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インの料理センス 1

 町に戻ったインは初めにいつも通りに教会に行き、アンを復活させてもらって、ついでに草原に向かって特に必要のない水を汲んでくる。

 すでに体に染みついた物というか、とりあえず草原に向かったら水を取りに行こうと体が勝手に反応してしまうようになっていた。


 それからインはアンを、チームじゃなければ明らかにダメージが入っているように見えるほど大げさに撫でまくる。

 その様子を見て周囲の男性の何人かは引き気味に、そのまた何人かは金髪碧眼美少女エルフに撫でられている白いアリを見て、妬みをもって草原にいるアリが大量に狩りに向かう。だがこの事を、白いアリによだれを垂らす勢いで撫でながら恍惚の表情を浮かべるエルフの少女には、知る由もなかった。


(えっと、魔物のえさを作るにはウルフのお肉をキットの壺の中に入れて)


 インは調合キットの中にウルフの肉、壺の底から五ミリ程度に水を入れ、お玉で混ぜる事もせずその場でアンを胸に抱いてしゃがみ込み三十秒弱。なんと、前は一緒に何かを入れなければ沸騰しなかったはずなのに、なぜかウルフの肉が小気味よくジュューという音を鳴らしてその場で焼けていくではないか。

 さっきまでグラスウルフと戦っていたからか、思わず食欲が刺激される良いステーキの匂い。綺麗な焼き色も一緒になって付いてくる。


(調合キットって、料理もできるんだ!)


 本来、魔物のえさを作るのには『調合』ではなく、『料理』アビリティと、フライパンなどの調理器具を買えそろえる必要がある。ウルフの肉から魔物のえさにするために成形を整える必要があるのだから当然だ。しかしこの作業を、『調合』だけで作る裏ワザが存在する。


 調合キットは勝手に沸騰するほどの熱を出す。さらに少量でもいいから水を持ち得れば、『料理』アビリティの調理スキルなど使わずとも、使い勝手は悪すぎるが煮たり焼いたりはできるのだ。

 他にも、『調合』をLV10以上にしなければいけなかった理由は成功率にある。

 FreePhantasmWorldでは、リアルでの身体能力や料理技術が反映されることが多く、また技術が低くともLVが高ければ良い物は出来上がる。

 しかして魔物のえさの材料となるウルフの肉は、現状インが捕りに行ける範囲では低確率ドロップ。少しでも無駄にはさせたくないだろうとピジョンは考慮し、魔物のえさが出来上がるのに十分な確率までを教えた。


 だが一番にピジョンが教えたかったのは、やはり『調合』で料理する裏技である。『調合』と『料理』、アビリティはそれぞれあるのだから、調合で料理はできないなどという先入観を崩してやりたかったのだ。


 そうこうしていると、そろそろ魔物のえさをひっくり返さなければいけない時間となる。しかしインは、


(いっぱい焼いた方がおいしいよね! 寄生虫が入っていたら大変だし。あっ、寄生虫をテイムしに行くのもありかも! 何がいるのかな? もしかして海に生息してる寄生虫もいるのかな!)


 ひっくり返さない。

 壺から黒い煙が出ているというのにひっくり返さない。インはその場でどんな寄生虫がいるのかを思い浮かべながら待機する。

 当然、次第に肉から焦げた炭のような臭いが充満し、周囲にも影響が出始める。

 これに刺激臭がダメなアンはこのまま続けた時の危険を素早く察知。自分を胸に抱いている主の腕を前足で叩き、一刻も早く肉を取り出すようにお願いする。


「アンちゃん待ってて。もうちょっと焼くから。でも確かに臭うよね。ミントはアンちゃんがダメ出し……」


 しかしインには届かない。虫以上に味覚がおかしい少女は、なおも焼き続ける。

 立ち上る黒い煙を見ていると、アンにはもう何を作っているのかわからなくなってくる。

 そんな物の近くにいるアンは、一番に被害に晒されているといってもいい。テイムした魔物は常に主とチームを組んでいる扱いになるせいか、ダメージが一切発生しない。気絶も許されず、死亡することもできない。間接的に主から拷問を受け続けているようなものである。

 そんな激臭が漂う中、主の近くで拷問を受けているテイム魔物の白いアリに、他プレイヤーやNPC達が同情の目を向けるのも無理はないのだろう。


(もうそろそろ頃合いかな)


 インはもう十分どころか、本来よりも四、五分ほど長く焼いたウルフの肉を取り出そうとお玉を入れ、ボロボロと崩れ落ちる黒い炭。もはやウルフの肉だった頃の原形すらとどめていない。


「あれっ?」


「あれっ、じゃねぇよ!」


「あっ、お兄ちゃん」


 聞き覚えのある声に振り向いた先にいたのはハルト。

 彼はお兄ちゃんという言葉に反応する何人かの男性をすべて無視してインの近くに行き、頭を押さえて嘆く。


「やっぱインがやるとこうなるか」


「お兄ちゃんなんでここに?」


「掲示板で噂になってた」


「掲示板?」


 ハルトは仲間と共同戦闘からの休憩中、たまたま掲示板を見ていたら、始まりの町でNPCとしか思えないほどの美少女エルフが料理を始めたとスレがたったという。

 そこから徐々に雲行きが怪しくなってきて、遂にはあの胸に抱かれている白いアリにざまぁのコメントと、逆に可哀そうのコメント、あれ王女アリじゃん倒さなきゃ(使命感)などのコメントが張られ、ハルトは急いで止めに駆けつけてきたわけだ。


 だがインにはこの事を、特に掲示板があること自体話さない。あそこで大事な妹を汚すようなコメントが張られたら嫌だからだ。

 故に、インが聞き返しても別に知らなくてもいいと突き通す。

 ちなみに二人の妹のファイは手遅れであり、そういうコメントが流れたら容赦なく規約に則り運営に報告するようにしている。


「イン、周りを見てみろ」


「周り?」


 兄の言葉でインが周りを見渡してみると、明らかに手で鼻元を仰いで黒焦げの臭いに嫌煙し、その場から脱兎のごとく逃げ出している人達。


「お前の料理は……その……、少し特殊なんだよ。だからな、必ず俺かマーロンに見てもらいながらやってくれ。いいな?」


 インが料理をするのはテロ行為だから絶対にダメだと、兄心から言えず、さりげなくマーロンにも飛び火させるハルト。

 そこには、インが『調合』アビリティを取るとき何も言わなかった事への、ささやかな仕返しが入っていた。


「分かった! 行こっアンちゃん。……アンちゃん?」


「その、アンの為にもな」


 ハルトがあきれ顔で頬を掻く。

 その目の前では、主の腕の中でアンが顔をだらりと垂らし、力なく尽き果てていた。


「アンちゃぁぁん!!」


 この時のアンはようやく拷問が終わったからか、非常に清々しい表情を浮かべていたという。

 次は六時ですかね。それとこの物語は、調合メインではありません。虫がメインです。

 というかこの主人公、属性モリモリ過ぎなのでは? 幽霊怖い。虫好き、飯マズ。きっと虫という存在に、五感の大半を持っていかれたんでしょうね。これがほんとの、虫食い。

 なお、頭に虫が入るのは実例があったり……。あっ、今回食事中の方注意です。

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