エリクサー症候群?
魔道具がいた場所に光を放出しながら赤い宝箱が現れた。後を追うように部屋の一角に、魔法陣も描かれる。
早速宝箱に手をかけようとするスリー。インは黒鎌虫に抱き着いたまま、顔をのぞかせた。
「そういえばなんで黒鎌虫さんはこのままだったんでしょうか?」
自分たちは元に戻ったのに。なぜ黒鎌虫はそのままだったのか。
過ぎたことではあるが、どうしても気になってしまうイン。一体どういうことなのかという意図を含んで、誰かに対して問いかける。
「そりゃきず……器だよ」
言いかけた言葉を飲み込み、誤魔化すようにスリーは答えを出す。
恐らくは絆の力と言おうとしたのだろうか。言い直すあたり、気恥ずかしくなって本当のことを言ったのだろう。
一瞬だけ目を逸らしたのを見逃さなかったレイは、バカにしたように息を漏らす。
肝心のインは首を傾げて気づかない。
「器とは? きず……って何ですか?」
「うっさいなぁ。器でいいんだよ! 器で!」
叫び半分でスリーは解説する。その内容はこうだ。
恐らくあの魔道具も、基本を忠実とした作りとなっていた。
素材は人間。器は魔物という形で。そして抽出するのは精神や意思。これを魔物へと注ぎ込む。
これにて、元となる人物の精神と意思を持った魔物の完成だ。
どういう技法なのかまでは分からない。けれど何かと何かを組みあわせてひとつを作る。
これが自分の教わった魔道具の作り方だから、今回も似たような物だろうと解釈をしたのだという。
あの時カプセルに入っていた人型は……。
何かがよぎったのか、スリーの言葉は一瞬だけ暗くなったような気がした。
「ともかく、魔道具を素材には戻せない。私らの場合、両方が器であり素材だったんだろうな」
もうこの話は終わり。ゲームのことについてなんか詳しく考えても無駄だと、スリーは宝箱に触れる。
(それってどこかで)
考える間もなくインは思い当たる。これは、ライアと同じであると。
ライアも確か、ホムンクルスと呼ばれるよく分からない身体に、元の精神を入れられたものだったはず。
それで侵略者側から抽出した力を手に入れ、間接的ながらも生き永らえていた。
まさかここの研究機関があの星に攻めてきた侵略者? けど言語は全く通じなかったから違う。
ともなれば同じように侵略されてきたか。あの星から脱出した者達が、性懲りもなく同じ研究をしていただけか。
そこまで考えたところで、インはスリーの「早くしろよ虫!」という呼び声にハッとする。
「えっと……何がですか?」
「何がじゃねぇよ。イベントクリアしたらお宝ゲットだろ!」
「ええっ!? この階層で終わりなんですか?」
考えてみれば何階層で終わりかなんて聞いていない。
驚いたのも束の間、顔を引きつらせるインにスリーは呆れた表情を見せる。
「宝箱が出た階層が終わりって書いといたはずだが。あと、そいつから離れてやれ」
本当にとインは黒鎌虫に抱き着いたまま書類を確認。口と目を真ん丸にして「本当だ」と呟いた。
ある意味今まで気にする部分ではなかったから、忘れていてもしょうがない。他の仕掛けや魔物のことで頭がいっぱいだったのだから。
だがいつまで経っても動こうとしないのは別だ。
「ミミ、命令だ。そこの主人をこっちにまで連れてこい」
スリーの言葉に疑うこともなく、ミミはインを黒鎌虫ごと触手で巻き取った。
触手の中で「ミミちゃん下ろして!」と叫んでいる主人を無視。無理やり宝箱の前に連れて来てから解放する。
なんでと不満げな顔を晒すイン。スリーは「そうなるように命令しただろ。私が」とインに手刀を下ろした。
「なんで最後でグダグダなんだよ」
「しょうがないじゃないですか。初めてなんですから」
「何が,私と一緒に暮らすより自然の中で生きていた方が良いだ」
スリーは妙にやつれた様子である黒鎌虫の鎌をノック。それからすぐに宝箱へと目を移した。
そんな二人に「今回はお前の擁護に回ろう」とレイはスリーを見やった。
それからしばらくして、ようやく全員が最後の宝箱に手をかけた。一部虫たちもハサミや鎌を引っかけて。
「行くぞ!」
スリーの号令と共に、今一斉に開いた。
* * *
「進化できるようになってる!?」
「気付いたか」
宝箱の中身を均等に割り振った後、仲間達のステータスをインは覗いていた。
アンとウデの横には進化可能の文字。
ボスを倒したから進化できるようになったのだろうと思ったが、スリーが反応したからには違うのだろう。
開き直るスリーにインは「黙ってましたね」と詰め寄っていく。
「それより、黒鎌虫はどうすんだよ」
「それは私が! 私が。……私……が」
開いたステータス。果たしてインの【調教】LV37。新しく仲間に引き入れるには足りなかった。
黒鎌虫を仲間にするまでにあと3つ。
インは早速、宝の分配時に貰ったリンゴへと目を向ける。
知恵と成長の果実
天から与えられた禁断のリンゴ。食べたものに更なる成長を授けると言われている。
装備含め、指定したアビリティLVを次のスキル解放まで上げる。
二番目の功労者だからと、宝箱の中で二番目に良いものだとスリーに言いくるめられて貰った物だ。
「これ、つまりどういうこと?」
「恐らく【光魔法】なら【異常の拒絶】の次のスキルまで。【調教】なら新しく仲間にできるLVまで上げるってとこだろ」
スリーからそういう風に教えてもらったのを覚えている。
つまりは、これを食べれば黒鎌虫も仲間にすることができる。
既に黒鎌虫本人の意思で、仲間にしてもらった方が色々と融通が利くと了承済みだ。そこは問題ない。
問題ないのだが、時に世の中にはエリクサー症候群なる物と似た病気が存在している。
それは、経験値が近いからLVアップの道具を使いにくいという病気だ。
これは残り百、残り千で食べるより、一度LVを上げてからにしようという思考に陥る症状だ。
そこから更に、どうせ低い内は上がりやすいんだからと、いつまで経っても使わない症状にまで悪化することも。
次のアビリティLVまでの経験値は表示されない。いつLVが上がるのか全く分からない状況。
だがLVだけ見れば37だ。一度40まで頑張ってから50にしたいところ。
しかしここで上げなければ、黒鎌虫は仲間にできない。
どうしよう頭を抱えるイン。ようやくゲームに染まってきたといったところだろうか。
「……食べる」
ようやくふらりと立ち上がったインは、手の内にあるリンゴを睨みつける。
真ん丸としていて、新鮮なのをこれでもかと伝えてくる赤々と煌めく理想的なリンゴ。
目を閉じる。インはヤケクソ気味に口を開け、ガシッと腕を掴まれた。
「待った」
スリーだ。
手には同じく、宝箱から出てきたリンゴが握られている。
「私もこいつが欲しくてな」
スリーは、青々とした若さを保ちつつも、みずみずしく膨らんだリンゴを丸ごと齧る。
溢れた果汁がスリーの肘にまで流れて行く。シャクシャクと何度目かの咀嚼音を鳴らし、飲み込んだ。
果汁は徐々に蒸発して消えていく。
インが疑問を投げかける暇もなく、口元を拭いたスリーは宣告するように指を突きつけた。
「今一度、私はインに戦いを申し込む!」
とある作品に登場する飴は、もう量産できるとこまで来ているんですけどね……。




