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合流

「これ、中は人なのか」


 スリーはカプセルに手を当て覗き込む。

 培養液らしきものに入った人から、泡等は出ていない。

 ゲームでここまで直接的な表現をするわけがない。きっと人形なのだろう。

 スリーはそう結論付けると、カプセルが立ち並ぶ場所を進んでいき、机を発見した。

 その上には剥き出しの埃塗れの本。


 スリーは埃を掃ってから本の内容に目を通す。


(最強の存在に至る方法!)


 惹かれたようにスリーはパラパラと内容を流し読みにしていくと、人格入れ替えの項目を発見する。


(知性を持った存在と魔物の体を入れ替える。上手くいけば人間の知能を持ち、有用に動いてくれる魔物が出来上がることだろう?)


 スリーは本を閉じ、力のままに叩きつけた。

 遅れて宙を舞う煙を、嫌がるようにミミが身体をのけ反らせる。

 抗議するかのように跳ねるアン。しかし怒りのままに拳を握る主人の姿をしたスリーを目にしたからか、跳ねるのを止めた。


(人に限界を求めるな! 結果的に最強になれればそれでいいのかよ! それで、……それで)


 プチっとスリーの中で線が切れたような気がした。

 怒りは突如としてやるせなさに変わり、スリーの口から乾いた笑いが漏れる。

 思考はどこか、果ての無い場所に飛ばされた感覚を覚えていた。力の抜けた足で踵を返し、カプセルの中を見やる。


 そこには、最強に至るために人間を捨てた彼らと、最強に至るために魔法を捨てた自分を重ねていた。


「やってくれたな、FPW」


 スリーはそれだけ呟くと、今のこの状況を元に戻す方法がないか探すため、再度本を手に取り、この部屋から出ていった。




 スリーは先ほどまでグラスウルフがいた場所に座り込んでいた。

 じっと鎖を見つめ、昔の記憶を思い返す。

 始めたきっかけのこと、魔法のこと、姐さんのこと、魔道具のこと、そして最強のこと。

 それはまるでゴールの無い螺旋階段を登るような気分だった。上に上がったと思えば下にいて、下ったかと思えば上にいて。

 スリーは今まで見てきたノートを取り出した。そこにはここに至るまでの研鑽が書き連ねてあった。

 本当に、書き連ねてあるだけだった。


(……こんなことにも気づいていなかったなんてな)


 とめどなく様々な感情が決壊し、スリーは背中から寝転がる。口は締め付けられるようだった。

 見上げる天井は酷く無機質で、心配したのかアン達がスリーを覗き込む。

 そして触手で何かを形作ったり、触手の上をアンが何度も飛び乗って見せたりした。


(あいつ、あんなでも主人なんだな)


 毎度突っかかった。つまらない自分の感情で喧嘩をした。インを子どものように扱って、自分が優位に立とうとした。

 立っていたと思いたかった。

 けど本当は、虫たちにこうも慕われるほど優しく接していて、それに進化という形で虫たちも応えようとしていて。


「アアアァァァァァァァァ!!!!」


 感情を吐き出すかのようにスリーは叫ぶ。そして力任せに床を押して起き上がる。


 改めて今のステータスを開き、喉奥から声を漏らす。


(魔道具も窘められない奴はただ魔法を手に入れたガキ。じゃあ、そもそも魔道具しか使えない奴はどうなんだよ)


 ステータスを閉じて立ち上がる。すると突如として、何か金属がぶつかり合うような音が響いてきた。

 まさか人型同士が攻撃を仕掛けているわけじゃないだろう。ともなれば考えられるのはひとつ。


(そこにいるのか)


 音に敏感なミミは方角を指した。アンはハサミを鳴らし、床を叩いている。その姿からスリーは『速く行くぞ』と幻聴が聞こえた気がした。


「そうだな」


 スリーはすぐにノートを元のボックスに仕舞いこむ。

 まだ答えは見つからない。自分が結局、何をしたいのかも分からない。

 けど先を見なければ進めない。


 スリーは一度目を閉じる。そしてミミを軽く叩き、乗る合図をしてから「行くぞ」と声をかけた。

 ミミは身を縮こませてスリーを乗せる。そして音の正体まで駆け出した。


 何度も探索をした場所、ミミの粘液がこびり付いていない床などどこにもなかった。

 それも束の間、粘液の無い場所に突入した。

 人型を轢き、音の正体が近くなる。そして、ひと際重厚感のありそうな扉が見えてきた。


「突っこめミミ!」


 スリーの言葉でミミは扉をぶち壊す。

 部屋には自分の姿をしたインと、接近戦を仕掛けているレイとなんか良く分からない黒いカマキリ。

 対峙しているのは全ての感情が張り付いた人型だった。喜怒哀楽、四つの面を貼り付け、縦横無尽に部屋中を駆け巡る。

 大きさで言えば1メートルくらいとむしろ小さい部類に入る。それでもヤドカリとは非にならないほどの激闘を繰り広げていた。


「ミミちゃん達? ということはスリーさん!」


 乱入をした存在を目にし、一番に口を開いたのはインだった。スリーの姿をしている為か、すぐにアン達が警戒に入る。

 それを分かってか、インはある程度近づくに留めた。


「すいません。手伝ってください!」


 自分の姿で頼られるというのは実に不思議な気持ちだった。スリーは僅かに口角を上げ、堂々と宣言する。


「仕方ねぇな。見てろよ、虫!」


 *  *  *


 時を同じくして、スリーの姿をしたインは頭を捻っていた。

 スリーが参戦してくれたのはいい。けれどアン達は今の自分の言うことを聞いてはくれないだろう。

 黒鎌虫は事情を話すと、ついて来てくれるようにはなった。けど今のままではいずれジリ貧でやられるだろう。

 レイも速さのせいか攻めかねている。

 ここに来る途中、使い方を教わった魔道具を試してみた。しかし岩は砕かれ、爆封石が爆発する頃には完全に避けられる。

 せめて何か、何か付け入るスキができない物か。


「ミミちゃん粘液!」


 インは試しに指示を出してみる。だがミミはそれを無視して人型に触手を繰り出す。


「アンちゃんそこ左!」


 聞こえていなかったかのように、アンは正面の人型に噛みつきに行く。ウデも同様だった。

 やはり、今のインの指示は受け付けない。


「待ってください黒鎌虫さん! ……今です!」


 タイミングを計るものの、黒鎌虫の刃は少し掠るだけ。

 インの頭に二つの漢字が並んでいた。

 ――無力。

 指示を出すことでしか戦えないインは、この場では完全に役立たず。それどころか足を引っ張る存在となっていた。

 自分の不甲斐無さにインは歯噛みする。力の入った拳は、どこに向かうことも無かった。


「アン、ミミ、ウデ、命令だ! そこにいらっしゃるスリー様の指示を聞け!」


「えっ?」


 イン含め、アン達は訳が分からないといった様子でスリーを見る。


「大天才様の指示を感情に左右されず動けるかの特訓だ! はいスタート!」


 アン達は見るからに狼狽えている。しかしその姿を見ても、スリーは何も言わなかった。これ以上、本当に指示を出す気はないとばかりに

 アンへと人型の魔の手が迫る。


「アンちゃん2秒待ってからしゃがんで!」


 咄嗟のことでアンは指示を流してしまった。残り数センチといったところで、横から拳を白く光らせたレイが割り込んだ。


「ハッ!」


 しかし人型は咄嗟に身を翻し、【破拳】で生じた奔流すらも躱しきった。

 人型は二回ほどバック転。大勢を立て直すと再び部屋中を駆け回る。


「左30度から来ます黒鎌虫さん!」


 インの指示通りに黒鎌虫が黒刃を振り下ろすと、金属音と共に火花が散っていく。挟み込もうともう片方の黒刃を動かす。

 しかし人型は左の方へ、潜るかのように体をくねらせた。


「今だよウデちゃん!」


 刹那、読んでいたかのようにウデが触肢で人型を挟み込む。振り落とそうと人型は俊足を動かすが、ウデは離れなかった。

 自分にはこれしかないと分かっていたからこそ。

 合わせるようにすぐインは指示を下す。

 2、3回ほどしてアン達は完全にインの指示で動くようになっていた。何倍も動きがよくなった状態で。


「……すげぇ」


 思わずといった様子でスリーが呟く。

 インは完全にアン達の動きを把握していた。どうすれば強敵を倒せるのか。それだけを見据えて。

 それこそ、かつて自分が見た姿のように。

 あれだけ苦戦していたのにも関わらず、数分足らずで人型は光に変わっていく。

 アン達の抱擁を受けるイン。その姿を、スリーは憧憬が混じった表情で見つめるのだった。

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