてもおかしくはない。
「じゃあどうすればいいの! それだと、ライアは助けられない。侵略者がいなきゃ、ライアは活動できないんだよ!」
「し~らない。私そういう感動系って、音楽とか流れで無理やりそう仕向けてくるのが見え見えだから白けるんだよね~。言ったじゃん。どうすればいいか、どう行動すればいいかをなるべく人に聞かないようにするって」
――自分の思った通りやればいいんだよ。
ピジョンは忍び刀を振り上げる。インが対応しようと魔物の剣を下から振り上げれば、いともたやすく弾き飛ばす。あらぬ方向に飛んでいく魔物の剣。つい視線を奪われると、ピジョンに背後に回れてこつんと頭を軽く叩かれる。
「私は……たとえゲームでも、ライアの命をそんなに軽くは考えられないよ」
俯きそうになるインの背後に立つピジョンに、ミミの触手が迫りくる。
「そうだね。それがインちゃんらしいよ」
それを後ろに目がついているのではないかと疑うほど、ピジョンは前に後ろと背中を大きく逸らし、完璧なタイミングで流す。『イーグルアイ』スキルの、応用の一つである。
見計らったかのようにインはインベントリからあるものを取り出すと、ピジョンに思いっきり投げつけた。そこからピジョンに目を向けつつ、近くに飛んでいった魔物の剣へと駆け出す。
「ピジョンちゃんはなんでそんなに平然としていられるの。いくらNPCでも一人の命なんだよ!」
ピジョンは飛んできたアイテムを躱すとインに接近する。
「なんでなのかにゃ~? 一言で言えば、ゲームだからかな~。ゲームだから、無害な村人を倒せるように設定されているのなら、倒したあとの主人公の評価を確かめてみたいとか?」
インは走る足に急ブレーキをかけると、ピジョンに振り向いてもう一度何かを投げつける。
「それがピジョンちゃんの、気になった事は調べ通したい行動原理なの?!」
ピジョンが何かに合わせるように打ち上げれば、顔中に緑色の液体が降り注ぐ。インはしっかりとかかったのを確認すると、再び魔物の剣を目指す。
「うわっと! そうだね~。虫に関連するものがあったら暴走するインちゃんみたいだよね~。流石の私も節度はある行動を心がけてるけどね~」
「どこがだよ! 夜襲とかライアの弱点とか! ッグ!」
背中にバツの文字が刻まれる。見ればピジョンの方目が微妙に開いている。回復薬による目潰しを片目をつぶる事で回避していたようだ。前かがみに崩れ落ちるイン。ピジョンは一歩ずつゆっくりと近づき、直後ミミの触手の接近に気づき忍び刀を一閃。
触手がちぎれて宙に浮かぶ。そのゆっくりとした時間の中、インは魔物の剣を拾い上げるとピジョンに突き出した。
「それは何度も言うけど他プレイヤーがやっただけ。魔法少女の弱点はインちゃんが勝手にやっただけ。人に責任転換するのはどうかと思うよ~?」
あと数センチ。なのに刃は届かない。ピジョンは踊るように右足を軸に回転すると、インのわき腹に踵での回し蹴りが突き刺さる。体の芯に直接響く一撃。地面を数回バウンドして転がった。
ふぅとピジョンが息を吐いてから、休むことなくミミに線を刻む。インのすぐ目の前、触手がいくつも弾け飛び、ミミは苦しそうに体を揺らすと、光となってその場から消えていった。
「分かってるよ! ……分かってる。だから……、ライアが弱くなったのは私のせい。侵略者を逃がして弱体化させた私のせい。今更ライアを心配できる立場じゃないってことくらい」
「いや別に、知ってて止めなかった私も一枚噛んでるけどね~。全部インちゃんが悪い訳じゃないよ~」
ピジョンは何時ものように笑みを浮かべると、インを見下ろして続ける。
「もう一度言うけど、責任は最後まで取ろうよ~。口だけで行動を起こさないのは、私が見てきたインちゃんでしかないけどらしくないよ~? いつもならどれだけ人に言われても、虫ちゃん! って、それ一筋の行動を起こすじゃん」
インはゆっくりと地面に手を突き、膝に力を入れて立ち上がる。
「自分の考え、思ったことを貫けばいいんだよ。それをいつまでもいじいじいじいじ。魔法少女の運命はもう決まっちゃったんだから、後はどうするかだよ」
道化を演じるように軽いリズムを取る口調で告げるピジョンが、インベントリを開いて手を動かす。そこから何かを投げつけてくるので、インは腕で顔を覆い防御姿勢を取る。とはいえもう、瀕死寸前。意味なんてないだろうと少し諦めかけていたインの、HPが見る見るうちに回復していくではないか。
ピジョンはウィンドウを操作すると、戦闘中にも拘わらずインに二つの瓶を譲渡してくる。名は星の雫。効果を見れば確かに、やられた仲間が生命の凝縮した星の力で息を吹き返すとの明記がされている。インは輝石に雫をかけてやると、視界を覆い隠すほど輝きだしアンとミミが姿を現す。
「弱弱なインちゃんだけをいたぶる趣味は私には無いからね~。いうなら、情けってやつかな~」
「うん。私は気にせず、ライアを助けに行くのが正解だったんだね。私、友達なのに。そんな事も頭から外れて」
「正解かどうかは分からないよ~。私はこうも言ったからね~。自分のやった行動が正しいかどうかは、後々自分が決めたり、周りに証明するものだって」
「そう、だったね。私、ずっと悩んでた。でももう大丈夫! 早くライアのとこに行って加勢しなくっちゃっ!」
インが町の方面を見てみれば、ライアが侵略者側プレイヤーに追われているのが見える。夜の十二時くらいに始まった戦いなのだが、夜襲で大きく戦力を削られ勝てそうにない事、言語が通じる侵略者から事情を知ったことで、寝返るプレイヤーが多いのだ。
侵略者側はさっき出てきた弱体化している魔法少女を倒せば勝ちだというのもあり、逃げ惑う魔法少女を躍起になって追っている。
インが町に駆け出そうとすると、その前をピジョンが立ちはだかる。
「うんうん。それじゃインちゃん。続きをしようか」
次は十二時です。
これ見てわかる通り、ピジョンはかなりの化け物だったりします。




