哀れなボス
「もういいのか?」
レイの目を向ける方向。そこの茂みを揺らしてスリーが姿を現した。スリーは当たり前だとばかりに自信たっぷりの状態で頷いた。
「その前にそれだな。宝箱ってものを知らないのか?」
スリーが指したのはインの近くに鎮座している宝箱だ。中の秘密を守るかのように閉じたままである。
レイとの進化談義。すっかり頭から外れてしまっていたインは「あっ……」と声を漏らした。
「宝箱は開けるためにあるんだろうが」
それとも箱が宝だと思ったのか? とスリーは当たり前のように煽りを忘れない。
当然インが分かっているのを承知のうえでだ。
何せ宝箱はインベントリに収納できないとわざわざレポートに書いてあるのだから。
宝箱はそのまま、出口を抜けて持っていく事はできる。だが、中身が変わるわけでもなし、次の階層がボスだと分かっているのだからそのまま持っていく必要も無しだ。
当然、インはそれくらいは分かっている。【人食い箱】である可能性を考慮したうえで宝箱を開けた。
最初に目に見えたのは黒い炎。いや、黒い炎が内包されたマグマのように赤く、透明な石だった。
横から覗いていたスリーは赤石へ見るからに嫌そうな視線を送る。そして小さく「負けねぇよ」と誰にも聞こえなさそうな声で呟いた。
そんな事は露知らず、インは赤石を取り出す。
「【爆封石】?」
「それはな、火の力を封じ込めた石だ。文字通りな。おっと取り扱い注意だ。一歩間違えればドッカン!」
妙に感情を込めて全身で爆発を表すスリー。
続けて言うには大して珍しい物でもないらしい。ダンジョン内や火山を掘ればいくらでも見つかるとの事。
別にいらないなら貰ってやってもいいとスリーは手を招く。
「じゃ、行きましょうか」
これを普通に無視。インはそそくさとアン達を引き連れて出口へと入っていく。
鬱蒼としていたジャングルから一転、古き試合を行う戦場のように開け放たれた森。その中央、深い、深い緑の体表をした3メートルはありそうな鳥の魔物が鎮座していた。
エアーバード。名前の通り空気や風を操る鳥だ。二つの突き刺す眼光はインに向けられているが、どうも攻撃行動はとってこないようだ。
ここで心の準備をしてから挑めという事だろうか。
(やっぱボス戦は違う)
独特な緊張感が走り、インはすっと息を飲む。
どうやら試合の舞台に入ってこなければ大丈夫のようだ。そっと手を伸ばすと、いいんだなとでも言いたげに翼を広げる。
それを探ってからインは待っていると、数分もしないうちにスリーたちが顔を出した。
「先に戦ってくれても良かったんだがな」
そうレイは自分のこぶしを打ち鳴らす。
「ボス戦ですよ! その為に休憩をしたんじゃないですか」
「やれば分かる」
なおもレイは態度を崩さない。
レイにとってここのボスは取るに足らない相手だという事だろうか。
スリーの方も大して緊張をしていないのだろう。両手に魔道具を握っているものの、あくびを浮かべている。
(まさか……見掛け倒しなんてことは無いよね?)
もしやと思った考えをインは首を振ってかき消した。
「何やってんだ?」
「いいえ、さぁボスを倒しましょう!」
そう意気込み、インは試合の舞台に足を踏み入れた。
咆哮だろうか。それとも何かの掛け声だろうか。
暴虐の風が周辺に満ちる。そして風はまるで蛇のようにイン達を飲み込もうとその巨大な口を開いた。
(……あれ? もっと激しい感じだと思ってた)
かのように見えた。
実際、風といってもインには傘が壊れるだろうなぁ程度にしか感じていない。弱弱しいなんてものじゃない。
リアルでもそれなり程度に味わう強風だ。
逆らうようにアンが飛び出した。エアーバードへと飛びつき、その強靭な顎を持ってハサミを振り下ろす。
たった一撃。そのたった一撃でエアーバードは苦しみだす。
みれば5割強吹き飛んでいた。
「……あれ?」
「当たり前だ。こいつはグラスウルフ、序盤のボス程度の力しかない。どこに苦戦する要素がある」
「じゃあなんで休憩を……。まさかどっきりする為とか言いませんよね?」
すぐ近くで大爆笑をかましているスリー。大声で「虫のあの顔! やばっ、腹よじれる!」とあまりにも失礼な事を漏らしていた
「さてな。ただ一階層からグラスウルフ以上の敵なんか出されてみろ。初心者はどうする。LVなど適当な量りにしか過ぎないというのに」
レイの言う通り、インのステータスも運以外はかなり酷い物である。
そうでなくともテイム魔物による数の暴力、意図的な弱体化が挙げられる。だからこそLV平均はあてにならないという事だろう。
そんな会話をしている内にエアーバードは次のギミックに移ったようだ。
エアーバードの体に薄い何かがよぎっていく。エアーバードが何か合図を出すとインの元に何かの正体が飛来する。
それは風だった。風がエアーバードの全身をなぞるように周っていく。
差し詰め風の鎧といったところだろうか。それを纏い、空中でむやみやたらに暴れ出したではないか。
エアーバードが動くたびに風が唸る。唸るのは良いのだが、
「夏はこれに限る」
「涼しいですね」
「自動団扇。テイムか」
あまりにも上空すぎてイン達に届くころにはそよ風になっていた。攻撃のつもりが和やかな空気にしてしまうという本末転倒。
ここに来てようやく、インは自分の中の緊張感が無くなっているのを感じていた。むしろ
(降りてこないかなぁ)
と他人事の気にすらなっていた。
恐らくアンのHPが1であるがゆえに迂闊な行動を取れないのだろう。もし顎を開いてここから落とされよう物なら即死は確実といえた。
ではこのまま振り落とされるのは時間の問題なのかといえばそうではない。むしろアンの筋力は余裕で鳥を上回っている。
おかげでがっちり掴んで離さない。結果、お互いが攻撃できずにいた。
エアーバードは変に頭が回るのか魔法が届かないほどの位置を飛んでいる。命令を出そうにも声が届いていないのか何の反応も帰ってこない。
エアーバードはバグったかのように降りてこなくなっていた。
「おい虫! 何とかしろ!」
「何とかしろと言われましても……」
こちらからも声が届かないんじゃどうしようもない。このまま運営に何か言ってもらうか、疲れるのを待つくらいしかない。
そう考えていた時であった。
「輝石を使え」
「ああ、そうですね」
レイの助言が飛んできた。その言葉に従い、すぐさまインはアンを【送還】する。
インの手にアンの輝石がやってきた。同時にエアーバードも異変に気づいたのだろう。ゆっくりとだが羽音を鳴らしながら降下する。
その様子といえば気のせいか妙に疲れているように見えた。
だがイン達を視界に入れるや、元気を取り戻したのか咆哮する。
「ミミちゃん【バインド】!」
直後だ。地面から何本もの触手が飛び出し、エアーバードの頭に絡みついた。
翼、足、胴体とすべてに触手が絡んでいき、遂には落下音と砂埃をまき散らして地上に引きずり落とす。
もはやエアーバードにボスの風格など存在しない。本来獲物であるはずの虫に追い詰められた、ただの雑魚であった。
ボスキャラとしてこの場を守っていたエアーバードは、たったの二撃で永久の眠りについていった。
LV差が酷いと普通はこうなる。




