閑話 学校での一コマ
ダンジョンイベントが終わった次の日。
イベントの反動でズキズキと痛む頭を押さえながら杏子は学校へ登校していた。頭上で輝く現実の太陽は何とやかましいことだろうか。
隣りを歩くほむらは、そんな杏子の横顔を見ながら「大丈夫? おねぇ」と心配そうに口にする。
「1、2回で慣れるんじゃなかったの」
「個人差があるからね」
そういうほむらは慣れまくっているのか実に何ともなさそうだ。
兄の悠斗も何度か学校を休むことを提案してきたが、ゲームが理由なのはなんだということで登校している。
「脳改造を目的としたゲーム会社。その実態は改造人間を作ることであり、わたしとおにぃは既に手遅れなのだった! これいいかも!」
うきうき気分でほむらはメモ帳を取り出すと、改造人間を作る理由やら苦悩等を書き込んでいく。
他にもメモ帳には【闇】や【暗黒】の上に不自然なルビの振られた、技名なのか単語なのか良く分からない言葉ばかりだ。
きっとロールプレイをするときに使うのだろう。自分ではまだたどり着けない領域だと、杏子はメモ帳を覗いていた。
「うぅ、痛い」
「それでも時計の針は刻一刻と無情にも進み続ける。……なんて」
「ほむらがなに言っているのかさっぱりだよ」
そんな調子で頭が痛くとも、歩いていれば自然と学校につくものだ。
学年の違うほむらとは別れ、自分の教室に到着した杏子は、固い椅子と机の感触を感じながら倒れ伏した。
頭痛が鳴りやまないまま昼休みに突入する。
早々にグループを作り、周りは給食や弁当を広げて楽しそうに話し合っている。
そんな中、杏子はひとりグループから外れていた。
いじめられているのではない。
むしろ杏子を案じてか、心配そうに見守っている人もいるくらいだ。
ではなんで外れているのか。それは何を隠そう。
「にゃは、杏子ちゃん辛そうだね~」
ゲームでも学校でも嫌われ者のピジョンこと葵がいたからだ。
杏子の引きつった表情に、葵は「実はゲームが原因じゃなかったり?」なんて実にいつもと変わらない声と表情で笑っていた。
「なんで葵ちゃんはここにいるの」
この中学校では、生徒は自由でのびのびとした環境で学習するべきという方針であり、クラス内で給食を食べないといけない等の校則はない。
その上でなんでここに葵が来ているのかを杏子は問う。
「い~じゃ~ん~! イベント中ずっと癒しが無かったからにゃ~。だから唯一無二の親友、杏子ちゃんに会いに来たのさ~」
白々しいなぁと杏子は感じていた。
なんせその癒しを自分から手放したのは葵自身なのだから。誘ったのに情報屋と考察班に入るからと、葵が来てくれなかったのを今でも覚えている。
なのに手のひらをひっくり返して、今葵は「安心する~」と抱き着いてくるわけである。
それを言ったところで葵は妙に説得力のある言い訳を繰り返すのだろう。付き合いは他にあるからとかなんとかで。
それも込みで葵ちゃんなのだと解釈の更新をした杏子は、自然と服に手を入れようとする葵を無理やり引きはがす。
「どうだった~? イベント~」
「楽しかったとむかついたの半々かな。でも最後は楽しかったで終わったよ!」
最初はいちいち言葉が多かった。けど途中からはスリーのことを色々と知れた。
最後には虫ちゃんのことも認めてくれたし、何ならテイムしたいとまで言ってきたのだ。
虫ちゃんをテイムした同士の友達。最後の最後まで謝ってはくれなかったが、何かあったら手伝ってやるよとは言ってくれた。
杏子は調子を取り戻した様子で話す。反対に葵は気に入らなそうに口をとがらせた。
「可愛く、誰にでも優しい杏子ちゃんをムカつかせるのは私の唯一の特権なのに~」
「自覚はあるんだね。そっちはどうだったの?」
「どうも何も戦争だよ~。報酬も何も自分のことしか考えないろくでなしたち」
特に最後の生き残りである混沌翼・赤虎を倒すときは誰がやるか戦争だったさ~と馬鹿にするような口調で葵は首を振る。
「……黒鎌虫さんじゃなかったんですか?」
「おっと~。情報提供ありがとにゃ~。にゃるほどね~。真の報酬は魔物の方だったかにゃ~」
何のことか分からず葵を見つめる杏子。
「黒鎌虫も混沌翼・赤虎も本来倒すのに相当時間がかかる奴らってことにゃ~。簡単に言えば、ボス魔物が延々と攻撃してこない状態ってことね~。一方的に殴れるうえ、素材も上質~」
「なら何でそっちは黒鎌虫さんじゃなかったんですか?」
その答えでは、こっちで黒鎌虫が出てきたことについてなるほどと言った理由になっていない。
とはいえ、なんとなく察しがつくものだ。混沌翼・赤虎と黒鎌虫、なんでお互いに違う倒しにくい魔物が共闘という形で出てきたのか。
そんなの、
「恐らくプレイヤーが入ってきたときの合計LVで最後に味方してくれる魔物が変わるんじゃにゃいかな~? データがまだ二人だから何とも言えないけど~」
そして最後はその弱った魔物が倒してくれと言わんばかりに身をさらけ出す。これを倒すことで宝箱が現れダンジョンが終了。
中身は割と簡単に手に入るアイテムや道具。その中でも一番手に入りにくい宝は、味方してくれた魔物の素材だったというわけだ。
「【自由枠】や次のアビリティLVアップまで経験値が入るリンゴが簡単に手に入る?」
「……詳しく聞いてもいいかにゃ~?」
ぼそっと呟いた杏子の疑問は葵の興味を引くのに十分だったようだ。
さきほどまでの笑みを崩し、真顔で問いただしてくる。正しく予想だにしなかった言葉と言った方が良いだろうか。
杏子は「えっと」と前置きを置いてから自分に起こったダンジョン探索を話しだした。
「にゃははは!! 黒鎌虫を仲間にした!」
給食の時間が終わる。クラスメイトが外に駆け出したり、本を読み始めたり、友達と会話する教室の中、机を叩きながら笑う葵の声が響く。
「うん。それで報酬が」
「これまた面白い状況になったね~。にゃるほど、やっぱり杏子ちゃんみたいな人を連れて行くのが正解なのかもに~。うんうん、流石流石」
満足そうに笑い終わった葵はパンの袋をくしゃくしゃと片付けながら席を立つ。
「私らのやり方だと、多分最後まで詳しく知る方法はできないかにゃ~」
自分では倒せない魔物の存在。
プレイヤーの多くはそんなものがいたら逃げるか味方の助けを待つのが関の山だろう。
もし味方になったとしても、殺してくれと言われれば多くのひとがその素材欲しさに倒しにかかる。
友達になったり、本気で救おうと考える人はいるだろうけど、初対面で抱き着こうとする者はまずいないだろう。
「杏子ちゃんのほかにも探してみようかにゃ~」
「虫ちゃん好きを!?」
「それはどうだろうに~。ともかく、イベント通知は無いからしばらく冒険とか自由に楽しんで見たらどうかにゃ~?」
葵は最後に「大事を取って今日はやらないって手もあるよ~。顔真っ赤~」とだけ言うと、杏子の教室から出ていった。
葵が去った後、思い出したかのように頭痛がやってくる。今度は凄まじい眠気も並行してだ。
言われてみればやらないという選択肢もある。何よりこうも頭痛が酷ければゲーム側としてもログインできないかもしれないだろう。
今日は大事を取ってゲームをお休みしてみようか。けどアンちゃんとウデちゃんは進化可能となっているし。
ともあれどうするかは、午後の授業が終わった後に決めればいい。これさえ乗り切れれば家に帰れる。
今まで味わったことのないほど強大な睡魔を相手に、杏子は残った気力を総動員して、午後の授業に向けて奮い立つのだった。
なんでもない日常って良いですよね。ドタバタしている方が好きですが。




