アリ戦 リベンジ
食事中の方は注意。というより、ここから先ほとんど食事中の方は注意
「おねぇ、もう諦めろ。転生を得て強靭な力を我が物にしてから仲間にすればいい」
「でもそれじゃあ、アンちゃんと別れちゃう」
このままいくらやっても先へは進めない。そうファイは何度も説得をし続ける。その度インは首を振る。
ファイには見えていたからだ。一匹目のアリに噛まれた時点でアンが光に変わっていたのを。
この先インは、『調教』アビリティがLV10になるまで、新しい魔物をテイムできない。
だが『調教』のアビリティを上げるには戦闘に勝利しなければならない。
一撃でやられてしまうのであれば、勝つことなどほぼ不可能。詰みといってもいい。
いつ飽きてゲームをやらなくなるか分からない。
この状態を変えるにはもう、データを消して新しく作り直す他にない。
「アンちゃんと離れるなんて嫌だ!」
対するインも主張を変えない。
テイムされた魔物は主がデータを消した時点で存在を消してしまう。
所詮データ。とはいえアンというアリは、現在胸に抱いている固体しかいない。
諦めるなんてしたくなかった。
完全な平行線。次第に雲行きが怪しくなってくる中、一石を投じる者がいた。
「そこまで。言っただろ? レベル上げに付き合うと」
「お兄ちゃん」
弱いなら一から強くなっていけばいい。本よりその為にハルトとファイはここに来ていた。
ひとりから一匹に変わっただけ。
そうインを元気づけた後、ハルトはファイへと目を向ける。
「ファイもだ。インはこう言っているんだから、ゲームを止めるなんて選択肢を取るわけがないだろ」
「おにぃ」
「分かったら、一緒にまたレベル上げしに行こうぜ。なっ?」
腰に手を当てハルトが二ッと笑う。呆然と顔を見合わせたインとファイ。二人は頷き合う。
「うん、お兄ちゃんありがとう!」
「おにぃ。そうだな、弱きものに手を差しのべる事など紅蓮と灰塵の魔女のわたしなら余裕に決まっている。その、……ありがとう」
仲直りをした後、イン達は再び、草原へと繰り出した。
* * *
種族 アリ
名前:アン LV5
HP15/15 MP0/0
筋力17
防御12
速度7
魔力0
運5
アビリティ 『筋力増加LV2』『蟻酸LV5』『頑丈顎』『防御増加LV2』
「これで平凡以下だな」
「遠距離攻撃あって助かったな」
何回目かの戦闘後、ようやく三撃ほどなら耐えられるようになってきた。
どうレベルを上げようか、悩んでいるときにハルトがアンの『蟻酸』に目を付けたからだ。
『蟻酸』なら遠くからでも攻撃できる。後は攻撃されないように立ち回ればいいので、レベル上げにぴったりだ。
「これならわたしの力を欲さなくとも、もう勝てるのではないか?」
「ずっと俺達と一緒にいるってわけにはいかないしな」
「うん。そうだね、やってみるよ!」
やる気十分とでもいいたげにアンが口をがちがちと鳴らす。そこへマウスがちょうどよく現れた。
見た目は服を着た二本足で立つネズミ。瞳は赤く、腰には短剣を携えている。
三人と一匹の視線。マウスは好戦的に剣を抜く。
「おっ、早速試してみたらどうだ」
「うん。行って、アンちゃん!」
インの言葉と共に、アンが足をバネのようにして飛び上がり、噛みついた。
いくらHPは平均以下でもLVは5だ。
怯みながらもマウスは果敢にアンへ刃を向ける。
アンはそれを風の流れを触角で感じとった。マウスを放し、地に足がついたと同時に左へ跳ぶ。
マウスの刃が空を切る。交差するようにアンはもう一度マウスの腰に食らいつき、HPを削りきった。
「やった! やったねアンちゃん!」
喜びをジャンプで表現したインは、勝者であるアンに飛びつき、頬を摺り寄せる。
「これくらいやってもらわないと困る」
「あれが普通なんだが……、なんか変に感動するよな」
後ろで当たり前と胸を張るファイ。ハルトも物言いたそうな顔で今の勝利を祝福する。
アンはようやく、LV1のプレイヤーと同じスタートラインに立ったのだと。
ひとしきり勝利を堪能したイン一行。
すると今度は、依然と同じ三匹アリの編成に遭遇する。
「前はやられちゃったけど、今度は違うよ! 行くよ、アンちゃん!」
じりじりと睨み合うアリVS三匹のアリ。
後ろでハルトがリベンジマッチかとテンションを上げる。
「アンちゃん『蟻酸』!」
先手必勝。アンは尻尾を持ち上げ蟻酸を発射。正面アリに降りかかった。
だが左右のアリは避けていた。左右から挟み撃ちをするかのようにアンへ攻撃を仕掛ける。
「アンちゃん、飛んで!」
死角になる位置。しかしこの戦いはアンだけのものではない。
主であるインがいる。
アンは言葉通りに跳びあがる。ちょうど真下では二匹のアリが互いに頭をぶつけ自滅している。
挟み撃ちはかわした。しかしアンがいるのは空中だ。
そこを狙い打つかのように真ん中のアリが『蟻酸』を飛ばす。
「アンちゃん『蟻酸』!」
アンも尻尾から『蟻酸』を飛ばして相殺する。
目を回す二匹のアリを踏み台にアンは着地する。
次のインの指示で正面アリにHPを飛ばした。
インが指示を出し、アンが行動する。
それはもう後ろでハルトとファイが息を飲むほど息のあったコンビネーションであった。
「アンちゃん噛みついて!」
インの指示でアンが攻撃を繰り出し、二匹のアリの倒しきる。
一ダメージも受けることの無い完璧な試合運びであった。だからであろうか。
初心者故の失敗をしてしまうのは。
「やったぁ! アンちゃん最高だよ!」
「あっ、待っておねぇ!」
ファイの言葉も聞かず、安全確認もなしでインは動き出した。
そこに姿を隠していた新たなアリが五匹も殺到する。
アリは社会性の虫。三匹に思えた群れは本来八匹だったのだ。
あまりに一瞬の出来事にインの頭は空白に染まる。
防御姿勢を取ることすらできず、光に包まれその場から消えた。
「有象無象の魔物が住む場所。兜の緒を締めぬからああなるのは当然」
「言ってる場合か」
気取るような仕草と共に無常なセリフを吐くファイ。
そんなファイの頭に軽いチョップを入れるハルト。
そのすぐ近くではインの指示がないせいか、アンもすぐに後を逝く。
最後に残された二人の廃人は申し訳程度に仇を取り、インの復活する町へと急ぎ戻りに行くのだった。




