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始めた頃

 それは、今のスリーにとってどう答えれば分からない言葉だった。

 今までだったら、売り言葉に買い言葉。すぐに安請け合いをしていた。

 だが、今は魔道具に対してどう感情を抱けばいいのか分からない。ひたすらに打ち込み、考えなくやっていたあの頃と違って。

 それにインの出した注文は、例えフィールだとしても難しい内容だ。


 今までのメモ、落ちていた書類。その全てを駆使したとして、作ることは不可能に近いだろう。

 インは真っ直ぐとスリーを直視していた。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに。


「ああ、スリーなら大丈夫だ」


 回答は思いもしない人物から放たれた。

 それは、いつもと変わらずすまし顔をしているレイだった。

 レイは目を向けるだけで、それ以上何も言わない。

 お気楽なのか、インはただ「やったぁ!」と黒鎌虫の鎌を掴んで飛び跳ねていた。


「おいレイ!」


「お前なら問題ないだろ」


「だがな」


 素材が足りるかどうかすらも分からない。

 スリーはレイに突っかかる。今までの負債分一緒になって課題が降り積もるような気がして。


「俺の知ってるお前は、例え何があろうと成功させようとしてきた」


 今イベント中、何度も失敗してきている。これのどこが。

 スリーはそう口にしようとした言葉を飲み込んだ。


「イン。今はお前がスリーだ。作るのはお前になる」


 レイがそう言うと、インはハッと気づかされたような表情へと変わる。そしてスリーの方へと向いて、深々と頭を下げる。


「そうでした! スリーさん、ご教授お願いします!」


「……あ、ああ」


 自分でもわかるほど、スリーの言葉は途切れが悪かった。


 *  *  *


「こっちの石を砕いて、中の魔力が完全に分散する前に道具に魔力を移す。それで――」


 スリー監督の元、インの手は資料とメモを頼りに進んでいく。

 今インがやっているのは魔道具作りの基礎となる部分だ。

 魔道具の土台となる道具作り。素材から魔力や属性を抽出し、別の道具に付与をする。

 他の魔力等と反発しないよう、慎重に工程を踏むのが何よりのコツ。じゃないと魔道具として失敗作ができてしまう。


 この工程の時点で初心者にはかなり厳しい関門であった。


 圧縮、分解、結合に融合、時間。

 インはまず【爆封石】づくりに取り掛かっていた。これを作れなければ、入れ替えの魔道具なんて夢のまた夢だろう。


 ボンッ! と小さな爆発。煤だらけになった顔で数回咳き込んだインは、苦い口調で手を止めた。


「スリーさんはいつもこんな難しいことを?」


「……」


「スリーさん?」


「あ? ああ! 当然だ。大天才の手にかかれば他に考え事をしていてもできる作業だ!」


 スリーはそう言うと、手を叩いて「天才と話したいのは分かるが、その前にやるべきことがあるだろ」と再開を促した。

 インも疑うことなく作業を再開し始める。


(……思えば私もこんなだったよな)


 失敗してもめげずに手を動かして。次の方法を模索する。できたら他の魔道具を作る作業に移り、また同じように試行錯誤。

 これの無限ループ。完成したらフィールに見せに行き、それでいつも没を受けて。そして同じ作業。

 まるで歯車だ。永久に終わることのない無限ループ。


「なぁ、その作業は楽しいか?」


 気づけばスリーはそんなことを口にしていた。その言葉はまるで、魔道具に手を付ける前の自分へと投げかけるように。

 あの頃自分はどう思っていたのかを思い出すかのように。

 スリーからその質問が出るとは思いもしなかったのだろうか、インは思わず手を止めていた。

 そしてすぐに「あっ」と声を漏らしてしまった。光る魔力の元。再びインの手元で小さく爆発が生じた。


「いきなり声を掛けないでくださいよ!」


「わる……、で、どうなんだよ」


 自然に謝ろうとした自分にスリーは内心驚いていた。

 インの方はといえば、それには気づいていなかったようで、素材を手元で遊び始める。


「楽しい……とは思いますよ」


「どの辺がだよ」


 失敗して、失敗して、そしてまた失敗する。成功したことは無く、霧がかかっていて見えない何かをひたすら追い求める。

 その行為を楽しく求めていた。そんな時代が自分には合っただろうか。


「新しいものを作れるなんて最高じゃないですか。その為に頭を悩ませるのも、アンちゃん達の手助けになれるのも、なんか気持ちいいですしね」


 インが今こうして魔道具作りをしているのも黒鎌虫の為なのはスリーも理解している。

 笑みを作り、インは「ただ」と言葉を続けた。


「ずっと続けるとなると首を傾げちゃいますね。私はアンちゃんや他のまだ見ぬ虫ちゃん達と出会いたいですし。何より、外で指示を出している方が性に合いますから」


 これじゃダメですか? とでも言いたげにインはスリーの表情を見る。


「もしも魔道具作りの才能がお前にあったらどうする」


「それでも私は今のプレイをやりますね。やりたいことと出来ることは違います」


「そんなのは当たり前だ。元よりやりたいことと出来ることは違う。だからこそ」


「でもゲームは、やりたいことをやるための場所なんですよね」


 スリーは喉元に刃を突き付けられたような感覚を味わっていた。言い知れぬ感覚が喉じゃなく、深層から込み上がる。

 はっと、スリーは空気を吸うのを忘れていた。意識して何度も空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 やりたいことをやるための場所。その言葉が頭にこびりついて離れなかった。


「私、虫ちゃんと暮らしてみたかったんです」


 インは力なく笑みを作り、暴露する。


「……」


「けど私には、ほ……ファイっていう妹がいまして。なぜか大の虫嫌いなんです!」


「……で」


「暮らすことはできない。虫ちゃんも、私と一緒に暮らすより自然の中で生きていた方が良いと思うんです」


「それで」


「それである時お兄ちゃんに趣味がばれちゃいまして。その時にこのゲームのことを知ったんです。このゲームでなら、私のやりたいことがのびのびとできるって」


 その後もインの思い出話を聞き続けるスリー。

 どんなに周囲から反対されようと、どんなに女性プレイヤー限定で嫌われようと、それでもやりたいことを突き進む。

 けれどインはやりたいことをやっている。そこに待つ苦難の道を平然と突き進む。

 その結果が虫の異常な方向への進化。否、その進化は結果でしかなく、例え進化せずともインは今の道を進み続ける。


(こいつは眩しすぎる)


 けれどきっと、これがスリーにとっての理想の姿だったのかもしれない。

 目的こそ違えど、インの姿こそが。


 その時、インは「ああぁ!」と声を上げた。


「黒鎌虫さんの中身って人なんですよね! だったらなんでレイさんと入れ替わらなかったのでしょう?」


「そりゃ、お前のとこのアン達だって変わってないだろ」


 スリーの目から見て、アン達は体の違いに悩むそぶりを一切していない。もし入れ替わっていたら、何かしら動揺した姿を見せるはずだと。

 それにインは反論する。テイムされていたからと、魔物同士を入れ替えさせる効果はないと。

 ダンジョンに入る時と、研究所に来るとき。計二回イン達は静電気を浴びた。

 その時、アン達は輝石になっていたから効果が無かったのではと考察を深める。


「もしかすれば、同時に静電気を浴びるのが条件かも知れないぞ」


「そう……ですね。それはあり得るかも」


 今話しているのは、所詮たらればの話しだ。水掛け論でしかない。

 ただスリーとしても、なんでレイだけ入れ替わっていないのかが気になった。

 性別というのは確かにあるのかもしれない。だが本当にそれだけだろうか。

 ひとまず今このことを考えていても仕方がない。

 スリーは「一刻も早く黒鎌虫を助けるんだろ」と作業に戻るよう言いつけた。


 インも素直に応じて魔道具作りを再開する。

 再び、魔力の受け皿となる道具作りから。素材の属性と魔力を受け皿に流す。使い終わった素材は崩れて無くなり――、


(魔力や属性が素材に戻ることは無い……)


 スリーはふと何かに急かされるかのように道具をひったくった。


「スリーさん!」


 はっと気づいた時にはもう遅い。スリーの手元で魔力が炸裂した。

 こんな風に黒焦げになったのいつ以来か。なんでか知らないが、スリーはつい可笑しくて笑ってしまう。


「スリー……さん?」


 恐る恐るといった態度でインはスリーの顔を覗き込んだ。

 それにスリーは笑いの余韻もそこそこに、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 その笑みは今まで見てきたスリーの笑みとは比べ物にならない程輝いていて。


「こんな無駄なことする必要はないかも知れないぜ!」


 魔道具作りを無駄なことと一刀のもと両断する。そして、


  *  *  *


 黒鎌虫の案内の元、スリーたちは入れ替えの魔道具がある扉の前に来ていた。

 中からは何か機械の稼働音が聞こえてくる。スリーが「準備はいいか?」と扉に手をかける。


 黒鎌虫、イン、レイ。三者が頷いた。

 消滅しないために。

 消滅させないために。

 そしてひとりはスリーの今までにない表情に、心の中で安心して。


「それじゃいざ!」


 スリーはこの階層のボス部屋に当たるだろう扉を開けた。



 いつになったらボス戦を描けるんだろうと絶賛不満たらたら状態でございます。次になったら描けるかな。

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