空白の最強
『いつもと違う』
インの姿をしたスリーから離れ、アンとミミ、ウデの三匹は集まっていた。
いつもは撫でてきたり、食べ物を直に口元へ持って行く等、鬱陶しいほどに構ってくる主人。
止めろともがいても聞かないのに。いつもいつも何かあるたび抱き着いてくるのに。
なのに今日は、むしろ避けられているような気さえしていた。
『ご主人も調子悪い日くらいあるよ』
きっとお腹が空いているんだとミミは呑気に食べ物を持っていくことを提案する。
『そうはいってもあの主人っすからね』
ウデの見つめる方向先には、扉に背もたれたインの姿があった。
普段では見そうにないにおいの漂い方。もし困っているのであれば、ウデは助けてあげたかった。
『じゃあぼく、お腹に入りそうな物探してくるね』
『頼んだ』
ミミは地中深くに潜っていき離脱していった。しかしすぐ、『上手く潜れない』と顔を出していた。
「お前ら、何してんだ」
三匹の行動を不審に思ったのだろうか。インの姿をしたスリーが話しかけてきた。しかしアン達の言葉が通じるはずもなく、
「なんて、聞いたところで答えが返ってくるわけないか」
バカみたいだと自嘲気味にスリーは呟いた。
『その、何だ。悩み案なら聞くぞ』
『いつものように頼ってくれると嬉しいな』
言葉の意味が何となく理解できたアンとミミは触角や足、触手等で地面を叩きながらで訴えかける。
「なにしてんのかわかんねぇよ」
人の言葉は動物に伝わるのに、動物の言葉は人に伝わらない。三匹の動きはかなり間抜けに映っていたことであろう。
スリーはハッとする。
「負けたくないって、何なんだろうな」
ただの話題逸らしなのだが、アン達は主人が本気で悩んでいると受け取った。
『LVの話か?』
『戦いの話じゃない?』
『いやいや、種族間での話っすよ』
三者三葉それぞれ体を動かして議論を交わす。
三匹がそれぞれ鳴らす独特な音が洞窟内に反響していく。
「だからなにしてんのか分かんねぇって」
スリーは三匹には聞こえない声量でぼそりと呟いた。その瞬間、ギギギと重苦しく開閉音のようなものが響き渡った。
さっきほどまで閉まっていた鉄扉が開いていた。まるで何かを誘うかのように。
「面白れぇ」
モヤモヤした思いは未だ晴れない。未知への気持ちは、謎のギロチンを振り下ろされたかのように湧きやしない。
今も押し寄せる不安感でいっぱいだ。
それでも進まなくてはきっと、この思いは晴れることは無いだろう。
スリーは振り返らず扉の向こうへと進んでいった。
* * *
同時刻、イン達の方の鉄扉もその重い口を開いていた。
何がキーとなったかは分からない。ただ、この先に進むしか他にない。そう判断したインとレイは臆すことなく入っていく。
そして中の様相にスリーの姿をしたインが真っ先に声を上げた。
「ここってさっきの」
「研究所、はたまた病院だな」
光のさじ加減故か、本来白いと思われる灰色の床天井。いったい初めの時といいさっきといい、何がしたいのだろうか。
しかし今までとは違い、明確な差別点があった。一本道ではなくなったという点だ。
どこか薬品のような臭みもほのかに香る。天井からは衰えを感じさせない光源が辺りを照らしていた。
廊下ではなくなり、ようやく建物っぽくなってきたともいえる。そしてイン達が入り終わると、突如として入ってきた扉が音もなく閉まり切る。
「えっ、ちょっと開いてよぉ!」
インはドアノブすらない閉まり切った扉を何度も叩くが、うんともすんとも言わない。扉は厳粛な面持ちで完全にインを侮っていた。
「ホラー物の定番だな」
レイが冷静に分析して口を開けば、インは悲鳴を上げてへたり込む。
元々幽霊やお化けといったものが大嫌いなインだ。ホラー物で定番な廃墟や廃病院等もダメであった。
今この場にアン達がいないのも一役買っているのだろう。インはすすり泣き始める。
「泣いてもいいが、俺は先に行かせてもらう」
「ちょっと待ってください!」
本当に無視して行ってしまいそうなレイの雰囲気に、ひとりは嫌だとインもついていく。
内装としては研究所の方が近いだろうか。何かを行った痕が残る実験室に大量の書類が乱雑に詰められた本棚。
コツン、コツンと足音を鳴らして探索している途中、人型のドール系統が音もなく現れては襲いにかかる。
元々この場所を守っていた警備兵のような役割を持っているのだろうか。
出現する度にインは悲鳴を上げていたが、だんだんここが普通のダンジョンであると気づいてきたからだろうか。
後半からはレイと同じく研究所に置かれた道具や、棚に整理された書類について漁っていた。
「意外だな」
「何がですか?」
「俺はお前を強いと思っていた」
レイにとってインとは不思議な人物であった。
女子なら怖がるであろう虫たちを従えて、嫌がらせなのかと思えばそうじゃない。
本当に好きで、それこそ田舎の少年のような心で仲間にしている。
さらには、一般的に最弱とされている虫たちでここまで来れている。
ばかりか、スリーと手を組んで苦戦したヤドカリをも倒して見せた。
だがその主人であるインは、レイから見て初心者よりも動きが酷い。
「私は弱いですよ。いつもアンちゃん、ミミちゃん、ウデちゃんに助けてもらっています」
「反論しないのか」
「事実ですから」
インは自分を強いと思ったことは無い。むしろ指示をして支援するだけの存在だと思っている節すらある。
それを、ここに来てさらに強く痛感していた。虫たちがいないと自分はここまで動けず、戦えないのだと。
「逆に質問していいですか? なんでレイさんはスリーさんと一緒にいるんですか?」
「それは、あいつが自分勝手で性格悪くて威張り散らす、一時の感情で動く計画性の無い奴だからってことか」
「……まぁ、有体に言ってしまうとそうですけど。流石にそこまでは思ってないです」
レイが「つくづく本性というのは怖いな」と微笑すれば、インは「隠してたら喧嘩してませんよ」と突っ込んだ。
「腐れ縁だ」
「幼馴染とかですか」
「いや、あいつが魔道具を作り始めてからのな」
どうもレイは素材を売買して、その代わりに魔道具を作ってもらう。謂わば、スリーの契約相手らしい。
年齢が近しかったのと、スリーの魔道具なら格安にしても良い。その条件でスリーと手を組んでいるそうだ。
「それからイベントが行われるたびに連れまわされて、いい迷惑だ」
「その割には今も付き合っていますよね。辛くはないんですか?」
レイは真意を見透かすかのような目をインへ向けた。そして恋愛関連で言っているわけではないと判断しただろう。
「空白の最強って知っているか」
レイは突如として切り込んだ。知らないとインは首をかしげる。
「あいつはその空白の最強を目標にしている」
最強とは、誰もが憧れるような甘美な響きだ。
あらゆる存在、誰よりも最も強いと書いて最強。
だが人の目指す最強とは具体性が無いことが多い。何を持って最強になりたいのかが分かっていないのだ。
正確には、最強になりさえすればそれでいいのだ。
スリーもそのひとり。最強とは何となくで目指す物であり、強いからこそ優越感に浸れるものという認識でしかない。
「地上で強いライオンは海に入れば最弱だ。シャチもまたしかり。全ての最強には限度がある」
「そうですね。グンタイアリちゃんでも勝てない動物はいますからね」
「あいつはそこに具体性がない。だから魔道具なんて作り始める」
元々スリーがやりたかったのは魔法だ。魔法は全属性使いこなすとなると、相当の時間をかける羽目になるだろう。
しかし魔道具ならば、そのアビリティを鍛えるだけですべての分野を使いこなせるようになる。
その考え方は当たりであり、最もなハズレだ。
なんせ魔道具と魔法は似て非なる存在なのだから。
「あいつは最強という結果に成れさえすればいい。そこまでの過程が一切見えていなかった」
「けどこの魔道具、見ている分にはかなり強かったですよ。嘘じゃありません」
これは本音だと言わんばかりにインはレイへ真っ直ぐな目を送る。
「お前の体が使えていない時点で失敗作だ。作った本人にしか使えない魔道具など、いつ役に立つ」
その言葉にインは押し黙る。
その通りなのかもしれないと一瞬思ってしまったからだ。いうなれば機械と同じ。
作った本人にしか使えないのであれば、それは単なるガラクタでしかない。
「俺から見て今のあいつは、現状を手放したくなくてもがいている奴にしか見えん。あいつの努力は見せかけでしかない」
「何もそこまで言わなくても」
「ああ、陰口だな。だからこそ、あの人はお前と引き合わせたかったんだろうな」
そこまで喋ると、もうこれ以上話すことは無いとばかりにレイは先を急ぎだす。
空白の最強。最強ならばなんだっていい。見せかけだけの努力。インには分からなかった。会って一週間ほどしか経っていないインには。
けどこれだけは分かった。
(心配しているのかな?)
ともあれ、今この場にスリーはいない。今だ音もなく近づくドールが闊歩するこの空間。完全に戦力外と化したインは、レイについていくのだった。




