スリー1
ひとりでの探索は正解だったようだ。
インとその虫たちは今まで以上の速さでダンジョン内を進んでいく。
その速さは六、七と来てそろそろ十回目の出口を発見しそうなほどだ。
太陽が動いているかどうかは定かではない。ジャングルの熱は変わらず、今も上空でギンギンに輝いているよう感じる。
しかし別れていなければ今頃きっと、未だ二つ前のフロアで彷徨っていた事だろう。
そのくらいの差を感じるほど、イン達の探索スピードは縮まっていた。
(口ではああだけど、スリーさんのレポートって本当に見やすい上に頼りになる)
初めてのダンジョン、仲間と別れひとりでの探索。なのに経験者と変わらずついていけているイン。
そこまで順調なのには理由があった。
それは前日に貰ったスリーのレポートだ。
気になる場所に対する行動の仕方。魔物たちが怪しい動きをした時、そこから考えられるパターン。
もし状態異常に陥ってしまった場合どうすれば良いのか。近くにこのような形の食べ物がないか。敵対していない魔物がプレイヤーに対する行動は。
予習は裏切らない。その言葉を表すかのようにインの探索を大いに手助けしていた。
スリーさんはいちいち癇に障るのにどうしてこうレポートは役立ってくれるのか。
また新しく宝箱を発見し、アンに指示を出すインは気づいていなかった。
スリーのレポートは言い換えれば情報量が多い。ゆえにその活字と枚数の量も教科書並みだ。
研究熱心といえば聞こえはいい。が、ゲームの為にここまでしてその上で予習してこいと他人に強要してくるとなると話しは変わる。
それこそインのように普段から本やレポートを読む人でなければ速攻で投げ出す事だろう。
発見した宝箱を開けようとする前、その前にインの腕に巻かれたミミの触手が振動する。
(出口見つかったみたい)
宝箱はみんなの前でも開けられる。
そう判断したインはみんなと合流するために中心地へ向かう。その時ふとインは思った。
レポートの作者が一緒にいるときは何故こうも進行が遅れてしまうのか、と。
「今回は私の方が速かったようだな!」
フハハと高笑いを決めるスリー。
三方向に分かれてから初めて自分の所に出口があったからだろう。上機嫌なのが全身から満ち溢れていた。
出口と思しき場所からは目印代わりに赤い煙がもくもくと立ち昇る。
(本当になんでこの人から)
あの赤い煙は煙筒型の魔道具から出たものだ。インとレイも事前にスリーから貰っていた。
便利な赤煙を発する魔道具、生半可な物ではないと分かるレポート。それがどうして。
インは手元のレポートをチラ見する。そしてこれが作れるとは到底思えないスリーの姿に肩を落とした。
反対にこれを敗北を悔しがっていると捉えたのだろうか。スリーは勝利の笑みを浮かべる。そして視線を落とし、目ざとくインの持つ宝箱を見つけ口笛を吹いた。
「それ貸せ」
「えっ、嫌ですけど」
青い見た目に黄色の線が施された、シンプルなデザインの宝箱。
当たり前のようにスリーはインの宝箱に手を伸ばす。
出口を見つけた特権とでもいうつもりなのだろうか。逃れるようにインは宝箱を抱えてのけ反った。
今までならばいつものように何かしらいちゃもんを付けて来る事だろう。そう覚悟するインだったが飛んできた言葉は全くの別であった。
「それ魔物の可能性あんぞ。見てやるから貸せって」
悪意は感じない。眉ひとつ動かさない今までとは正反対のスリーの対応だった。
(どうも信用できない)
無理もない。今までが今までだ。本当かどうか確認するためにインは信用のできるレイに目を向ける。
「お前がそんな凡ミスするとはな」
「私は人間だからな」
どうもスリー曰はく、書くことを忘れてしまっていたらしい。
恐らくスリーの中では当たり前も当たり前の事だったのだろう。宝箱の形をした魔物、【人食い箱】の存在は。
「何か隠していますよね?」
だがやはりインは渡さない。
やはり正しく日頃の行いという奴だ。レポートの完成度の高さ。
レポートの内容はインにとっては寝耳に水の話しだが、スリーにとっては当たり前の事だ。
そしてそれを事細かに書くことができる者がそんな凡ミスをするだろうか?
初心者用に書いておいて初見殺しを書き忘れるなんて事があるだろうか? それこそ怪しいというものだ。
「虫には必要ないものだよ。ああ分かった。そんな言うなら諦める」
「さしずめ押してダメならって奴ですか?」
「さぁな」
本当にスリーはもう興味が失せたかのように「じゃ出口行くぞ」と赤煙昇る方角へと進みだしてしまった。
「休憩だ!」
十回目の出口に突入する直前、スリーは高らかに宣言する。
事前の予習によると次の出口を超えるとすぐボス戦に入る。スリーはそれだけ告げるとひとりどこかへと消えていった。
レイとイン、虫たちもそれに倣いその場に腰を下ろす。
出口近くは特別霧が濃くなる。太陽光が弱点のミミも地中からその身を出し、インの背もたれとなって和んでいた。
「常々気になっていたが、そいつ癒し系か?」
「そうです! 癒しミミズのミミちゃんです!」
インの紹介にミミは嬉しそうに触手を揺らして見せた。そして改めて挨拶するかのようにレイに触手を伸ばす。
「癒し系も従えることはできるのか」
伸ばされた触手をレイは握る。そして「よくテイムしようと思ったな」と少し驚きの反応を見せた。
「進化した結果です!」
「進化か。ふむそうか。ふむ。……時に、もしその進化を事務的に行うのは可能だと思うか?」
事務的に行うという事は何の感情もなく育て、魔物を進化させられるのかという話しだろうか。
進化自体は恐らく可能なのだろう。だが王女と癒しを事務的にやるのは厳しいのではないだろうか。
だがそこまで考えたうえで、インは「可能だとは思います」と口にする。
「それはどうしてだ?」
「友達にピジョンちゃんって女の子がいるんですけど。ピジョンちゃんが言うにはテイムした魔物に様々環境を与えた際、どうなるかっていう事を話していた気がします」
特に隠す物でもない。インはニ匹が進化するときの条件について羅列していく。
愛情や優しさが必要である事。自分なりの愛情表現がこれなだけで、人には人の愛情表現がある。
それ全てに対応した進化形態があるならともかくとして一概には言えないはずだ。
「そうか。だがどうだろうな。もし愛情や優しさだとしよう。ならそいつらはなぜ自然界で見つかる事がある」
レイはちょっとした疑問でそう口走ったのだろう。すぐにスリーから貰ったレポートの一角に、インから教えてもらった事を書いている。
だがその反面、インの頭を突き破り、脳をも貫通するほどの衝撃を覚えていた。
確かにレイの言う通りだ。自然界は弱肉強食。優しさや愛情を見せた一瞬でやられるそんな世界で、王女や癒しが生まれることなんてあるだろうか。
「ひとつ疑問なんですけど、癒し系の魔物って珍しいんですか?」
「普通、植物系の魔物しか見つからない。そしてもしなったとして、それから排出される液物は上質なポーションの材料になる」
だから見つけたと同時にプレイヤーの手によって狩りつくされてしまうのだという。
そこまで来ると優しさとはの領域だが、相手は別に人からでなくとも良いのだろう。それこそまた別の魔物や動植物からでも。
恐らくレイは珍しい魔物を従える奇特な奴。そんな風にインの事が見えたのだろう。
ニ匹を狩った時の利益はかなり高い。しかもそれが進化だと分かったから事務的に行えるかどうかを聞いてきた。
レイの聞きたかったところは概ねそんなところだろう。
もしそれが可能になるのであれば、ゲームシステムなんてあった物じゃない。それこそ本当の意味のチート行為と同じ。
そして王女アリ。愛情を注がれ、ステータスに優しさが見える王女が、まったく正反対の厄災級になる理由は。
そこまで思考が巡っていき、インの体はビクリと跳ねた。
「弱い奴は強い奴に淘汰される。そしていつかは下剋上、いやこの場合は革命か。中々どうして。正しく俺らが日々繰り広げる競争だな」
そうレイは、スリーが向かった方角を見ながら面白そうに言い放った。
思った以上に長すぎた。




