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束縛の崩壊

 

 その時、ミミの体が戒めを破るかのように膨脹を開始する。一メートルと少ししかなかった体が、太くなっていく。ゆらゆらと揺らめく触手も又、呼応するように太く長くなっていき、遂には通路に収まらなくなるほど肥大化していく。


「聞いてたけど、本格的にやばい物をテイムしたようだねインちゃん!」


「じゃあピジョンちゃんは外に行ってきて」


「オッケー!」


 ミミはまだ、肥大化を止めない。通路を埋め尽くしそうになるほどに。少しの隙間すら残さず、天井につけてある電灯と思しき物すら破壊して。ミミは大きくなり続ける。

 幸いにも、暗闇が続くとはいえここから出口まで一本道。アンがいなくとも、ピジョンなら何とかなるだろう。


 ミミはというと、巨大化して抑えきれなくなった体が、電流で出来た牢獄を貫通する。ここまで来るとミミが根を上げるか、壁が壊れるかもしれない。しかし壁は、そんなミミの体を見事押し返している。十三メートルになるミミの体であろうと、ここは地下。開いている空間が無ければ押し止められるのは道理であろう。

 かといえば、ミミが苦しむこともない。なんせミミズは無脊椎動物の一匹で、さらに骨というものがない。入りきらなかった分は、他の通路にまで及んで広がり続ける。

 とはいえこのままでは、主であるインの方が潰される可能性はあるだろうが、その現象が起こることもない。なんせミミズの体壁筋は収縮性に優れ、制御性にも長けている。太くなったミミの体は、電流を浴びた瞬間から次第に収縮を始めたのだ。


「骨がないとこういう時便利だよね。ま、ミミズは骨どころか目も耳もないんだけどね! じゃ、ミミちゃんはこれ持って!」


 インは魔物の剣を取り出してミミの触手を一本掴み、ぐるっと巻きつかせる。


「じゃあ次はアンちゃん。一緒に行こうか!」


 インはミミの体を突っつき触手を受け取ると、今度は自分の体に巻いていく。そこからミミに頼み、アンのはさみが宝玉に届くまであと少しの場所まで持ちあがらせる。後はインが腕を伸ばして終わりと、確かにそのはずだった。


(力が)


 グラスウルフの体力を余裕で削り切り、もし同じサイズであれば普通の人間の腕すら切断できるほどの威力を秘めたアンのはさみ。それがまさに宝玉を砕こうとする。寸前、インの腕に鉛で固められたかのように重くなる。見れば、自分の体から魂が抜け出るかのようにオーラが立ち込めており、それが宝玉の中に吸い込まれていく。

 それも他の人よりも距離が近いからか、吸われる量も尋常ではない。せっかく持ち上げていたはさみは徐々に下を向き始め、高所からアンを支えるのもやっと。既に軽視できなくなっている。

 そして力を吸われているのはインだけではない。アンとミミにも同様の現象が起こっている。アンなんて主よりも近い距離、ミミは主よりもでかく太い体積のせいかインより酷い。ミミの触手にも揺らぎが生じる。


(これじゃあ壊せない。力も入らない。それにこのままだとまずい)


 ミミはミミズ型。骨がないせいで潰れることはないが、逆を言えばそれは壁全体が埋まることを示唆している。そうなれば宝玉まで埋まってしまい、攻撃できなくなる。

 それだけではない。もしこの高さから落ちればインは無事だろうが、最大HPが1しかないアンでは耐えきれない。宝玉を壊す手段すらなくなる。

 さらに言えば、電流の檻も彼らの力で出来ている。彼らがいる限りこの檻は壊されず、檻が壊れたところで力を吸われ動くこともままならない彼らでは、そのままミミに潰される運命を辿る事となる。――だったら。


「アンちゃん、私を踏み台にして宝玉に向かって、持てる力の限り頭突きしてきて!」


 本当にいいのかとでも言いたげに、アンが振り返ってくる。かくしてインは、本気だった。むしろこれしか宝玉を壊す手段はないと、アンから手を放し自分の頭に発射台として利用するために乗せる。

 足に力を込めているのがよく分かる。それでも負けないと、インは首にかかる体重を必死に耐える。

 そして遂に、アンは飛び出した。


「いっけぇ! アンちゃん!」


 アンの筋力を支え、その反動を受け止めるだけの防御をインは持っていない。アンの全身全霊をかけたジャンプに、頭がハンマーで殴られたかのような勢いと共に、首にとんでもない負荷がかかる。

 代わりにちらりと見えた視界の隅で、弾丸のように発射したアンは、勢いを止めることなくどこまでも突き進む。狙いはただ一点、宝玉のみ。そしてアンの防御を捨てた頭突きは見事、宝玉を強く強打しヒビ入れる。


(体が!)


 インの腕が少しだけ軽くなる。力の吸収機能が弱まったのだろう。しかし、完全には機能を停止していない。それどころか、弱まっていた体では今の一撃に頭が耐え切れなかったのだろう。アンの体がゆっくりと頭から尾部まで、ホタルが立ち上るように光に包まれ消えていく。


「アンちゃん。いや、まだだよね」


 喜びや悲しみは後。そんな事をすればせっかくの命を懸けたアンに、主として示しがつかなくなる。インはミミの体を二回ノックして、魔物の剣を準備させる。

 そのインとミミの前に立ちふさがるのは、犬のような見た目をしている黄色い体のマスコット。反抗的な態度を取るものに攻撃をするようにプログラムされているそれは、ライアを二度と失いたくなかった父親の思い。

 侵略者であろうと利用して、唯一無二の娘を守りたかった父親が具現化した人形だった。


 鞭が生きているかのようにしなり、ミミの体にいくつもの痕をつけていく。斬撃に耐性を持つミミでも、打撃系の攻撃には何ら耐性を持っていない。着々と400越えしているミミのHPが削られていく。

 触手で魔物の剣を振るおうにも、ミミの全身に伝わってくる衝撃がそれを許さない。威力を少しでも上げるために触手を振り回しても、痛みで手元がブレるせいでこのままでは外れるのが目に見えている。

 それもそのはず、ミミズは目や耳が存在していない代わりに、光や振動を感じる器官を持っている。振動を感じ取れるおかげでインの言葉などの音を聞き取れる代わりに、衝撃で生じる振動も深く感じ取ってしまうのだ。


 五月雨の如くやまないムチ。

 ミミが同じように触手で対応することもできるだろうが、それは鞭の当たる面積を広げることに他ならない。逆にミミの体が大きいせいで攻撃をかわすこともできない状況下、インはミミにポーションを使うのを止め、触手から外れて黄色い犬めがけて落下する。


 インは気づいていた。

 この中で自分が一番、何もできないことを。


「ミミちゃんは宝玉を壊す事だけに専念して!」


 だからこそせめて、インは黄色い犬に上から覆いかぶさるように抱き着き、攻撃や狙いをすべて引き付ける。


「ミミちゃんをこれ以上。傷つけさせないから!」


 腕、頭、そして意識が飛びそうなほどの鋭い痛み。

 けれどもインは、この攻撃を受けていたミミを思い耐え続ける。


(HPがもう無い!)


 しかし思いや負けない気持ちなど、あったところでHPシステムにはあっけなく敗れる。それが、ゲームというもの。抱き着いている状態では作ったおかげで大量にあるポーションを取り出すこともできない。そろそろ0の数字が訪れそうになる。それでもインはどかない。自分の子を守ろうとして何が悪いのかと。


 数字が二桁から一桁へ切り替わる。これで終わり。ミミが剣を投げ飛ばせば終わり。それで助けられる。そう思った瞬間、インの目に映るピンクの触手。希望とも比喩で来そうな触手は、人形とインを区別無しで絡めとる。そして、持ち上げた。

 宝玉と主。自分を取ってくれた選択に、うれしく思いつつも後悔するイン。反対に、なおも暴れる黄色い犬。このまま両方とも締め付けられば、確実に倒せるだろう。後はミミに任せようと、インが体から力を抜く。


 だが、いつまで経ってもミミが締め付けることはない。それどころか、何かを待っている。そんな風に思える行動に、インの脳内に一筋の光の線が走る。


(なるほど、ミミちゃんそう言う事だね!)


 インはミミの意図を瞬時に察すると、インベントリからポーションを取り出して自分とミミのHPを回復させる一方、マスコットキャラは激しく暴れて抵抗を繰り返す。

 まだテイムして短いとはいえ、インには分かったのだ。この状態のまま、暴れないのが正解だと。きっとミミは、自由を奪ったところで主なら絶対に抵抗はしないと考えているのだろうと。

 その問いは、すぐに正否が返ってくる。ミミは鎌首を持ち上げると、人形を開放して口の中に放りこみ、飲み込んだ。喉元を通っていく人形。魔法少女の為だけに存在し、弱者にムチを打っていた歪んだ父親の最後の願い。その最後は、真っ暗な胃の中で密かに閉じていった。


 反対にミミは、遠心力の力を利用した魔物の剣を一気に、アンがひびを入れた宝玉へと振りぬいた。

 魔物の剣では本来、筋力が足らず宝玉を破壊するのは不可能。しかしインよりもはるかに筋力値の高いミミなら。アンが命を懸けてヒビを入れてくれたなら。


 今度こそ、宝玉を完全に破壊できる。


 魔物の剣は寸分違わず宝玉へと向かっていき、カツンと手ごたえを感じさせる音が鳴らし宝玉を貫通する。ひびはどこまでも面積を広げていき、亀裂音が一瞬鳴りやんだ。

 瞬間、舞い落ちる黄色の花びら。ミミの触手の中で力を吸い取られ続けたインが目にしたのは、束縛の象徴が粉々に砕け散っていく様だった。

 次は七時です。

 絶対最初と最後のギャップが違う。


 少しの豆知識。飛ばしたい方はどうぞ。


 オーストラリアやアジアの一部に生息するというツムギアリは、自分の体重の約十倍以上の獲物すら持ち上げることができます。さらに社会性が高く、仲間とのチームプレイもお手の物。昆虫の頂点に立つといわれるカブトムシや、スズメバチすら食料になってしまうそうです。


 ではもしこいつらが大型化してしまったら、人間には勝ち目なんてものはないんじゃないか?


 どうやら地球上の昆虫は、酸素の量、酸素濃度によって大きさが変わるそうです。虫は哺乳類と違い、体の内側にある気門と呼ばれる穴で呼吸を行い、肺などに相当する器官を無理に使いません。ただ吸う為だけに使用するようです。その為、大きくなろうとしても彼らは大きくなれない、が正しい答えのようです。


 ちなみに今回比喩で用いた、人間の腕すら切断できるほどの威力を秘めたアンのはさみ。これ、実際にアリが人間と同じサイズであれば切断できるかもしれないとの事。虫の世界って怖いですね。基本雑魚で出てくる虫が、最強クラスで出てくる小説が少しでも増えればいいのですが……。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 虫が雑魚ってそらないですわ(・ω・) 蝗害とかとんでもない大きさですし
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