オネスト
先ほど鍵を開けた床下を開けてみると、地下へと続きそうな石材の階段が伸びている。天井には蛍光灯タイプの電球が取り付けられており、すぐ横にはスイッチ。
せっかく暗闇に目が慣れているのだから、わざわざつけて少しでも居場所がばれる危険を冒す必要はないだろうと、何かあっても対処できるピジョンを先頭に一歩ずつ下っていく。
「ねぇインちゃん。後ろから物凄い迫力を感じるんだけど、どうにかならない?」
「そうかな? むしろ癒しを与えてくれると思うけど。このまま食べられてもいい位に」
「それインちゃんだけだからね?」
ピジョン、アンを抱いているインと続いて、一番後ろからワームが無理やり体を押し込んで通路を隙間なく埋めて詰めてくる。これで脅威を感じるなという方が無理に近いだろう。インが真ん中に挟まれているおかげで、まだ怖さを軽減できている節すらある。
無機質な灰色の壁がミミの這いずる音を反響させれば、その度にピジョンの背筋に怖気が走る。
インがミミを送還してくれる気配を感じさせないまま、どこまでも代わり映えしない階段を下っていくと白い壁の場所に出てくる。見たところ何かの研究機関を連想させる。なぜ表の腐敗した町からいきなりSFチックな場所にと、インは困惑を隠せない。
「なんだろうここ?」
「さぁてって。しっ、インちゃん。何か聞こえない?」
ピジョンは口元に指を当てて、聞き耳を立てる。
インも同じように静かにしてみると、何か電流のような音がどこからかひっそりと聞き取れる。
何かを開発しているのだろうか。気になったイン達は音のなる方に進んでいくと、異様な光景が広がっていた。
「ヒッッ!」
「あらら。まぁ予想はしていたけどね。さしずめ人間工場と言ったところかな」
電流で出来た部屋の中。そこでは犬耳を生やし、黄色の体を持つ小さなマスコットキャラクターが歩いていた。そのすぐそばには、牧場のような柵に入れられた住民と思しき最低限の服を着させられた人達が百人ほど。
上についている黄色い宝玉は、生きる気力の無くなった表情でよだれを垂らしている彼らから、何か赤いオーラを吸収しているように見える。
中には苦しいのか何かを叫び暴れる者たちもいるが、マスコットキャラが鞭をしならせ強制的に黙らせている。
そんな非現実的な光景を見たインは、喉からこみあげてくる何かを抑え込む。ゲームとはいえグラフィックがリアルなせいで、様子がダイレクトで伝わってきたからだ。止めなくてはいけないのに、リアルで起こっているわけではないのに。体が震えてしょうがない。
「これイベント終了後にクレーム入れておこう。流石にリアルすぎるんじゃないかな~? 耐性のない女の子に見せるものじゃないよね~?」
無表情で感情を感じさせず淡々と告げるピジョン。よく人に迷惑をかけるピジョンでも許せないものは存在している。一つは自由を奪われる窮屈さ。こんな鳥かごに囚われて思うがままに羽を伸ばせないのは、何よりも嫌なことだ。
ピジョンはふさぎ込んでしまいそうなインを見やると、一人歩き出す。
「ピジョンちゃんは……平気なの?」
震える声で言葉を絞り出すイン。こんな凄惨な光景を見せられれば、吐き気がしたっておかしくないはずなのに、と。
「にゃはは。最近はこういう娯楽ものが多いからね~。平気なんだよ。それに」
「それに?」
「もう性なんだよね~。むしろこうなると余計に真実を知りたくなっちゃうっていうか。何が目的でこんなことになっているのか。調べたくてしょうがなくなる。真実を追求したくなる! それが私だからさ」
狂ったまでの追究欲。未知を見つけられた時の胸の高鳴り、それを調べるときの興奮、すべての謎が判明した時の達成感。あの見ているときのワクワクと、終わった時の焦燥感を楽しむために、少しでも気になったものであればジャンル問わずいろんなものに手を出してしまう。それがピジョンという少女だった。
だからこそピジョンは、このイベントに出てくる魔法少女の強さの秘密を解き明かしたかった。例え理由などなくそういうものだったとしても、何の情報もない場所からのスタートだとしても見つけたい。
そしてそれが、現状あと少しで見つかりそうなところに来ている。これで興奮を抑えることができようか。答えは否である。
「だからもしインちゃんがこのままダメになっても、私は行くから。一応言っておくけど、ギブアップしてもいいんだよ? 所詮はゲームだからさ。それならそれで、また後日一緒に遊ぼうね~」
ピジョンの言葉に偽りはない。
もしここで逃げたければ逃げてもいい。ここは現実ではなく仮想空間。ゲームの中なのだから誰も文句は言わないと、ピジョンは優しくインに諭す。
「いや、行くよ。ピジョンちゃんほどじゃないけど、ライアがなんでこんなことしてるのか気になる。だから」
「そっか。じゃあ行こっ! っとその前に、この施設は帰るときに破壊しよっか!」
「うん!」
インはピジョンに手を貸してもらい立ち上がると、鳥かごにとらわれた人たちをそのままに先に進みだす。
ライアの真実を知った後、必ず全員助け出すと決意を抱いて。
「ここは?」
「多分あの魔法少女の部屋じゃないかな?」
イン達とピジョンが長い廊下を進んで見つけた扉に入れば、どうやらそこは女の子部屋らしい。
壁紙は白がやんわりと混ぜられた桃色で統一されており、ひとりベッドの布団も同じようなものとなっている。
壁際にはクローゼット。中を開けてみると女の子向けの洋服がずらっとハンガーでかけられているが、放置しているのか対策をしていないだけなのか、そのいくつかが虫に食われている。
木でできた机の上には象や犬などの動物の小物や、家族らしき女性と男性、そしてライアではない女の子が写っている写真。髪の色や顔の形は似ているのだが、纏っている雰囲気が彼女と違い大人しそうだ。
「ライアじゃない?」
「まさかのね。伏線もなしにこういう事してくるかな~。このシナリオ書いた人は間違いなく素人よりもひどいね」
ピジョンは伏線もないご都合主義があんまり好きじゃないのか、不貞腐れたように運営を罵倒する。
その傍らインはアンを下ろしてあげると、ミミにも何かあったら知らせるように言い含めてからまずは何かありそうな机の上を探索する。
「これは?」
インが机の引き出しを開いてみると、一冊の日記帳を発見する。表紙はネメシアと呼ばれる花のようだ。名前の欄にはオネストと書かれている。人の日記を勝手に覗くのは悪いなと感じつつ、インはパラパラとめくり流し読みしていく。
「うーん。特に気になるところはないね。何事にも正直で良い子だったみたい。名前はオネストちゃんか」
「オネストね~。確か意味合いは――」
「英語で正直って意味だね。ネメシアも確か花言葉が正直だったはず。逆にライアは嘘つきって意味で、付けていた花のブローチは黄色の百合。花言葉はよく覚えてないけど、陽気だったかな?」
ドヤ顔でピジョンが答えようとする前に、さらに詳細な答えを口にするイン。これにはインを、同級生だけど知能は小学生くらいと考えていたピジョンには驚きを隠せない。もしすべて当たっているなら、記憶力が良いなんてレベルじゃない。
「ねぇインちゃん。もしかして普段猫被ってないよね? 頭悪ぶってるとかそういうことはないよね? 花はともかく花言葉なんてそんなポンポンとわかるものじゃないよ?」
「虫ちゃんを調べていると自然と身につく知識だよ! 何が好みで何によって来るか調べたら、このゲームで役に立つかもしれないから事前に。凄いでしょ!」
「それは花言葉を調べるまでの理由にはならないと思うけどね~。まぁいいや。私にも見せて」
ピジョンは腰に手を当て鼻を伸ばしているインから日記を受け取ると、同様にぺらぺらと調べていく。
「ふんふん。真面目過ぎて両親から良く思われていたね~。人の嫌がる事もしないマニュアルのような性格をしていたと。ならあの魔法少女はいったい誰なのかって話になるよね~」
ここがこのオネストという女の子の部屋で、他に写っている大人の男女が両親だとすれば、いったいあの魔法少女は何なのか。
考えられるものとすれば、ここが何らかの子どもを預かる施設の可能性。他にはそのまま乗っ取ったか。もしくは何らかの事件があり変わってしまったかだ。
まだ見ぬ謎、何か新しい物があるのかもしれないといったワクワクに、ピジョンは胸を躍らせながら部屋を出るのだった。
次は十八時です。




