求めていたもの
体が入れ替わり二手に別れての探索。
インはスリーの身体能力に戸惑っていた。
(動きにくい……)
いつも通りに歩いているとレイを追い抜きそうになる。会話をしてみればその口からは自分の物とは違う声が出る。
普段と違い目線が高い。体のどこかに力を籠めると、いちいち頭と体の反応が乖離する。
まるで想像したのとは違う料理になってしまうかの如く。インからすれば違和感の塊であった。
普通に歩いているだけでもこれだというのに、戦闘時となるとさらに体は言うことを聞かない。
「アンちゃん! ……あれっ、アンちゃんは?!」
「仲間はみんな預かってもらっただろ」
プラズマウスの群れをひとりで相手するレイ。プラズマウスはその名の通り、電気を纏い放つネズミの魔物だ。
一匹一匹は大したこと無いのだが、問題はその数にある。
数十匹の黄色いネズミがレイを取り囲む。
「行けぇ!」
スリーがやっていたのを思い出し、見よう見まねでインは【爆封石】を投げつける。
石は綺麗な弧を描き切り、数回弾んだ。
そして、何も起こらなかった。【爆封石】はうんともすんとも言わない。
(なんで!?)
その隙をついてレイがプラズマウスへと駆け出す。数秒もしないうちにプラズマウスは逃げ出した。
「すいませんでした」
何もできなかった。
久しぶりにインは胸が締め付けられるのを感じていた。
ブレーキが効かないせいで逃げるのもままならない。足を引っ張るだけで終わってしまう。
昔、イベントでアン達がいない時に味わった無力感だ。
自分は後ろから指示をするだけでいいのかという疑問。
レイは虫とは違う。言わなくても最善の行動を取ってくれる。
インは完全に戦力外通告であった。
何戦重ねても一向に上手く動けない。魔道具すら満足に動かせない。
こんな物で戦っていたなんて、とインはスリーのすごさを今更ながらに痛感する。
「思い出すな」
不意にポロリとレイが呟いた。意図が分からないインは前かがみ気味に「何をですか?」ととぎれとぎれに質問する。
「あいつが詰まらなかった時期だ」
「スリーさんの……ことですか?」
酷くしょっぱい味が口に広がる。
汗で歪んだ顔を上げたインを、レイはただ妙に気取った態度で笑う。
「休憩は済んだか。行くぞっ」
「ちょっと待ってください!」
休憩すら必要ないとばかりにレイは足早に先を急ぐ。
使えない。戦力外通告。だからこそ。だからこそよりいっそう、レイについていかなくては。
インはその後ろ姿を急いで追っていた。
* * *
魔道具すら発動できないのは何だと、レイから歩きがてら教わること数十分。
「ようやく発動できました!」
プラズマウスがようやく発動した【爆封石】にて吹っ飛んだ。その様にインはジャンプで喜びを表現する。
その姿にレイは「最近は物騒だな」と誰に届けるでもない一言を呟いた。
(これ、いつも作っているんだよね)
スリーから受け取った魔道具は一度放つと消えてしまう代物だ。
それも恐らく、ポーションと同じように作らないといけないのだろう。
元々インたちはポーションをあまり使わない。その分だけスリーと違っていた。
どこまでもどこまでも洞窟の先は闇のライトで照らされたかのように暗い。
空洞音はずっと変わらず、呼吸のように響く。
まるで正体不明の魔物が大口開けて待っているようであった。
それからさらに進むこと数十分、プラズマウスしか出ないこの場所を抜け、ようやく闇じゃないものが見えてきた。
扉だ。特別な所は一切ない白い扉がインたちを待ち構えていた。
ノックするとコンコンと良い音が返ってくる。
何だろうと周辺を探索してみても何も見つからない。
手を振ったり、叩いてみても何も起きない。
目の前の少女と少年を嘲笑うかのように、扉は我関せずとたたずんでいた。
* * *
「どうなってんだよこの体!」
三匹の虫を引き連れ、レイはひとりで文句を垂れる。
思った以上に体が動かないなんてものじゃない。走れば全く進まない癖にやたらと疲れる。
力がないのか魔物一匹として満足に素手で追い払えない。
SPを振ろうにも自分のステータスしか出てこない。
極めつけは、
「ついてくんな!」
アン、ミミ、ウデの三匹。インの腰や頭を優に超える大きさを持つ彼ら。
その三匹が暗闇の背後からぞろぞろとついてくるのだ。
おまけに、隙さえあれば肩や頭の上に飛び乗ってこようとするものだから気持ち悪くて仕方がない。
魔物じゃないから倒すこともままならない。
「早速お出ましだな。これでも食らいやがれっ!」
まだこちらに気づいていない様子のプラズマウス。
投げつけた【爆封石】は変な軌道を描き、かなり手前の方に着陸。
ボンッ! と爆竹程度の小さな爆発を起こして終わった。
その音で完全にプラズマウスに気づかれた。仲間を呼ぶ合図を出している。
すかさずスリーは小さな針を飛ばす。
だが針が突き刺さった地点からは、僅かに土が盛り上がった程度であった。
(ここまで来ると笑えないなっ!)
自慢の魔道具は発動がままならない。体は碌に動かない。
挙句、背後からは虫がぞろぞろとついて来る。
(あいつは生粋のドМか?)
普通に考えれば絶体絶命でしかない。
ここまで来れるとは到底思えない実力にスリーは困惑する。
何なら自分の方が強いのではないかとすら感じていた。
(……いや、あいつはあいつで私は私だ。死んでも同情するもんか)
「アン!」
眼前に迫る五匹以上のプラズマウス。スリーはインの声で呼びかける。
アンはすぐに躍り出ると、空中ですら自在に動く身のこなしであっという間にプラズマウスを全滅させていった。
(こりゃあいい)
スリーのアイテム欄に続々とドロップ品が流れ込む。中には手に入りにくいレア物まで。
これからの魔道具作りが楽しくなりそうだと、スリーは強くなった自分を思い描いてにんまりと笑う。
「ん? なんだよ。私は今忙しいんだよ」
そんなスリーをじっと見つめるアン。意味が分からずしっしっと手を振った。
メモ帳を取り出しいくらか書き込むと、スリーは再び歩を進め始める。
出てくる魔物は全てアンたち頼み。貧弱な代わりに強い仲間に守られる。
気持ち悪いが、それさえ目を瞑ればむしろ何もしなくてもドロップ品ががっぽり手に入る。
「プラズマウスの魔石ゲット! まさかこうもあっさりお目にかかれるなんてな!」
ほくほくであった。これを機により一層スリーは魔物狩りに勤しんでいく。
(いやー、虫の体も悪くない)
アンたちは匂いで判別するおかげでインの内側までは分からない。暗闇でも平然と活動できる。
魔物に不意を突かれる可能性が減っていく。自然とスリーの歩幅が小さくなっていく。
(いやー……悪くない)
やがてスリーもインと同じく扉の前に出てきた。普段ならすぐにでも駆け寄ることだろう。
未知への気持ち。新しい魔法の素材が出てくる喜び。
いつもなら湧き上がってくる衝動が、枯れた井戸のように汲みあがってこない。
むしろ虚しさすら覚えていた。
スリーは壁にもたれ、顔を上げる。
「……何やってんだろ。これじゃ、友人から帰ってきたときのデータで続きをやるのと同じ」
――自分よりインが優れていると認めているようなものじゃないか。
誰に聞こえる訳もなく、スリーは自嘲するかのように呟いた。
アン達が集まって何かを話し合っているのにも気づかずに。
仕上げるのに一年もかかるとは。




